22 弟子の焦燥①
クレス歴九百五十五年。
ルシアス学園一年生のユーグの朝は、一杯のココアから始まる。家から持ってきた愛用のマグカップで飲みながら脳に糖分を与えつつ、授業の予習を軽く行うのが日課だ。
机の上にはオフェリアが使っていた色違いのマグカップも置いておく。
「やっぱり寂しいなぁ」
小さく呟いた本音は響くことなく、ココアの湯気と一緒に消えていく。
オフェリアがいなくて寂しいこと以外、ルシアス学園の生活は悪くない。尊敬する師匠オフェリアが勧めただけあって、授業の内容は充実していて面白く、寮の部屋の設備も食事も快適だ。
ちなみに優秀な一部の生徒には星のバッチが与えられ、『星付き』と呼ばれている。
星付きは、本来まだ受けられない上級学年の授業に自由に参加できる権利が与えられ、基礎魔法の授業は定期試験で合格を出せば出席しなくても良い。いわば特待生。
効率よく魔法を習得し、目的の魔法を極めるのにはもってこいの称号だ。
たいていは年に二度ある定期試験の結果をもとに与えられるのだが、ユーグは入学試験の時点で星をもらっている。
これは異例で、十年にひとりいるかどうかの話。一回目の定期試験前の今、ユーグは一年生で唯一の星付き。
嫌でもユーグは注目を集めることとなった。
「うわ、今日は黒星も参加するのかよ」
ユーグが基礎授業のクラスに入れば、貴族出身の同級生の嫌味が耳に届く。『黒星』というのは光っていない星、つまり不正やまぐれで星を得た人を揶揄する言葉。
声はやけに大きく、聞こえた他の生徒もクスクスと笑ってユーグに蔑みの視線を向けた。
ルシアス学園に入学してから知ったが、高等な魔法の勉強ができるのは恵まれた環境出身の人間――貴族が大半だということだ。学園の八割が貴族やその縁者、あるいは裕福な平民で、親もなく苗字もない孤児出身はユーグだけ。
だから他の生徒は「孤児が星付きなんて間違いか不正をしたに決まっている。次の試験で星は剥奪される」と決めつけ、平気で見下してくる。
けれどユーグは一切気にすることなく、空いている席に腰を下ろした。
(平民の学校に行っていたころの嫌がらせと比べたら、なんともない。暴力がないだけ平和だ。あのときはお師匠様が助けてくれたな)
頬杖をつき、窓から外を眺めてオフェリアを想う。
『暴力を振るわれたら私に言うのよ。親に話をつけに行くわ。任せなさい』
そう言って本当にオフェリアが相手の家に乗り込んでから、学校での暴力はなくなった。その話し合い後、相手の親がオフェリアを崇拝するようになっていた原因は未だに謎だが。
『ユーグは賢い子よ。手伝うから、実力で相手をぎゃふんと言わせてやろうじゃないの』
そうして試験で一位を不動のものにしてから、口でもユーグを馬鹿にする生徒はいなくなった。
オフェリアに言われるとおりにすれば、すべてが好転した。
『あなたは最高の魔術師の卵よ。私が言うんだもの、信じて』
(はい、お師匠様。僕は、あなたのために最高の魔術師になってみせます)
いつも心から弟子を大切にしていることが伝わる師匠の言葉と態度はユーグを鼓舞し、励まし、勇気と希望を与えてくれる。どんな苦難が立ちはだかっても、オフェリアの存在があれば心が折れることはないと自信を持てる。
ユーグにとってオフェリアはこの世で最も尊い存在。世界で誰よりも大切で、自分のすべてを躊躇することなく捧げられる、焦がれてたまらない片思い相手だ。





