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ルグリと魔人 【累計10000PV達成】  作者: 雨山木一
第七章

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三十八話

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 懐かしい香り。懐かしい体温。遠い昔には当たり前にあったもの。


「馬鹿娘! 子供が親より先に死ぬなんて絶対に許さんぞ」


 懐かしい声。


「……?」


 閉じていた瞳を開く。ぼやけた視界に映るのは──。


「お父さん……」


「久しぶりに聞いたなあ……。お父さんって」


 ミーシャに覆いかぶさるグリフィスは、記憶のなかにある穏やかで屈託のない笑顔を浮かべていた。


「なんで……なんで、お父さんが……?」


「なんでってそりゃ、娘の危機に……駆けつけない父親どこにいるんだ」


 よく見るとグリフィスは顔中に擦り傷をたくさんつけていた。荒く呼吸をし、額には大粒の汗がにじんでいる


「どうして……」


 どうしてきてくれたの?

 グリフィスが駆けつけてくれたことよりも、自分を娘と呼んでくれたことよりも、まず先にミーシャはそう思った。

 だって、家族なんて……娘なんていないって言っていたのに


「全く、昔はこれくらいで……息があがったりは、しなかったんだがな」


 体たらくを嘆くようにグリフィスは言う。そして、痛みを堪えるように顔をしかめた。

 どうしたの?

 そう問いかけようとした瞬間、ミーシャは自分が今どのような状況に置かれていたのかを思い出した。

 そうだ、あたしは竜に食べられそうになって──。


「待って! お父さ──」


 絶望の叫びが形になりきる瞬間、顔に雫が落ちてきた。暖かい。雫を手で拭いとり見ると、どす黒い色をした血が伸びていた。


「いやあああああああああ!」


 竜はミーシャではなく、覆いかぶさったグリフィスにその牙を突き立てていた。

 深く体に食い込んだ牙からグリフィスの血液がとめどなく流れる。グリフィスの服が見る見るうちに血で染まっていく。


「お父さん、お父さん! なんで!」


 半狂乱でとり乱すミーシャにグリフィスが震える唇で答える。


「だから……言っただろう。娘の危機に……」


 しかし、最後まで口にする前に糸の切れた人形のように首ががくっと落ち、そのまま気を失ってしまった。


「やだ……やだよお父さん」


「この……カス共があ!」


 キャスウェルの耳を(つんざく)くような悲鳴交じりの怒号が響く。


「アシュマンもどきの人間が、魔人様を汚しやがって! 魔人様、大丈夫ですか!? 汚れた血など早く吐き出してください。神聖な貴方様の体にこのゴミの血は毒になってしまう!」


 キャスウェルは竜の牙の間に腕をねじ込んで、白いローブにグリフィスの血が付着するのも(いと)わずに、鬼気迫る顔で竜からグリフィスを離そうとする。

 グリフィスの体に食い込んでいた竜の口が開いた。その隙にミーシャはゆっくりと牙からグリフィスを引き抜き、力なく崩れる体を抱きとめる。

 途端に腹部に開いた風穴からおびただしい量の血が噴き出し始めた。咄嗟に片手で圧迫止血を試みるも、傷が広範囲にわたっているために全く意味をなさない。


「お父さん起きて! 死なないで」


 かろうじて息はあるが、みるみるうちにグリフィスの顔から血の気が引いていく。

 どうして。なんで。そんな思いが頭を駆け巡る。

 再会できたら初めになんて言おう。家に帰ることができたら、まず初めに三人できつく抱きしめ合って、それからあの懐かしいシチューを食べよう。眠るときは、家族三人で身を寄せ合って一つのベッドで眠り、幸せな夢を見よう。きっと子供じゃないんだからと笑われてしまうだろうが、それでも構わない。

