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ルグリと魔人 【累計10000PV達成】  作者: 雨山木一
第九章

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五十一話

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 子供のころに聞いた村の始まりに纏わる話の結末があやふやで終わることにずっと違和感があった。でも、誰に聞いても明確に答えてくれる人はいなかった。

 しつこく問いただすと話を逸らされるか、邪険に扱われるかどちらかの反応で、僕はそれがずっと不満だった。

 そんな数年来の疑問に答えをくれたのは、フードの彼女だった。

 彼女との出会いは、いつものように仕事を抜け出して、森にある泉で暇を潰しているときだった。


「こんにちは」


 地べたに寝転がって現実と夢の狭間を行き来していたところに不意にかけられ急激に頭が覚醒した。

 飛び起きると、人二人分離れたところに全身を黒のローブに包んでフードを被った人が佇んでいて、僕を見ていた。


「こ、こんにちは」


「いい天気ですね」


「はあ」


「この森はとても気持ちのよいところですね。まだ冬だというのに、春のように麗らかで暖かい」


 フードを被った彼女の顔は見えない。

 いきなり声をかけてきて顔も晒さずにいるのは少しばかり礼儀のないようにも感じられたが、まさか初対面で無礼なやつだなと指摘するわけにもいかず、視線を逸らして前を向いた。


「年中通してここはこんな感じですよ」


「そうなのですか。とても不思議な場所ですね」


「はあ」


「貴方はここでなにをしているんですか?」


 フードの彼女はその場に腰をおろして、僕と同じ様ように前を向いたまま尋ねてきた。


「……さぼりですよ」


「いけない人」


「いいでしょ。別に」


「まあ貴方がお仕事をさぼっているおかげで、こうしてお話する事ができたのですから私としてはよかったのかもしれません」


「あの、この辺の人ではないですよね」


「そうですね。この辺の人ではないです」


 暗に名乗ってくれと言ったつもりだったのだけど、彼女は知ってか知らずかはぐらかす。


「……僕は──」


「いいではないですか」


 遮る声は穏やかだった。


「こうして出会ったのはきっと神のお導きでしょう。数多の人、時間、場所があるなかで、偶然にも二人の人間が顔を突き合わせて……はいませんが、交流を持つことができました。こういうのを奇跡と呼ぶのでしょう。しかし、ここで奇跡の波に乗ったまま名乗ってしまうというのは些か、ありきたりがすぎると私は思います。世を全て見通せる神にせっかくの出会いを支配されてしまうというのも、少しだけ面白くありません。だから、ここはお互い名無しということでいかかでしょう?」


 神様に感謝しているのか、していないのかいまいちわからない言い回しだったが、僕の反論を先回りして断ち切ろうとする辺りきっと名を明かしたくない理由があるのだろう。

 顔も名も明かさない少し行儀の悪いフードの人。こちらは顔を明かしているので不公平な気もするが、だからといって不利になることがあるわけでもないのだからそれでもいいかと納得する。


「わかりましたよ。それでいいです」


「よかった」


 胸に手を当ててわかりやすく安堵したという恰好をとる彼女は、それからしばらく口を開かなかった。

 二人で凪いでいる泉を眺めるだけの時間が流れる。不思議と気まずさは感じなかった。


「実は貴方に声をかける前にしばらく観察していたんです」


 空を映す泉を眺めていると、フードの彼女はそんなことを言い出した。


「はい?」


「だっていきなり声をかけて貴方が危ない人だったら怖いじゃないですか。こちらはか弱い女一人です。襲われでもしたら抵抗なんかできませんよ」


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。そんなことするわけないでしょう」


「そうですね。こうして話してみるとそんなことはありませんでした。不快な思いをさせてしまい申しわけありません」


「悪いと思うのなら言わないでおくという選択肢はなかったんですかね」


「なかったです」


 不思議な感覚だった。出会って間もない彼女に僕は居心地のよさを感じ始めていた。

 何故だろうと考えて、思い当たることがあった。サーシャの声に似ているのだ。

 サーシャよりほんの少しだけ低い声だが、纏う気配というか声から滲み出る暖かさがとてもよく似ている。

 心にぽうっと柔らかい光が灯るような、陽だまりで他愛のない話をずっと続けたくなってしまう心地よさ。

 どうして顔も名前も知らない相手にこうも心を開きたいと思ってしまうのか。

 本当にとても不思議だった。

 

