触手に会える店 2
「──今日もありがとうね、触手さん」
数時間ほど店員というか、いっそマスコット? みたいな仕事をこなした辺りで、私はおいとますることにした。だいたいいつも通りの流れだ。
まだまだ夜は長く、『ナーナ』の町的にはむしろこれからが賑やかになってくる時間帯ではあるんだけども……私は明日も普通に仕事とかあるのでね、リアルでね。なのでネネカさんとの逢瀬も今日はここまで。
……なのですが、さてさて。
「お待ちかねのー、お給金です」
はい、お別れをする前に賃金の支払いがあります。ええはい、日払いです。
お金そのものというよりも、このやりとり……というか妙に楽しそうなネネカさんを見られるのが嬉しい。
この時間帯はいつもネネカさんが昼休憩あらため夜休憩を取るタイミングってことで、まだ“CLOSED”の看板こそ出してはいないけど、よく知る町の皆さんは来店を控えてくれている。だものでだれもいない静かな店内、会計台の後ろで一人と一匹向かい合って座る。
……しかし冷静に考えるとあれだな、一日八時間とか九時間とか? しかもほぼ毎日働いてるって凄いなネネカさん。週換算で一般現代人の三倍近い労働時間だ。私のおばあちゃん世代でもそんなには働いてなかったらしいし、ファンタジー世界で生きるのって大変なんだなぁって。
「本日もお疲れ様でした。えいっ」
ぁ゙、可愛すぎるかけ声で思考がふわぁーっと霧散しました。
ネネカさんが指をすっと振れば、彼女の視界にしか映っていないだろう彼女のクレジットから、私の視界にしか映っていない私のクレジットへと給与が送金される。
いやごめん、ファンタジー世界なのにこれだけまんま現代仕様なの、いまだにちょっと面白い。一応、魔術っぽいエフェクトは出てるし、実際“この世界では誰もが使える魔術”っていう扱いらしいけども。
まあ通貨だのなんだのをじゃらじゃら持ち歩くっていうのも面倒だし、こういうところはしっかり快適化されていて良いと思う。
「確認、お願いね」
はい、金額を確かめて、マルのポーズで返答。
この世界全体の物価とかは正直まだよく分かってないけど、『結わえ草』の商品の値段やら町の物価やら、それから店の売上とかを見る限りでは、貰いすぎでも貰わなすぎでもない良い塩梅だと思う。たぶん。
「うん、よかった…………言葉も、これくらいはっきり交わせればいいのにねぇ」
くすりと笑うネネカさんに釣られて、私も触手をゆらゆらさせた。
……数字をそのまんま数字としてのみ扱う限りは、私は他者と瑕疵なくやりとりできる。逆に言うと、それ以外の言語コミュニケーションは相変わらず厳しめだ。
例えば、看板やら名札やらを指してざっくりと意図を伝えるくらいならできる。実際、接客中もそれでお客さんに対応してるし。
だけども、ぇあー……そう、そこに記された文字一つ一つを指したり、あるいは単語帳とか文字表を使ったり……ともかくはっきりとした言葉や文章を作ろうとすると、途端におかしなことになる。どうも私がどの単語、どの文字を触手さしているのか見ている側が認識できなくなるっぽいのだ。言語コミュニケーションを取ろうとする私の行動に反応して、認識阻害を発生するとでも言えようか。
ぇあー、あとほかに試した限りだとー……
・記号や数字に細かく意味を持たせるやつ
・触手を文字の形にするやつ
・モールス信号的な(名前は違ったけどこの世界にもあった)やつ
……この辺りは全部ダメだった。
まあ、この体に課せられた根本的な制約の一つということなんだろう。たぶん。そりゃアバター自体がこんだけ強くて便利ならね、そのくらいの縛りはあってもしょうがないかなって。
言語に限らず、いまだに謎の多い触手ボディ。だけどもそれを探求するのは少しずつで良い。そんなことより、本日最後のネネカさんを目に焼き付けておこう。目ないけど。
「ふふっ」
すっかり私の視線というか……なんですかね、意識の向き? みたいなものを感じ取れるようになったネネカさんが、くすぐったそうに笑う。えーん甘愛ぁー、ネネカさんが可愛いよぉー。
「今日はここで、このまま?」
あ、はい。マルのポーズです。日によっては森に寄ってから終わるときもあるけど、今日はこのままここでログアウトです。
ネネカさんも、最初は見ていて驚いたらしいログアウトの瞬間──光の粒子になって消える定番のやつ──にももうすっかり慣れたとのこと。『来訪者』はこっちの世界と『来訪者』の世界を行き来している、っていうのはNPCたちも知るところだし。
「じゃあ……触手さん。また明日、ね?」
ゲーム開始から今日まで、私は毎日欠かさずこのイデアの世界に来ているし、町に入れるようになってからはそれこそ毎晩ネネカさんと会っている。また明日っていう言葉はもう聞き慣れつつあるけれど、言われて湧き出る嬉しい気持ちには際限がない。
少しの寂しさといっぱいの充実感を、触手に籠めてふりふりと。
そうしながらべつの触手でコンソールを開いて、ログアウトを押そうとした、まさにその瞬間。
「──邪魔するわよ」
カランコロンというベルと、聞き慣れない女性の声が店内に入り込んできた。
「っ、いらっしゃいませ〜」
なんというタイミング……と一瞬だけ顔に出しつつもすぐに笑顔に戻り、入り口のほうを向くネネカさん。私も合わせて視線を向けた、その先にいたのは。
「『月の触手』がいるとしたら森かここかと思ってたんだけど……当たったみたいね」
──気の強そうな女性だった。
くっきりした目鼻立ち、勝ち気な赤い眼差し、立ち姿もすらりと高く自信に満ちている。ところどころ跳ねている長髪は赤から橙、黄、毛先に至っては白んですらいる鮮やかなグラデーション。全体的に炎だとか熱だとかを思わせる、そんなお姉さん。
金糸の刺繍が映えるまばゆい白ローブを羽織ったその姿は、もちろん『ナーナ』の町では見かけたことがない。
「……えっと、どなたでしょうか? この町の方ではない……ですよね?」
女性は良く言えば真っ直ぐな、悪く言えば少々無遠慮な視線を私へと向けている。言葉と視線二つのせいか、問いかけるネネカさんの声には少しの警戒心が宿りつつあった。
「おっとごめんなさい、不躾だったわね」
対する女性、意外と──っていうと失礼か。ごめんなさい──素直に一度小さく頭を下げてきた。とはいえ再び上げた視線の強さは変わらずに、なだらかな胸を張って堂々と名乗る。
「『太陽教団』によって召喚された擬似天使──『来訪者』プロミナ。そう言えばどっちにも伝わるかしら?」
プロミナ。
それが、私がゲーム内で初めて遭遇したプレイヤーの名前だった。