 だってずっとそうしたかった。

 家族の暖かい愛情に包まれていたかった。

 こんな冷たい最後なんて迎えたくなかった。


「こんなのってないよ……」


 グリフィスの傷は疑いの余地もなく致命傷だ。治療を、という段階はとうにすぎている。

 流れる血液と共に体が冷たくなっていく。少しでも体温をあげようとグリフィスの血まみれの腕を摩る。意味のない行動だと理解しつつも、それしかできない自分を恨んだ。

 刻一刻と暗い死がグリフィスを飲み込んでいる。


「まさか工房を抜け出して僕をつけていたとはな。ゴミの分際で小賢しいことを。おかげで魔人様に不純な血が混じってしまった」


 キャスウェルは悪臭から逃れるようにローブの袖で鼻の辺りを隠す。

 ミーシャが怒気を孕んだ瞳を向けると、嘲るように鼻で笑いながらキャスウェルが吐き捨てる。


「なんだい? その目は。僕は事実を口にしただけだが」


「……屑が」


 殺してやりたいという激情が理性を希釈しそうになる。だが、腕に乗るグリフィスの重さがかろうじて最後の一歩を踏みとどまらせる。

 グリフィスの浅い呼吸がどんどん弱くなっていく。残された時間は間もなく尽きてしまう。

 ミーシャにできることは……ない。


「……て」


 都合のいい話だとは思う。


「……けて」


 結局キャスウェルの言う通りなのだ。


「……助けて」


 いいように利用されて、他人を恨んで、貶めようとして。


「誰か……」


 結局自分ではどうにもできなくなった挙句、誰かに助けを求めることしかできない。

 殺したいほどに憎む相手が目の前にいながら、言い返す言葉すらない。


「誰でもいいから……助けてください」


 ミーシャの懇願にキャスウェルが嘲り笑う。


「泣いて懇願すれば誰かが助けにきてくれるなんていうのは小説のなかだけだよ。僕はああいう展開が大嫌いなんだ。読んでいて虫唾が走るよ」


 確かに言う通りだ。こんな場所にどんな理由があったら助けに入ってくれる人がいるというのだ。

 命を投げ捨ててまで他人を助ける人間なんていない。まして得られる対価がないのならば尚更にだ。

 

「そうか? 私は結構好きなんだけど」


 ただ、それは所謂一般的な感性を持った人間の考えることであって、()()()にはあてはまらない。

 場にふさわしくないおどけた調子の声は、ともすれば男性の声と聞き間違えてしまうほど低く響く。


「お前……!」


「おいおい、お前とはずいぶんだな。前みたいに殿をつけて呼べよ」


 夜の支配者である月の淡い光が雲の間を抜けて一筋の線となり、物語の舞台に差し込む。

 淀みなく、揺るがない信念を感じさせる力強い靴音が一歩、また一歩近づくごとに場の空気を支配していく。


「お久しぶりだな。諸君」

 

 細くしなやかな長身を、藍色を基調としたシックなジャケットとスラックスに包み、分厚い生地で仕立てられた腰丈のフードのついた外套と磨きこまれたブーツは女性らしい、というよりも武骨な男性を連想させる。


「アーリィ・リアトリス……!」


 不敵な笑みを浮かべ月下の元に現れたアーリィは、舞台役者よろしく慇懃(いんぎん)に腰を折り、そして、顔だけ起こすとその綺麗な形の唇を不敵に吊りあげ笑ってみせた。


「何故貴様がここにいる!」


 キャスウェルの恐怖からか怒りからくるのかわからない震えた声に、アーリィは半身を起こしてくびれた腰に手を当てて小さく溜息をつく。


「そんなことお前にいちいち説明する義理があるのか?」


 取りつく島もない返しにキャスウェルは苦虫を噛み潰したような顔で小さく唸る。

 当のアーリィは一切の興味がないといった様子で鼻を鳴らすと、今度はグリフィスに視線を移す。


「傷が深い……虫の息だな。生きているのが不思議なくらいだ」


「お願いします……父さんを助けてください」


「これを少しだけでいいから飲ませるんだ。後、残ったものを傷口に直接垂らせ」


 アーリィは懐からとり出した小さなガラス瓶を手渡し、グリフィスに飲ませるよう促す。意識のない人間になにかを飲ませるなど本来なら決して行ってはならない行為だが、刻一刻を争うこの状況で迷う時間はない。


「父さん、ごめんね。ちょっとでいいからこれを飲んで」


 意識のないグリフィスの口元にガラス瓶を傾け、なかに入っている少し粘性のある液体を垂らしこむ。そして、破けてしまった服をとり去り、残った液体を傷口に直接垂らし込む。