「明日もおさぼりしますか?」


 ぽつぽつと交わされる会話と、時折流れる沈黙の時間に身を任せていたらもう夕刻間近。

 そろそろ帰ろうかと、大きく伸びをしたとき彼女が言った。

 いつの間にか僕と彼女の距離は肩が触れ合うくらいまで縮んでいた。

 どう答えればいいだろう。

 逡巡した僕の様子が不安だったのか、彼女は僕の手の甲に自身の手をそっと重ねた。

 母さんとサーシャ以外の女の人に手を添えられるのは初めてだった。意識してしまえば、顔に熱が集まるのを止められない。

 まずい。ドキドキする。僕にはサーシャがいるのに。いや、なにがまずい? サーシャに申しわけない? でも、僕とサーシャは恋人と言うわけではない。今のところ仲のよい友人という関係だ。だから、どぎまぎしたとしても問題はないはず……。

 なんで言いわけしているんだろう、僕は。


「……明日は無理」


 動揺を悟られないように、あえて素っ気ない声で答える。

 フードで顔は見えないが、何故か悲しそうな顔をしている気がした。


「でも、明後日なら大丈夫」


 胸が締められるような感覚を堪えながらぼそぼそと言うと、彼女の「お待ちしています」という声が聞こえた。

 続けて。


「ここでのことは二人だけの秘密ですよ」


 耳元でささやかれた秘密という部分に背筋がぞくりとする。

 外の人との誰にも明かせない秘密。

 さよならとは言わなかった。また今度とも言わなかった。自然と二人とも立ちあがり、泉を後にした。

 その夜ベッドに潜り込むまで僕の心臓の動悸は収まらなかった。


 ◇◇◇


「この森の二つ名を知っていますか」


 密会が始まってひと月をすぎたとき、彼女は囁くようにぽつりとそう零した。


「二つ名?」


「はい」


「いいや……聞いたことないですけど」


 彼女と言葉を交わすことにはだいぶ慣れた。しかし、やはり彼女の方を見て話すのは少しだけ心がざわついてしまう。だから、僕らがこうして会話をするときは決まって二人で並んで座り、泉を眺めるのだ。

 

「貴方たちはこの森をモデールと呼称していますよね。でも、我々の知る通称は違うのです」


「はあ……」


 曖昧な相槌を打つ。正直なところモデールの森について僕はあまり興味がない。 

 村長たちは森を神の住まう神聖な場所としてとらえているが、僕にとってモデールの森はさぼるのに適した場所だというくらいの認識だった。

 特段珍しいものがある森でもない。


「なんて呼ばれているんですか?」


 だから、このときも帰ったらサーシャに教えてやろうぐらいの気持ちで聞いたのだ。

 サーシャより一つ物知りになったことを自慢してやりたいと。


「虹の森です」


 そのときの僕はきっととても間抜けな顔をしていただろう。


「遥か西の土地に虹の橋が架かる森がある。その森には妖精が多く住み着き、生と死の輪廻から外れた存在の庇護の元、悠久のときをすごす。我はその森を虹の森と称する」


 強い風が一つ流れた。


「これは大昔の探検家が残した文献の一節です。これ以外に虹の森について記された文献は見つかっていません。だから、ここにたどり着くまでには本当に長い時間がかかりました」


「……それがどうかしたんですか」


「昔、この森にある一族が流れ着きました。彼らは故郷を追われ、騙され、殺され、必死に生きるための手段を模索し、世を渡る力を手に入れました。しかし、その代償として彼らは多くの罪を犯してしまった。その罪から目を背けるように監獄のような世界を渡り続け、彼らがたどり着いたのは妖精ドランが守護する森。ドランは彼らを受け入れました。そして、長い旅路の末に傷ついた心と体を癒す時間を与え、森の一員として彼らを側に置いた」


