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図書館の静寂に、君を想う  作者: はるさんた


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第27話 揺らぐ決意

 夜の帳が王都を覆い、街の喧騒が遠ざかっていく。

 レオニスは執務室の机に肘をつき、無言のまま報告書を見つめていた。

 書類の山は片づけたはずなのに、手元には一枚だけが残されている。

 ――「ハーヴェイ男爵家令嬢、子爵家との縁談進行」


 何度目を通しても、文字は変わらない。

 それでも、手放すことができなかった。


 「……幸せになれるなら、それでいい」

 昼間、彼女に向けて吐いたその言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。

 本心ではなかった。

 あんな言葉で彼女を送り出した自分を、何度責めても足りない。


 彼女が小さく微笑んでいた顔が、瞼の裏に浮かぶ。

 亜麻色の髪に光が落ち、柔らかく揺れていた。

 その穏やかな表情が、なぜだか遠く感じられて――胸の奥が、ひどく痛んだ。


 「……俺は、どうしたいんだ」

 問いかけても、答えは出ない。

 騎士団長としての理性と、ひとりの男としての感情がせめぎ合う。

 彼女は自分の管轄にある家の娘だ。

 公務の報告を通して縁談を知ることはあっても、本来なら私情を挟むべきではない。


 それでも、どうしても――。


 その夜、レオニスはほとんど眠れなかった。

 窓の外が白み始めたころ、ようやく椅子から立ち上がる。

 胸の奥には、言いようのない焦燥だけが残っていた。


 翌日。

 騎士団の執務室では、部下たちが次々に報告を持ち込んでくる。

 任務の話に耳を傾けていても、心ここにあらずだった。

 「……ああ、聞いてる。次の調査は予定通りで構わない」

 そう言って署名を済ませたあと、ふと同僚の声が耳に入る。


 「そういえば、ハーヴェイ男爵家のお嬢さんの縁談、正式に動くらしいですよ」

 「……そうか」

 何気ない会話に、心臓が跳ねた。

 報告書で知っていたことなのに、改めて言葉で聞かされると、現実の重みが違った。


 胸の奥がざらつく。

 紙の上の情報ではなく、“本当に彼女が誰かと結ばれる”という事実が迫ってくる。


 午後、用件のついでに王立図書館の近くを通る。

 ――行くつもりはなかった。

 けれど、足は勝手に動いた。


 静かな館内。

 窓辺で本を並べるリリアーナの姿が見えた。

 陽光に照らされた彼女は、まるで時の流れの中でひとりだけ穏やかに息づいているようだった。

 机の上に花瓶が置かれ、淡い花が飾られている。

 それはきっと、誰かから贈られたものだろう。


 ――もう、誰かの隣で笑うようになるのか。

 そう思うだけで、胸の奥がひどく熱くなった。


 「……バカだな」

 小さく呟き、背を向ける。

 彼女の邪魔をすることなどできない。

 それでも、歩き出しても足が止まる。


 心が追いつかない。

 ただ、彼女を想う気持ちが、理性を静かに侵食していく。


 その夜、宿舎の自室で剣を磨きながら、レオニスは深く息を吐いた。

 磨き終えた刃に映るのは、疲れた男の顔。

 「……このまま、黙って見ているつもりか?」

 己に問う。

 剣を握る手が震えた。


 “彼女の幸せを願う”――それは騎士としての理想だ。

 だが、“彼女を他の誰かに譲る”ことを意味するなら、それは到底受け入れられない。


 今まで押し殺してきた感情が、心の奥で音を立てて崩れていく。

 リリアーナの笑顔、声、視線――すべてが離れていく未来を想像するだけで、息が詰まった。


 「……俺は、何をしている」

 剣を置き、額に手を当てる。

 答えは出ない。だが、ひとつだけ確かなことがある。


 ――このままでは、きっと後悔する。


 その瞬間、胸の奥で何かが決壊した。

 静かな夜の空気の中、彼は小さく呟く。

 誰にも渡したくない


 それは、誰に向けた言葉でもなく、

 自分自身への誓いだった。



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