「父さん、大丈夫……?」


「すぐに意識は戻らない。これはただの応急処置だ。できるなら早くこの場を離れたいところだが……」


 アーリィの翠の灯った瞳が前方を睨みつける。


「この偽物をどうにかしないとな」


 キャスウェルが怯えるように半歩だけ足を引いた。


「いつ気がついたんだ」


「初めから怪しいと思ってたんだ。アシュマンの管理者であるはずのお前が、なにも問わずに虹の橋を渡らせるなんて。手順が違う」


 手順という言葉にキャスウェルはわずかな動揺を見せた。


「本来の管理者であれば人前に姿を現すことはせず、まず訪ねてきた理由を聞いてから一人で虹の橋を渡らせる。それだけじゃなく、橋を渡る最中にも心の在り方を見る試練をいくつか潜り抜けなければならない。それらを越えてアヌウンの工房にたどり着くけたものだけが、管理者と契約を交わす権利を得られるんだ」


 虹の橋を作ったときのことを思い出す。一方的に話し続けるキャスウェルを前に、アーリィはなにか思わせぶりな態度を見せていた。

 あのときからアーリィはキャスウェルに違和感を覚えていたのだ。だから、終始キャスウェルに対して、壁を作るような態度をとっていたのだろう。


「これがなんだかわかるか?」


 アーリィはジャケットの胸ポケットからなにかをとり出し、親指で弾いた。足元に落ちたものを拾いあげたキャスウェルの顔が驚愕に歪む。


「妖精の金貨……?」


「お前の言葉を借りれば、不完全品だがな」


 キャスウェルが手にした妖精の金貨には、絵が彫られていなかった。これはまだ契約をすませる前の金貨であることを意味している。


「どうしてアンタがこんなものを──」


 キャスウェルが言いかけて、すぐに「まさか」と呟いた。


「大切な金貨の入った箱を安楽椅子のうえに放置してくれたおかげで簡単に入れ替えることができたよ」


 アーリィは鼻を鳴らして嘲るように言った。


「あ……そういうことか」


 アーリィの言葉にようやくミーシャも合点がいった。

 ミーシャとキャスウェルが紅茶を淹れる準備をしていたときに、アーリィの姿が見えなくなったときのこと。アーリィは暖炉の前の安楽椅子で寛いでいたのだが、そのときにキャスウェルの持ってきた金貨入りの箱を尻に敷いていると嘘を言ったせいでミーシャが怒る場面があった。

 実際には膝のうえに箱はあり冗談だということがわかってその場は収まったのだが、あのときにすでにキャスウェルを疑っていたアーリィは、疑念を確信に変えるために一つの罠を仕掛けていたのだ。


「金貨が偽物に変わっていることに気がつかないほどに、お前は経験が不足している」


「もし僕が金貨の入れ替えに気がついていたらどうするつもりだったんだ」


「そのときはちょっとした悪戯だと言って本物を返してやるだけだ。管理者になるアシュマンは金貨の真贋について熟知している。仕込んだ偽物を見抜けるのなら、私の疑念は晴れてお前は本物だということが確定するわけだから、そうなるならそれで構わなかった。ただ、私としてはお前は管理者ではないと思っていたから見抜かれる心配なんてしていなかったがな」


 アーリィの挑発に、キャスウェルは歯茎が見えるほどに歯を噛みしめて、喉から這いあがってくるような不気味な唸り声をあげた。


「お前は管理者としての基礎がなっていないんだよ。だから、こんな簡単な罠にも引っかかって、今の今まで気がつかないでいた」


 風に攫われた髪を右耳にかけ直しながらアーリィは口角をいやらしくあげて言い放つ。


「偽物の管理者の演技すらまともにできないとは、お前はずいぶんと間の抜けたやつらしい」


 立場は完全に逆転していた。ついさきほどまでこの場を支配していたのは、キャスウェルと竜だった。しかし、アーリィの登場によって風向きは完全に変わりキャスウェルは糾弾される側になった。