 滔々と語られた物語に、喉が詰まるような息苦しさを感じる。


「森は彼らを受け入れた。森は彼らに祝福を与えた。貴方はその祝福を授かった一族の末裔、ですよね」


 急にフードの彼女が怖くなった。

 妖精ドランの話はこの地域に住んでいる人間ならあたりまえのように知っている話だ。だが、僕らの一族のことをとなると話が違う。他の村との交流はあるが、どこも僕らの村よりも後に興った村で、僕らの先祖の話を知るものはいないはずだ。

 彼女は一体何者なのだろうか。彼女は自分の話していることの意味を理解しているのだろうか。


「さあ……」


「これに覚えはありますか」


 長いローブの袖から覗く白い手が僕の方へ伸びてくる。手のひらに乗せられた一枚の金色に輝くモノ。

 自分の頬が自然と引きつるのがわかった。


「これは虹の金貨と呼ばれるものです。虹というのは吉兆の証とされていて、虹を見つけ、その袂にたどり着くければ永遠の祝福が与えられるとされています」


 見た覚えがあった。子供の頃、一度だけ村長が大切そうに見せてくれた村の宝物。

 何故それを彼女が持っているのか。

 まさか、盗んできたのか。


「虹の金貨の話は大陸各地に存在します。大抵は口伝で話だけが残っていることがほとんどなのですが、なかにはこうして虹の金貨が現存している場合もあるのです。この金貨はある御仁から譲っていただきました」


 袖のなかに消えていく手から目が離せなかった。

 譲ってもらった? うちの村長があの金貨を手放すはずはない。となると、うちの村から盗まれたものではないのか……?

 いや、それは今考えても答えの出ない問題だ。それよりも聞かなければならないことがある。

 

「あなたの望みはなんなんですか」


 フードのしたで微笑む気配があった。


「これと同じ金貨が貴方の村か、この森にあるはず。私はそれが欲しい」


 声に滲む、有無を言わせない迫力に僕は喉を鳴らす。


「そんなこと言われても……無理ですよ」


 こう返すことが精一杯だ。


「あるのですね」


 しまったと思った。否定するなら、ここはそんなものは知らないと答えるべきだった。

 焦りを表情に出さないように頬の内側を噛む。居心地のよかった空間が一変して不穏な空気が流れ始める。警戒に気づかれてはいけない。腰をおろした状態で、両足と彼女から見えない側の手に力を込める。

 もしもの場合は……。

 僕が最悪の場合を覚悟して脂汗を流すと同じタイミングでフードの彼女がふう、と息を吐く音がした。


「ごめんなさい。警戒させるつもりはなかったんです。言いましたよね。この森に関する文献はほとんど残っていないって。この森を見つけるまで本当にたくさん大変な思いをしてきたんです。判然としない濃霧のなかで雲になりそうな話を探し求めて……更に雲のなかから信憑性のある話をまだ探して」


 変わった比喩の仕方だなとは思ったが、フードの彼女にとってモデールの森を探すのはまさに雲をつかむような話だったのだろう。


「空を流れる雲はすぐに形を変えてしまいます。追って行くうちに消えてしまうものもあれば、掴んだと思ったら全くの別物だったと肩を落とすことも、それこそ星の数ほど経験しました。しかし、私はようやくいくつもある選択から正しい道を選び抜くことに成功して、こうして貴方と出会いました。だから……少しだけ興奮してしまったんです」


「それは、まあ……大変でしたね」


「はい。あの、その……」


 言い淀んだので横目で彼女を伺うと、胸の前で不安そうに手を握りしめていた。顔が見えないのに感情が伝わってくるのは彼女の仕草がそれだけ真に迫っているという証だった。


「僕にその話をすれば、どうなるかは予想できたでしょう? それでも、話すべきだとあなたは思った。どうしてですか?」


「……貴方に話した虹の森と虹の金貨に纏わる話はあくまでも表向きに伝わるものです。この金貨にはある秘密が隠されている」


 誘い込むような口ぶりに警戒心よりも好奇心の方が勝った。


「秘密っていうのは……」


 この後、僕は好奇心は猫をも殺すという言葉の意味を身をもって知ることになる。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム、アルファポリス、ノベルアップにも同作を投稿しております。

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