第33話 勇気ある告白
真夏の陽射しが、子爵家の邸宅の石畳をまぶしく照らしていた。
レオニスは騎士団長の制服を整え、深呼吸をひとつ。心臓の高鳴りを抑えながら、邸宅の重厚な扉を前に立ち尽くす。
この一歩で、すべてが変わる。彼女の未来に、自分が介入してよいのか――迷いと覚悟が胸中でせめぎ合う。
扉をノックすると、応対に出てきたのは縁談相手の子爵。若く、礼儀正しく、しかし少し神経質な印象を受ける。
「レオニス様……?」
声には戸惑いと驚きが混じっていた。
レオニスは一歩踏み出し、静かに、しかし揺るがぬ意志を込めて言った。
「君に話がある。リリアーナ・ハーヴェイの件だ」
子爵は少し身を引き、深く頭を下げる。
「はい、何でしょうか……」
レオニスは胸の奥の感情を押さえ、言葉を選ぶ。
「私は、彼女のことを――好きだ。だから、この縁談を進めるわけにはいかない」
その告白に、子爵は目を大きく見開いた。
「……え、そ、そうですか」
レオニスはゆっくりと視線を下ろし、子爵の反応をうかがう。
「君を軽んじているわけではない。君は誠実で立派な方だと聞いている。しかし、彼女の気持ちを無視して進めることはできない」
子爵は少し沈黙した後、重々しく頭を下げた。
「……わかりました。リリアーナ様の意思を尊重します。あなたの思いも理解しました」
その瞬間、レオニスの胸の奥で小さな重石が外れたような感覚があった。
だが、勝利の喜びはまだ遠い。これからリリアーナに自分の意思を伝え、彼女が受け入れてくれるかどうか――それはまた別の戦いだ。
邸宅を後にするレオニスの足取りは、少し軽くなっていた。
夏の風が頬をなでるたび、彼女の笑顔や、図書館での静かな時間が脳裏に浮かぶ。
――このまま見ているだけでは、何も始まらない。
彼女に会いに行こう。今度は、逃げずに。
心にそう決めると、足取りは自然と速くなる。
騎士団長としての誇りと、彼女への想いが混ざり合い、身体の芯から力が湧いてくる。
街角を曲がると、図書館の静かな建物が見えた。
扉の前で立ち止まり、深呼吸。呼び鈴を押す指先に、少しだけ震えがあった。
扉が開き、リリアーナの顔が見える。
「……レオニス様」
少し驚いたように目を見開き、そのまま微かに頬を赤らめる。
レオニスは一歩中に入り、静かに声をかけた。
「……話がある。少し、いいか?」
リリアーナは、亜麻色の髪を肩にかけながら、小さく頷いた。
「……はい」
沈黙の中で、二人の間には張り詰めた空気が漂う。
レオニスは視線を外さず、心の中で誓った。
――今日は、逃げない。
――彼女に、自分の気持ちを伝えるんだ。
それだけを胸に、ゆっくりと口を開いた。




