第34話 告白と揺れる心
扉の音に振り返ると、銀灰の髪をわずかに乱したレオニスが立っていた。
「……今日も遅くまで働いているんだな」
穏やかな声。けれどその奥には、迷いのない熱が宿っている。
「レオニス様……! どうしてここに」
「どうして、か」
彼はゆっくりと歩み寄り、机の向こうに立つ彼女との距離を、ほんの少しずつ詰めていく。
「お前に、会いに来た」
その言葉に、心臓が跳ねた。
図書館の空気が急に狭くなる。
逃げ場を探すように視線を落としたリリアーナに、彼の指先がそっと顎をすくった。
「この間、助けたとき……気づいたんだ」
淡い琥珀の瞳が、まっすぐに彼女を射抜く。
「お前を抱きとめた瞬間、二度と手放したくないと思った」
リリアーナの喉が震える。
「そんな……私なんて……ただの男爵家の娘で……」
「身分のことを言うのか?」
レオニスの声が低く落ちた。
「俺が望むのは、爵位でも家の格式でもない。リリアーナ、お前自身だ」
言葉が、胸の奥に刺さる。
彼の手が頬をなぞり、指先が耳の下をゆっくり滑っていく。
その熱に、全身が震える。
「レオニス様……本気、なのですか?」
か細い声。
「俺が冗談を言うように見えるか?」
近づく吐息が触れそうなほどに迫る。
「お前が笑えば嬉しい。泣けば胸が痛む。そんな自分をもう誤魔化せない」
リリアーナは俯いたまま、必死に息を整えた。
「でも……私は、あなたのような人の隣には……」
「違う」
レオニスは即座に遮った。
「お前が俺の隣にいなければ、何の意味もない」
彼の言葉は甘く、そして残酷なほど真っすぐだった。
理性が揺れる。
こんな気持ち、抱いてはいけない。そう分かっているのに、胸が痛いほど嬉しい。
レオニスがゆっくりと彼女の手を取った。
指先に触れた瞬間、リリアーナは小さく息を呑む。
「……怖いんです」
ぽつりと彼女は言う。
「この想いが、夢なら。明日、あなたがいつものように冷たい顔に戻ってしまったら、どうすればいいか分からない」
レオニスはその手を強く握った。
「だったら、確かめろ。夢かどうか」
そして彼は彼女の頬に唇を寄せ、そっと触れた。
短い、けれど確かに世界を変える一瞬。
リリアーナの目から涙が零れる。
彼女の心は揺れていた。
けれど、その涙は拒絶ではなく、溶けていくような安堵の色を帯びていた。
レオニスは囁く。
「これで、分かったか?」
「……ええ。夢じゃないのですね」
図書館の灯が揺れる中、二人は言葉を失ったまま見つめ合う。
その距離は、もう誰にも割り込めないほど近かった。




