第17話 図書館でのひととき
窓から差し込む柔らかな日差しが、書架や机の上の書物を淡く照らす。
リリアーナは貸出カウンターの周りで、返却された本を整理していた。
最近は学生たちや来館者も増え、春休み前の準備で少し忙しい。
ふと、扉の開く音が聞こえた。
視線を上げると、そこに立っていたのは――銀灰の髪を揺らすレオニスだった。
肩に軽く掛けた騎士団長のマント。鎧はなく、春の光に映えるその姿は、柔らかくも威厳があった。
リリアーナの胸がわずかに跳ねる。
「……レオニス様」
声に出さず、静かに会釈をする。
彼は一歩だけ近づき、目を細めて微笑む。
「リリアーナ」
短い呼びかけだけで、心がざわつく。
名前を呼ばれたその瞬間、胸の奥が熱くなる。
仕事中だという現実を思い出し、リリアーナは手元の本を抱えて少し背筋を伸ばした。
「今日は少しだけ顔を見に来たんだ」
言葉は短いが、穏やかで優しい。
リリアーナは心の中で小さく笑う。
“また、会えたんだ”
その気持ちを言葉にはせず、胸に留める。
「前に借りていった本、面白かったですか?」
思い切って尋ねる。
レオニスは少し考え、ゆっくりと頷いた。
「ええ、とても。君のおすすめは間違いないね」
リリアーナは小さく息をつき、心の中で嬉しさをかみしめる。
「ありがとうございます……」
口には出さず、微かに笑みを浮かべる。
二人は短い時間、図書館の静かな空間の中で向き合う。
言葉は少ないが、互いの存在を確かめるだけで、十分に伝わるものがあった。
レオニスは立ち去る前に、少しだけ視線をリリアーナに送る。
「また、顔を見せに来るよ」
その一言に、胸が高鳴る。
リリアーナは静かに頷き、心の中で小さく手を振った。
扉が閉まると、館内は再び静かになる。
リリアーナは本棚の整理に戻るが、胸の奥には温かい余韻が残る。
触れられない距離にある人を想う切なさと、同時にわずかな希望。
日常の中に、ほんの小さな喜びを見つけられることが、こんなにも嬉しいとは――
リリアーナは静かに微笑み、春の光に照らされる書架に手を伸ばした。
今日もまた、静かで落ち着いた図書館。
でも、少しだけ世界が広がった気がした――
名前を呼ばれ、視線が交わり、互いの存在を意識できたあのひとときが、
これからの日々に小さな光を灯すように思えたのだった。




