ちゃっかり者
プロミナさんが初めて『ナーナ』の町を訪れてから、かれこれもう一週間以上。
月の形もとうに半月を過ぎ、まんまるに近づきつつある頃合いに、それは起こった。
「──お、来たわね月の触手。いつもより早いってことは……事情は把握してる感じ? あんたSNSとか見てるクチ?」
まだ日暮れからそう経ってもいない時間に『結わえ草』に駆け込んでみれば、普段以上に得意げな顔をしたプロミナさんが待ち受けていた。
いや、彼女がここにいるのはもうわりと当たり前になりつつあるんだけど、そのドヤドヤドヤァ……な顔つきは、午前中にあったらしいある騒動のせいだろう。
「触手さん。もしかして、心配かけちゃったかな……?」
いつもは柔らかな雰囲気の店内に、今日はプロミナさんとネネカさん以外にも、町の警邏関係の人や役場の職員さんもいる。一見すると異様な光景だけど……ここだけの話『汚濁』騒動以降ネネカさんのお店は時折、町の要人が集う場所になっちゃったりしている。色々ありましてね、色々……
「もう銀色様のお耳にも……『来訪者』様方の情報網というものでしょうか」
小さく一礼してくれたスーツ姿のダンディな役場職員さんへ、マルのポーズで返す。
──今日の午前中のこと。
有翼種系プレイヤーが数名、山岳を越えて『ナーナ』の町にまでたどり着いたらしい。それ自体はべつに、おお遂にかぁすごいなぁってくらいの話なんだけど。問題はその人たちが「『月の触手』を出せ!」ってな感じで、ぇあー……その、若干オラつきながら町中を闊歩してたってところ。もう一度言うけど、午前中に。
『ナーナ』は夜の町。つまり大半の住民が休眠に入っている時間帯にどんちゃか騒いでやがったって話だ。『I see,テスト』クリア済みで、しかも町の住人なんて役割を与えられたNPCともなると“周辺環境の異変に反応してスリープモードが強制解除される”……つまり眠りを妨げられる、なんて現象も当然起きてしまうわけで。
それで町のみんながどうしたもんかと困っていたところを──
「──あたしが全員焼き鳥にしてやったってわけ」
居合わせたプロミナさんがなんか上手いこと挑発して決闘に持ち込んで全員倒したらしい……その挑発とやらが意図的なものか、意図せずキレさせちゃったのかは分からないけども。
んで、ついでにSNSで苦言を呈したら、有翼種コミュの東の大陸代表が平謝りしながらすっ飛んできて回収していった、と。さすがに『太陽教団』の擬似天使は発言力があるなぁ。
「問題起こした奴らはコミュニティから即刻追放されたみたいよ? “翼持ちし上位種にあるまじき愚行”だとかって」
それはそれでヤバめな思想が見え隠れしてる気がするけど……とにかく、そう、そんな一連の流れを夕飯食べながらSNSチェックしてるときに知って、慌ててログインしたという次第。
「ま、昼間はあんたがいないって分かったうえでの嫌がらせでしょうし……直接対決できないチキン野郎共ってわけよ」
私がいる時間帯に堂々と勝負を挑みに来た爆炎お姉さんは、心底呆れたように肩をすくめて見せた。
……私はまだどこか、自分の知名度とかを甘く見ていたのかもしれない。
このゲームは、プレイヤーに害をなしていないNPCやその所有物、町などを破壊することはできない設計になっている。だけども今回のような悪い意味でリアルな質感の嫌がらせなんかは、やろうと思えばできてしまう。彼ら彼女らが『I see,テスト』をクリアしているがゆえに。
だから、『ナーナ』のみんなに嫌な思いをさせてしまったのは私の落ち度で。それを力尽くで解決してくれたプロミナさんには感謝しかない。
「……触手さん、あんまり気を落とさないで。わたしたち、これって本来は自力で対応しなくちゃいけないことだと思ってる。むしろ、心配かけてごめんね?」
ゔぇえぇぇぇネネカさんが聖女すぎるぅぅう……っていうか警邏の人も役場の人も頷いててこの町の皆さん人間が出来すぎてるぅうう……
「──まあともかく、つまり今回の件それ自体はもう解決済みってわけよっ。そう、他ならぬあたしのお陰でねェッ!」
そんな人たちに混じって腕組みドヤ顔ポーズが留まるところを知らないプロミナさんもなんだかんだ良い人ぉぉおお…………
「プロミナさん、今日は本当にありがとうございました」
「町全体からも、お礼申し上げます」
「そうでしょうそうでしょうっ……! …………で、そんな功労者には当然、なにかしらの見返りがあったっていいわよねぇ? そうは思わない、お役人さん?」
……良い、人?
「それは確かに、まったく仰る通りです。配慮が至らず申し訳ありません」
「んあぁ大丈夫っ、町からなにかせびろうってわけじゃないのよ。ただちょーっと……今回の件で気に病んでそうな触手さんからぁ? ちょぉーーっとお礼が欲しいなぁって? ああでもぉ? 触手は喋れないからぁ? 行動で示してくれたほうが、きっとお互いスッキリするわよねぇ?」
にぃんまりと笑いながら、プロミナさんが顔を寄せてくる。もう察しがついてしまった。
……いや、見返りを求めるのは良い人ではないとか、そんなことを言うつもりは毛頭ないですけれども。しかしそれにしても抜け目ないというか、ちゃっかりしてるなァァァアこの人ォっ。
「あたしがなにを言いたいか分かる? 分かるわよね? 月の触手ぅ? あたしがあんたにずぅーーーーっとお願いしてること、あるわよねェ??」
さすがにこれを断れるほど、私は冷たい触手ではない。
昼間にログインしてまで戦う理由が、できてしまったというわけだ。
マルのポーズで返してみれば「おっしゃあッ! いつ? いつやるっ? 明日っ? 明後日っ?」なんて全部口にしてくるもんだから、マルバツジェスチャーだけでも日程のすり合わせにはまったく困らなかった。
……ほんとに、ほんっとに一瞬だけ(マッチポンプじゃないよな……?)とか疑ってしまった私をどうか許してください、天使様。




