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図書館の静寂に、君を想う  作者: はるさんた


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第31話 ―銀灰の瞳が映す人 レオニス


 あの日の感触が、まだ離れない。

 脚立が傾き、宙に浮いた小さな体を抱きとめた瞬間――

 彼女の髪が頬をかすめ、微かに花の香りがした。

 細い肩、驚きで見開かれた瞳。

 あのときの光景が、何度思い返しても胸を締めつける。


 リリアーナ

 男爵家の令嬢であり、図書館の整理を手伝う地味で控えめな娘。

 今まで幾度となく顔を合わせてきたが、意識したことなどなかった。

 ……いや、してはいけないと思っていたのかもしれない。


 けれど、あの日から――彼女を見るたび、胸の奥がざわつく。

 理性が「忘れろ」と命じるたび、記憶は逆に鮮やかになる。

 あの小さな身体が腕の中で震えていた。

 守らなければ、と思った。

 無意識に、誰よりも先に駆け寄っていた自分に、驚くほど。


 今日も彼は足が自然と図書館へ向かっていた。

 午後の陽が差し込む窓辺。

 棚の間で、リリアーナは静かに本を拭い、淡い光に包まれていた。

 その姿があまりに穏やかで、目を奪われる。


 ……こんなにも、愛らしかっただろうか。


 長いまつげが影を落とし、唇は真剣に結ばれている。

 だがページをめくる指先は白く繊細で、どこか儚い。

 レオニスは気づけば、ただ見つめていた。


「……レオニス様?」

 はっとして我に返る。

 彼女が顔を上げ、少し驚いたように微笑んでいた。

 心臓が跳ねた。

「す、すまない。声をかけるつもりだったが……その」

「いえ……」

 リリアーナは頬をわずかに染め、視線を落とす。

 その仕草がまた、どうしようもなく可憐だった。


「先日は……助けてくださって、本当にありがとうございました」

 柔らかな声。

 彼女の言葉が耳に届くだけで、空気が甘く変わるように感じた。


「気にすることではない。あれは、当然のことだ」

「でも……私、本当に怖くて。あのとき、手を離していたらと思うと……」

 彼女の瞳が揺れる。

 レオニスは思わず、机越しにその手を取ってしまいそうになった。

 だが、ぐっと堪える。

 代わりに静かに言葉を落とす。


「もう危ないことはしないでくれ。君が……傷つくところは、見たくない」


 リリアーナの瞳が見開かれ、頬に熱がのぼる。

 その表情に、今度は彼自身が息を詰まらせた。


(何を言っているんだ、俺は……)

 公爵家の三男として、言葉には慎重であれと叩き込まれてきた。

 だが、彼女を前にすると、抑えが効かない。

 理屈も身分も、どうでもよくなる。


 リリアーナは俯き、指先でスカートの端をぎゅっと握っていた。

 赤く染まった耳が、陽の光に透けている。


「……レオニス様が、そんなふうに言うなんて、ずるいです」

 小さくつぶやかれた言葉が、心の奥を撃ち抜く。


「ずるい?」

「だって……そんなこと言われたら、また……」

「また?」

 彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で一瞬こちらを見た。

 その視線が、言葉よりも雄弁に心を語っていた。


 ――また、心が揺れてしまう。


 彼女の唇が微かに震え、すぐに逸らされる。

 レオニスは喉が渇くのを感じながら、ただその横顔を見つめていた。

 沈黙が落ちる。

 けれど、その静けさは不思議と心地よい。


 窓の外では夕陽が金色に沈みかけていた。

 図書館に差し込む光が、二人の間をやわらかく包み込む。


「……リリアーナ」

 名を呼んだ。

 彼女がゆっくりと振り向く。

「また、君と話したい。……その、本のことでも、他のことでも」

「……はい」

 小さな頷き。

 その笑みが、胸の奥を溶かしていく。


 ――たぶんもう、戻れない。

 理性ではなく、心が動いてしまった。


 銀灰の髪を指でかき上げながら、レオニスは密かに息を吐いた。

 彼女の笑顔が、光のように瞼の裏に焼きつく。


(少しずつでいい。焦るな。だが、もう二度と……目を逸らさない)


 陽が沈み、図書館に夜の影が落ちるころ。

 レオニスは扉を出ながら、最後にもう一度だけ振り返った。

 ページをめくる彼女の姿は、まるで静かな祈りのようで。

 とても綺麗だった

うーん

じれったい

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