プロミナ 3
「──っ、ふっ、よく躱すじゃないッ!」
十秒か三十秒か、一分か二分か。時間感覚も曖昧な中で、焔の刃をひたすら避ける。避けてよく見て、その性質を暴く。
炎そのもので構成されているこの剣は、それゆえに絶えず揺らめき燃え盛り、姿が安定しない。微細に変化し続ける刃の形状──リーチが、どうやらこちらの予測や感覚を僅かに狂わせているらしい。
避けたと思って火に炙られたのは一度や二度ではなく。最初に触手柔術をカウンターされたのも、この剣の性質とプロミナさんの体捌きが合わさってのことかもしれない。
シンプルな高火力武器に見せかけて、実際はとんだ奇剣。それを不自由なく操るこの擬似天使さん、好戦的な性格に違わない武芸者というわけか。
「くっ、んのっ……にょろにょろとォ……!」
とはいえ。とはいえだ。
ここまで見ている限り、刀身の極端な伸縮なんかはないと判断していいはず。それができるのなら負けていた場面が少なくとも二回はあったし。炎の大まかなリーチは把握した。ここからは私の間合いで闘らせてもらうっ。
「っ、な──」
下段からの切り上げを余裕を持って躱し、その空いた胴に体当たり。さすがに身構えていたのか、倒れることなく受け止められてしまったけれども──これでいいっ!
私のほうからも身体を離さず密着する。そしてそのまま、触手での殴打を続行。その上で常に、最低でも三本以上の触手で相手の体を掴み続け、切られそうになった触手だけを瞬間的に離す。あるいは最悪、切り落とされてもかまわない。とにかく逃さず、文字通りのゼロ距離を維持する。
「くっ……!」
するとほら、プロミナさんの攻勢が鈍る。
体に纏わりつくものに対して攻撃を繰り出すってのは、けっこう難しい。事実、私に向けられる剣や左拳からは勢いがなくなっている。一方こちらは触手の化け物。どんな姿勢からでも触手鞭に威力を乗せられるって寸法よ。
え? 結局いつもと同じじゃないかって? はいそうですゥ!! だって結局これがイチバン性に合ってるんだもん!
観察フェイズは、ほら、アレよ。初めての対人戦ですからね、このゲームでのナマの人間の挙動を見ておきたかったといいますか。
「あっ、ぶなッ……!」
ちっ、首を絞めそこねた。
今みたいに致命になり得る攻撃はさすがに全力妨害されるけど、それでもこちらが優位に立ち回れていることには変わらない……いや実際のところ首とまでは言わずとも手首の一、二本くらいは折ってやりたいものなんだけどもね。そういうのもなんだかんだ上手く凌がれてる。ほんとに強いなこの人。
「こっ、のっ……ッ……! ああッ──もうッ!!」
まあまあとにかく、そうやっていやらしい攻撃──えっちな意味じゃないよ──を仕掛けること少し、プロミナさんがキレた。
「『陽焔反応──」
お、来るかっ?
「──放射熱風』!!」
ほらやっぱり! あるよねそんな感じの技! 太陽だもんねェ!!
自分の体を燃やす系のやつ! 残念読んでましたァーーッ!!
「──ぐぅっ……! なんっでノーダメで躱せんのよォ……!!」
その身を起点に大きな爆炎を巻き起こした擬似天使は、ところどころが焼け焦げた格好で私を睨みつけてくる。
そりゃ至近戦って決めた瞬間から、この手の自爆技がいつ飛んできてもいいように警戒していたんだから。プロミナさんが自身すら焼く陽焔でけっこうな体力を失ったのに対し、私は魔術の発動直前に飛び退り回避に成功していた。
って言ってもまあ距離は開いちゃったし、プロミナさん的にもそれはそれでいいんだろうけども。
……あんまりイキらないほうが良かったか?
