第14話 遠くて、近い春
春の光がやわらかく街を包み込む午後。
図書館の窓からは、柔らかな風が入り込み、庭の花がそよいでいた。
リリアーナは返却された本を整理しながら、静かな空間の心地よさに少しほっとする。
あのすれ違いの日から数か月――
日常は少しずつ戻ってきたけれど、心の奥にはまだ彼の影が残っている。
書架の間を歩きながら、ふと窓の外に目をやった。
石畳の通りを、銀灰色の髪が陽光に輝く人物が歩いていく。
鎧をまとった騎士団の人影──
──レオニス。
胸がぎゅっと締めつけられる。
ここは図書館の中。彼は外。
手を伸ばしても届かない。
それでも、その背中を見ただけで、心はざわめいた。
彼は街行く人々に指示を出し、部下たちは忠実に動く。
その姿は、あの穏やかに笑っていた青年の面影とはまったく違う。
リリアーナは思わず本の山の陰に身を隠し、心を落ち着けようとする。
「……私なんて、関われないのに」
声にならない呟きが、胸の奥で震える。
しばらくすると、レオニスは視線を窓のほうに向けたような気がした。
でも、彼は何も言わず、そのまま歩き去っていく。
まるで、日常の中にある自分と、自分とは違う世界を確認するように。
窓越しに、鎧が光を反射して遠ざかる。
胸の奥にぽっかりと穴が開いたような、切ない感覚。
けれど同時に、あの一瞬を見られたことに、
ほんの少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
「……また、来るのかな」
小さくつぶやく。
声には出せない。
届かなくてもいい。
ただ、存在を確認したその瞬間で、
心の中の静かな波が少しだけ揺れた。
図書館の静けさの中で、リリアーナは深呼吸をひとつ。
本を棚に戻す手に力を入れ、心を落ち着ける。
春の風が窓から吹き込み、花の香りがふわりと漂う。
日常は続く。
でも、胸の奥に残るこの想いも、そっと抱えて――
リリアーナは、今日もまた静かに本に向かうのだった。