 アーリィの言葉にぐうの音も出ない様子のキャスウェルは唇を噛み、せめてもの意地を見せるようにこれ以上後ずさりしないよう大地に足を踏ん張っている。


 ただ、不気味なのは竜が動きをみせないことだ。いくらアーリィが場の空気を支配しているとはいえ、竜の相手をできるとは思えない。

 それともアーリィには竜をも退ける算段があるのだろうか。

 瀕死の重傷を負った大人と、なにもできない子供を抱えて、二対一でこの場を凌ぐ手段を持ち合わせているから、これだけ余裕のある態度をとれているのか。

 いや、違う。

 そうではない。二対一ではないのかもしれない。

 アーリィは初めからキャスウェルに対してのみ向き合っている。竜には一度も視線や言葉を向けてはいない。


 ミーシャはその理由を竜が言葉を介さないから、竜はキャスウェルの味方だから、全ての黒幕はキャスウェルだからだと、勝手に思い込んでいた。だが、それは間違いなのかもしれない。

 竜はキャスウェルに言われてアーリィを襲ったように見えた。だからミーシャは、竜はキャスウェルの言うことを聞くのだと思っていた。

 しかし、よく考えてみればキャスウェルは竜を『神の始祖である魔人様』呼んでいた。

 そう呼称する意味は、竜は自分よりも遥かに高位の存在であると認めているからではないだろうか。

 そうであるならば、主従関係はキャスウェルが主ではなく、竜が主でキャスウェルは従う立場であるはずだ。


 現に不利な立場に陥っているにも関わらず、キャスウェルは一度も竜に命令することも、(そそのか)すような素振りは見せていない。

 もし本当にキャスウェルと竜が協力関係であるのならば、邪魔者であるアーリィを消そうとするはずだ。だが、実際にはそうなってはいない。

 アーリィはこの状況が自分にとって不利ではないと確信している。


「なあ、教えてくれないか。管理者を騙るお前は一体誰なんだ?」


 更に浴びせられる追撃は、キャスウェルの虚構を完全に打ち砕いた。


「はあ……だっる」


 そして、露になった本性はこれまでのキャスウェルとはあまりにも乖離しているものだった。


「めんどくせぇなあ。アンタ」


 溜息混じりに気だるく返す様は反抗期の子供のよう。


「だったらなんだ。それがどうした。なにか問題があるのか。別に管理者でなくとも、ちゃんとやることやってればアシュマンたちは荒れない。十年間ちゃんと仕事はしてきた。それでいいじゃねぇか」


 本質がむき出しになったキャスウェルは、言いわけがましく言い放つ。

 だが、アーリィはあくまで毅然とした態度で返す。


「確かに、この森に住むアシュマンたちは皆穏やかだ。他の土地と比べても比較的管理がされている。だが、私が言いたいことはそこじゃない。お前は自分が管理者でないことを認めた。ならばこのモデールには現管理者となる者は他にいるはずだ。しかし、私はこの森にきてから他の管理者の気配や力を感じることは一度もなかった。何故感じないのか。簡単な話だ。もうこの森には正当な管理者は存在しないからだ」


 キャスウェルはなにも答えようとはしない。感情の読めない虚ろな瞳でアーリィを見つめている。


「管理者は一度選任されれば、変わることは滅多にない。理由はそもそも素質を持つアシュマンが滅多に誕生しないということや、寿命や病気といった概念が存在しない悠久の時間を生きるアシュマンだからこそ、代替わりが起こるということはまずありえない。だが、例外はある。それは管理者が自死した場合と、殺害された場合だ」


 ざわ、と風が抜けた。


「不死に近いアシュマンの死とはなにか。それは感情の喪失だ」


「感情の喪失……」


 ミーシャが繰り返した言葉にアーリィは静かに頷く。


「アシュマンとはその身が朽ちる刹那、強い想いを残した魂が反転してアヌウンに落ち、長い時間をかけて想いを形にすることで生まれる存在だ。人の体に血液が必要であるように、どんなアシュマンにも誕生する原因となった感情が必要不可欠。それをどんな形であれなくしてしまったり、奪われてしまうとアシュマンの体は瓦解する」


「そうなったアシュマンはどうなってしまうんですか」


「……意義を失くしたアシュマンの体は灰となり崩れ去る。砂より軽い灰は風に連れ去られ、雨に流され、そしていつか大地に還る」


 それはまさしく生物が辿る死の終着点だった。


「お前は工房で前任者の話をしたな。名はドラン。ある日突然姿を眩ませて、それ以降帰ってくることはなかったと。()()()()()()()()()()()()()()


「……」


 形式上は尋ねるようではあるが、アーリィのなかにはすでに答えがあるのだろう。その証拠になにも答えないキャスウェルに対して、つまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。


