プロミナ
プロミナという名前、それ自体は知っている。
その名の通り太陽を信仰するNPC団体『太陽教団』が、ついに呼び寄せることに成功した天使めいた存在……っていうスタートのプレイヤー。それまではいくつかある小さな信仰組織の一つに過ぎなかった『太陽教団』が賜った、形のある威光。
出自的にも実力的にもけっこう有名な人で、東のPV第一弾候補じゃないかって、プレイヤー間では言われていたらしい。私がそれを知ったころにはもう……ぇあー、そのぉー……触手の化け物の映像が公開されちゃってたわけですけども。
彼女個人のSNSアカウントとかはちゃんと見てないけど、それでも東の大陸の情報を集めていれば、たびたび目にする名前だ。
「『太陽教団』……擬似天使……?」
ってもまあそれは、プレイヤー目線の話であって。首を傾げるネネカさんはピンときていないみたいだけど。
「……知らないんだ……マジかぁ……いやたしかにここ、情報とか入ってこなそうな町だけども」
自分の名声に自信があったのか、プロミナ……さんはちょっとショックを受けている様子。
ゲーム内、つまりNPC間での『太陽教団』は、擬似天使の召喚によって今まさに知名度と影響力が増しつつある最中だ。だからまだこの『ナーナ』にまで轟くほどにはなっていないんだろう。一応ここ、秘境だとか隠れ里だとかって扱いらしいし。
「……そんなこの町へ、あなたはどうやって訪れたんですか?」
問いかけるネネカさんから警戒心はまだ消えていないし、私もそこはちょっと気になる。
この『ナーナ』および『ノクトの森』は、周囲を円形の山岳に囲われている。山岳の存在自体はNPCたちにもプレイヤーたちにも知られてはいるし、特にプレイヤー間ではPVの映像から『ナーナ』がその内側にあるという情報までは広まっているけども。
だからネネカさん聞きたいのは、どんな方法で円形山岳を越えてきたのかってところ。
一応まれに、外からの商人さんが来たりはするらしい。でもそれは代々この町と取引をしている商家の一族のみで、安全に山を越えるルートもその人たちしか知らない……というのは前にネネカさんから聞いた。
そんな、長くこの町とやり取りしているような人たちが、そう簡単にルートを他人に教えるとも考えづらい。
「そりゃ天使だからね。“飛んで”来たわよ」
「…………」
得意げに腕を組むプロミナさん。ネネカさんはなんとも返しあぐねている。
さてその言葉を、どこまで信じるべきか。
有翼種プレイヤーたちは今、急ピッチで長距離飛行能力の獲得と安定化を図っている。それはちょっとSNSを漁ってみればすぐにも分かる情報だ。あとなんか私が一部の人たちに恨まれてるっぽいのも……
……ともかく、逆に言えば現状ではまだ、あの山岳を越えられるほどの飛行能力持ちがいるなんて話は聞かなかった。
それにこの人の名前、そういう有翼種コミュニティではほとんど見かけなかった気がするんだけどなぁ。見た限りでは翼とかも生えてないし。能力を隠しているってことなのだろうか。
「ま、今はそれは置いといていいでしょ」
本人にそう言われてしまえば、これ以上はこちらが知るすべもない。
それよりもプロミナさんが本題にしたいのは、なにをしに来たのかのほうなのだろう。私を探していた時点で、単純な観光とかではなさそう。思い浮かぶ理由はまあ、いくつかあるけども。
「ねえ、あんた」
考え込む私へと右手を軽く向け、その中指をくいくいと曲げ伸ばしながら、プロミナさんは言い放つ。鋭い、ある種の執着すら感じさせる視線を、変わらず私だけに向けたまま。
「──とりあえず、一発やらない?」
……
…………
……………………あ、戦ろうってことかっ!! 一瞬やらしい話かと思っちゃったぁ!! あっぶなぁセーフ……!!! いやなんか、ほらっ、強気な雰囲気に違わず超肉食系なお姉さんなのかと……!
「っ……!」
ネネカさんは言葉の意味を瑕疵なく理解したようで、普段からは考えられないくらいに目を細めながら、作業台の下へと手を伸ばそうとする──けど、とりあえずそれは触手で制止。ってかなんか私だけ変な勘違いしかけたみたいではずかしっ……ま、まあ言わなきゃバレないですからね。どうせ喋れないし。サンキュー触手ボディ!
「あーっと、そんなに身構えないで欲しいんだけど……ってか、マジでこのNPC精神支配とかされてないわよね……?」
おい、後ろの小声も聞こえてるぞ。私がそんなことするわけないでしょうが。私はそんな邪悪な触手じゃありません〜っ健全で誠実でイケてる銀色様なんですぅ〜っ。抗議の意を込めて触手をうねらせる。「うわっ」とか言うな。
「ん、ん゛っ……」
雑すぎる咳払い。さては誤魔化すの下手だなこの人。
「……あー、『来訪者』同士ではね、なんて言ったらいいのか……そう、双方同意の上での決闘ってのがままあるのよ。ちょっとした挨拶みたいなもの、べつに死ぬまでやろうって話じゃないわ。ってか仮に死んでも復活するし」
「『来訪者』同士……」
ぇあー、まあつまりですね、ネネカさん。
私がこの申し出を断ればプロミナさんは私に対してなにもできない。ついでにいうと腹いせに町中で暴れる、なんてこともできない。システム上ね。『ノクトの森』はフィールド扱いだから別だけど……私と本気で敵対したいわけじゃないから、さすがに森焼きとかはしない。
……っていうようなことをつらつらと説明する。プロミナさんが。
ネネカさんはいまだ警戒を解かないまま、それでもまあ、話が通じる相手だってことは分かったみたい。うかがうように、私へと視線を向けてきた。
「そういうことなら……わたしは口出ししちゃいけない……のかな?」
言葉のわりにちょっと不満そうですけどもね。気のせいだろうか、ほんのり束縛めいたものを感じる。へへ、悪い気はしないね……
「……なんかスゴいにょろついてるところ悪いんだけど……どう? やるのやらないの?」
悦に入っていたらざっくりと正気に戻された。だからそのー、やるだのやらないだのって言い回しはなんといいますかそのぉ……ねぇ?
んいや、しかし決闘かぁ……もう寝る気まんまんだったから、あんまりがっつりはやりたくないんだよなぁ……
……まあでも、初めて会ったプレイヤーさんだし。せっかく私に会いに来てくれたわけだし。あとこの人、少なくともそんな極端には私のこと怖がってないみたいだし。名前ちょっと似てるし。うん、少しくらいならいいか。
ってわけで触手でマルのポーズ。
「……それはオッケーってことでいいのよね?」
ねぇ、その「ほんとに人入ってるのね…………人よね……?」ってつぶやきも聞こえてますからね? 触手イヤーは地獄耳なのだ。耳ないけど。