「……っまぁいいわ! もう二度とっ、あたしに組み付けるなんて思わないことねッ!」
叫ぶや否や、プロミナさんは足裏からの爆炎で空高くに飛び上がった。これだけじゃあただ中空に身を晒しただけ、でも当然、これだけなわけがない。
「『陽焔反応──点火天翼』!!」
高らかな宣言とともに、プロミナさんの背中に炎の翼が出現した。
いや違う。翼と見紛うほどに美しい、指向性を帯びた爆炎。それが彼女の背中を一気に押し出したんだ。そうと気付いた次の瞬間には、焔の刃がすぐ目の前にまで迫っていた。
「──ッラァッ!!」
荒っぽい声が、陽焔とともに真横を通り過ぎていく。
高速の突進、どうにかギリギリ回避できた。振り返った背後でプロミナさんはそのまま地面に激突……したかと思いきや、またも夜空に一筋の焔線。どうやら爆炎を上手く吹かして高空に舞い戻った様子。
赤い尾を引きながら旋回し、そしてまた剣を構えてこちらへ突っ込んでくる。勢いが乗っているぶん回避はさらに困難で、致命傷は避けたものの触手を二本持っていかれた。シンプルに速すぎる。
「ほんっとっよく避けるわその体でっ! あんたやっぱ人間じゃないでしょッ!!」
人間ですけど!? とか叫び返す余裕はない。っていうか叫べない。
大回りな円運動で旋回するプロミナさんを見上げながら、考える。
あれはどう考えても羽ばたくための翼じゃない。ロケットのようにかっ飛んでいくためのブースターだ。足裏の二点だけじゃきっと、空中での姿勢制御は難しいんだろう。だから背中も合わせた四点で加速と制御を行い、ある種の機械的な飛行を実現した。恐らく有翼種ほど自由自在に飛べるわけじゃない。けどスピードは相当なものだ。
どこまでも苛烈で真っ直ぐ。それでいて間違いなく、仮想身体の操作技術は高い。
「──ほらほらほらァッ!!」
うだうだ考えているうちに三度目の突進攻撃、さらに触手を何本か失った。
もうこの速さじゃ『月光波』で撃ち落とすのは無理だ。接触の瞬間にぶつけても良くて相打ち、最悪撃ち負けるかもしれない。ここまでの累積で減らされた体力じゃ耐えられないだろう。同じ理由で触手柔術でのカウンターもリスク大。
……『点火天翼』とか言ったか。
やっていることはシンプルながらかなり強力な技──にもかかわらず、ここまで出し惜しんでいた。相応の理由があるはずだし、それがなにかなんて見ているだけで察せられる。
人体が高速で飛び続けるだけの炎を絶えず吹かしているのだから、きっと魔力の消費は桁違い。そしてそれよりもなによりも、集中力の消耗は相当なもののはず。人間は本来、空を飛べないんだから。
だからこそ、使った以上はこれで決める気なんだろう。直進的な機動がそれを物語っている。そこに迎え撃つ隙がある。来たる四度目の攻撃の出がかり、高度を落とす瞬間を狙ってやる。触手に対空兵装がないなどと本気でお思いか?
「いいっ加減ッ……焼き切れなさいなァ!!」
旋回を終えて軌道を修正したプロミナさんの背中が、さらに大きく爆ぜる。その瞬間をスローモーションのように捉え、私が触手の先を向けた──その瞬間。
[制限時間が経過しました。戦闘を終了します]
「────は??」
あんまりにも無機質なアナウンスによって、私たちの戦いはぶつ切りで終了した。
「……………………」
起きた事象、地形への影響、今この瞬間の姿勢や位置関係。それら全てがリセットされ、戦闘開始前へと立ち戻る。スタート時の少し離れて向かい合った状態に戻された私とプロミナさんは、その味気ない終幕にどちらも一瞬呆けてしまっていた。
「……………………もっかい!!」
先に闘志を再燃させたプロミナさんの、ほとんどダミ声みたいな叫び声で我に返る。
んでバツのポーズで返す。
「なんでよ! あんただって物足りないでしょ!?」
ぇあー……それはぁー、まぁー……否定はできないけども。
でもダメなものはダメ。バツのポーズ。
「なんでえぇぇぇ……! ……明日仕事っ? あんた朝勤なわけっ?」
おお、お気付きになられましたか。マルのポーズ。
「ぐうぅぅぅ……ッ!! 労働者諸姉の妨げとなるのは……ほ、本意ではないわ……ッ」
すんんんごい不満げな顔をしつつ諦めてくれた。よかったぁその辺の常識はあるっぽくて。常識ある人は突然押しかけて勝負挑んできたりしない? それはそう。
「…………じゃあ、ええ、今日のところはこのくらいにしておいてあげるわよ……くぅっ……」
はいどーも……なんかちょっとだけかわいそうに見えてきた気もするけど……いや、これ私悪くないよね?
……まあ、というわけでマジでもうログアウトします。時間的に甘愛からおやすみメッセ来てるころだし。返事して寝る。寝るけど、その前に。
ドームも消え、隔てるもののなくなったネネカさんの元へと近寄る。目の前まで行って、触手をふりふびぇぁあぎゅって、ぎゅって握られちゃった! ごめんなさいいまだに慣れないですネネカさんとの触れ合いっ! なんでこんなドキドキするんだろっ!?
「──触手さん、お疲れ様。また明日、ね?」
両手で握られた触手の感触。ふんわりとした笑顔。その目の奥に宿る、どこか執心めいた光。それらに心奪われて、コンソールの操作もおぼつかない。もたもたもにゃもにゃやりながら、どうにかログアウトまでこぎつける。
五感が薄れていく特有の感覚とともに、最後までネネカさんを視界に捉えながら、私はこのイデアの世界から遠ざかっていった。
……なんか後ろのほうから「あたしも明日また来るからっ!!」とか聞こえた気がするけど。
うんまあ、今日は考えないことにしよう。