「ふん。言いたくないならそれでもいい。私にお前を咎める権利はないからな。だが一つだけ助言をくれてやる」


 その言葉になにかを感じたキャスウェルの喉が大きく動いた。


「竜は願いなど叶えないぞ」


「……なにを」


 喉の奥から振り絞るように出た声は、恐怖と否定に震えていた。


「竜が願いを叶えるだなんてどこで聞いてきたのか知らないが、それこそお伽噺(とぎばなし)がすぎるだろう。散々ミーシャのことを小馬鹿にしていたみたいだが、そんな与太話を信じているなんてお前も案外可愛いところがあるんだな」


「そんなはずない。ドランは……ドランが言ったんだ。世界を統べし魔人の竜は救世の力をその身に宿す。数多のアシュの魂が宿りし核が実ったとき、全てをお救いになられる。ちゃんと言い伝えに残っている。ドランがアヌウンを巡って集めた文献にそう記述されているのをこの目で確認もした!」


 否定、否定、否定。

 それは願いを叶えることができないと知ったミーシャが見せた反応と同じものだ


「ドランが僕に嘘をつくはずがない! ドランは……ドランは僕にだけは絶対嘘をつかないと約束したんだ!」


 拠り所を奪われる恐怖と絶望は人でもアシュマンでも変わらない。

 覚悟を決めたとキャスウェルは語った。外道と呼ばれようが、鬼畜と蔑まれようが、どんな手段も厭わないと。

 それは目的を達成するために必要なことだったのだろう。願いを叶えるためには、自分を作り変えてでも必要なことだったのだろう。

 行動理念の土台は叶えたい願いがあるから。

 だが、アーリィは無慈悲にその土台を叩き壊す。


「仮にそんな力があったとして、竜が管理者でもないお前の願いを叶えるメリットはどこにある?」


 聞き覚えのある台詞に心臓が締めつけられる。奪われてしまった可能性はとり戻すことは不可能。

 暗闇のなかでどれだけもがこうとも、存在しない可能性の糸は掴めない。

 

「そもそもお前は(そいつ)の存在を正しく理解していない。神の始祖? それはそんな俗物にまみれた存在ではない。竜は……魔人は、死を振りまき、この大地に根付く命を根こそぎ灰に変えてしまう存在だ」


 ここで初めてアーリィは竜に視線を向ける。無言のうちに交わる翠の視線。自分の何倍もある竜に対して臆することもなく、自分とお前は対等だと言わんばかりに自信に満ちた瞳でアーリィは睨めつける。

 竜に焦点を合わせることすら恐怖でできないミーシャは、視界の端に竜の輪郭を捕らえつつアーリィの横顔を見つめる。

 アーリィの蠱惑的な赤い舌が唇を舐めた。


「がはっ」


 腕のなかで意識を失っていたグリフィスが小さく嘔吐く。意識が戻ったのだ。


「お父さん!」


 グリフィスの血にまみれた手を頬に当てて名前を呼ぶ。意識は朦朧としているものの、必死に呼びかけるミーシャの声に動かない体の代わりに何度か瞼を動かす。

 その様子がミーシャの声に懸命に答えようとしてくれているみたいで、込みあげてきた涙がグリフィスの顔に落ち、血で染まった顔に涙の痕を作った。


「さて、長々とつまらない話をしてしまったが、我々はこのへんでお暇させてもらうとするか。時間はだいぶ稼がせてもらったしな。ああ……そうだ」


 アーリィは踵を返し歩き出そうとして、なにかを思い出したのか左手の人差し指を立てて振り向きざまに竜を指した。


「依頼品を送り届けたらまたお邪魔させてもらうから、それまでその竜のご機嫌とりでもしていろ。いいか? 馬鹿な考えは起こすなよ。間違っても竜に願いを望もうとするな」


 念を押すように言うと、それっきりキャスウェルには興味を失くしたように嘆息し、座り込むミーシャからグリフィスを受けとって抱え起した。

 ガラス瓶の薬のおかげか出血は止まったようだが、傷が治ったわけではない。グリフィスが傷みに顔を歪めて唸る。

 アーリィは脂汗を浮かべて痛みを堪えるグリフィスの腕を自分の肩に回すと、気遣うようにゆっくりと歩き出す。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム、アルファポリス、ノベルアップにも同作を投稿しております。

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