第15話 再び交わる視線
春も深まり、図書館の庭には小さな花が咲き誇り、緑の葉が風に揺れていた。
リリアーナは午前の業務を終え、返却本を棚に戻しながら、ふと外の通りに目をやる。
その瞬間、心臓が跳ねた。
石畳を進む一団の中に、銀灰色の髪が光る人物──
――レオニス。
数か月ぶりの再会だった。
鎧はないが、肩から騎士団長のマントを軽く羽織り、背筋は凛としている。
彼の歩き方、立ち振る舞い、自然に周囲に威厳を与えるその姿。
遠くからでも、すぐに彼だと分かる。
リリアーナは思わず息を呑んだ。
胸が高鳴り、手のひらが汗ばんでいる。
でも、彼にはまだ気づかれないよう、棚の間に隠れたまま息を潜める。
レオニスはふと立ち止まり、周囲を見渡した。
何かを確認するように視線が図書館の方に向く。
その目が一瞬、リリアーナのいる窓際に触れた気がした。
……リリアーナ
心の中で、自然と名前がこぼれる。
声には出さない。出せるはずもない。
ただ、胸の奥で響くその響きが、暖かくも切ない。
レオニスは短く会釈をして、すぐに向きを変えた。
きっと、いまは立場上、図書館の中に入ることはできない。
彼の世界は、あくまで騎士団長としてのもの。
自分は、ここで本を整理するだけの司書――
その違いを痛感して、リリアーナは胸を締めつけられた。
それでも、数歩歩いた後、レオニスはもう一度視線を戻す。
その瞬間、ほんのわずかだけ、微笑むような表情が見えた気がした。
リリアーナはその微笑みを心に焼き付け、
ふと涙がこぼれそうになるのを手で押さえる。
「やっぱり、私たちは同じ世界にはいないんだ……」
そう呟くと、リリアーナは深呼吸をひとつ。
棚に戻した本を整えながら、静かに自分に言い聞かせる。
“それでも、今日この一瞬に会えただけで、十分。”
春風が髪を揺らし、図書館の静けさに混じって、
遠くで馬車の車輪が石畳を転がる音が聞こえる。
レオニスはそのまま去っていった。
リリアーナは心の中で、そっと手を振る。
届かないことを分かっていても、
今日、この視線の交わりを忘れることはない。
窓越しに見送る背中。
胸に残る切なさと、わずかな温かさを抱え、
リリアーナはまた、日常へと足を踏み出すのだった。




