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ルグリと魔人 【累計10000PV達成】  作者: 雨山木一
第四章

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十九話

 19 


「まだ若い娘さんが仲間と共に力を合わせて森の守護者となる! その気概、大変素晴らしい。僕は感動しました!」


 感極まったキャスウェルの声が水の滴る黒々とした岩の壁に反響する。ミーシャとキャスウェルの先を歩くアーリィがゆっくりとこちらを振り向いた。

 なるほど。目は口程に物を言うとはこういうことか。


「キャスさん、もう少し声を抑えて……」


「おや失礼っ。僕としたことがあまりにも感動してつい大声を」


 おや失礼の部分もそれなりに大きくてハラハラしたが、どうやらなんとかお許しを得たようだった。最後に小さく舌打ちが聞こえたような気もしたが、スルーしておこう。


「でも驚きましたよ。虹の橋って言うくらいだから、こう、空に浮かんだ七色の橋があるんだとばかり思っていたんですけど、まさかこんな洞窟だとは」


「ふふ。確かに虹の橋という名にはそぐわない場所だと僕も思うよ。一文字も掠らないよねえ」


 手にしている松明を掲げる。眼前にあるのはごつごつとした岩ばかり。虹なんて名前がつく場所とは到底思えなかった。


「あまり離れるなよ」


 前を向いたままのアーリィが釘を刺すように言った。


 ◇◇◇


 光に飲まれ次に目を開けたとき映ったのは、両手に松明を握りこちらを覗き込んむキャスウェルとアーリィだった。重い頭を押さえつつ、ここはどこなのかと聞くと虹のなかだとキャスウェルが答えた。

 気を失っていたのは本当に少しの間だけだったらしい。

 洞窟内は湿気が多く、松明の明かりの周りに水の細かい粒子が漂って見える。肌寒さは感じるが堪えられないほどではない。

 アーリィに支えられながら起きあがり、体を壁に預ける。まだ少しだけ体が怠いが我慢できる。休憩した後、早速洞窟内を進むことになった。


 アーリィが先頭を行くと聞かないので、アーリィ、ミーシャ、キャスウェルの順に並んで歩きだす。

 頼りない松明では洞窟内全体を照らし出せず、見えるのはせいぜい先頭を歩くアーリィの背中と、ぼんやりと浮かびあがる黒々とした岩石ぐらいだ。

 洞窟内は想像していたよりも歩きやすかった。足元は細砂が絨毯のように敷かれていて、ブーツ越しに伝わる降り積もった深雪を踏みしめるような感覚が心地いい。

 しかし、洞窟内は変化に乏しく時折左へ右へ緩く曲がったりはする程度で、あまりにも変わらなすぎる景色に何度もぐるぐる同じところを歩いているのではと錯覚してしまう。


 なにか暇つぶしでもできないだろうか。そう考えたときにキャスウェルが会話をしたがっていたことを思い出した。先日アーリィが見せてくれたアシュマンたちとは言葉を交わすことはできなかったが、キャスウェルは彼らとは違い人間の言葉が話せるようだ。これはいい機会かもしれない。

 ミーシャは自己紹介がてら、仕事のことなどを交えて雑談した。

 会話に飢えたキャスウェルは、ミーシャのとりとめのない話も、ときに驚嘆の声をあげ、ときに静かに頷き、ときに声を震わせながら聞いてくれた。

 思いのほか会話が弾み、いつの間にかミーシャはキャスウェルのことを『キャスさん』。キャスウェルはミーシャのことを『ミーシャちゃん』と呼ぶようになっていた。


「それにしてもこの洞窟って広いですよね。ここがアヌウンなんですか?」


「そんなことはないよ。虹からアヌウンの世界に行こうとすると必ず洞窟を通らなければならないんだ。この洞窟は、わかりやすく言うと人間の世界という部屋とアヌウンの世界という部屋を繋ぐ通路なんだ。二つの世界は普段は交わることはない。しかし、稀に部屋のドアが開くことがある。そういったことが起こったときに、二つの世界の住人が行き来する役割を果たしているのがこの洞窟というわけなんだ。ここみたいな洞窟はアヌウンの世界に点在していて、網の目のように張り巡らされているんだ。その洞窟一つひとつに工房を構えているアシュマンがいて、生活しているんだ」


「工房ってなにをする場所なんですか?」


「工房は一言でいうと製造所だね。僕たちはアヌウンの技術を使って日々の生活で生まれる困りごとなんかを解決する技術屋なんだよ。アシュマンの全てがそうであるわけではないんだけど、ある程度の技能を持ったアシュマンたちは要望に応えてものを作るんだ。ミーシャちゃんの周りにも同じような理由で人間が作り出したもので溢れているだろう。それと変わらないよ。今向かっているところも工房で、僕はそこを住居と兼用していて、普段はそこで管理者としての仕事を行っているんだ」


「へー。管理者ってどんなことするんですか?」


「うーん、簡潔に言うと健康管理かな。アヌウンで生まれた存在であるアシュマンが人間の世界に長く滞在していると、色々な刺激に晒される。そうすると体調を崩してしまうものが出てくるんだ。僕はそういったアシュマンたちを管理して、場合によってはアヌウンに連れ戻して治療を施したりする。まあ、それ以外にも雑務はあるけど、この森は滅多に問題が起こらないから僕としてもだいぶ楽をさせてもらっているよ」


「人間社会で言うと上司みたいなものですね」


 素直な感想だった。アシュマンという不思議な存在を管理するのだから、特別なことをしているのだと勝手に想像していたが、聞いてみると案外人間社会と変わりない様に思える。少し拍子抜けしてしまうくらいだ。


 ラウルのことが脳裏を過る。ミーシャの上司であるラウルもいつも部下の健康に関しては気遣ってくれていた。特にミーシャに対しては本人が鬱陶しく感じるほど気にかけてくれていた。親元を離れ、一人で慣れない環境に身を置くミーシャの辛さを少しでも和らげたいという厚意に助けられたことは何度もある。

 ありがたいことだ。しかし、限度をすぎればそれはただの過干渉でもある。


「キャスさんは人間と見た目は同じですけど、他のアシュマンたちはなんていうか、独特な見た目をしているじゃないですか。本に出てくる妖精みたいな。始めて見たときは正直怖いと思ってしまったんですけど、人間みたいに体調を崩すって聞くと、少し親近感を覚えます」


「人間とアシュマンで大きく違うのは見た目ぐらいだよ。ちょっと見た目が違って、ちょっと考え方が違って、ちょっと不思議な力が使える、人間との違いなんてそれぐらいしかない」


「そのちょっとの部分があたしにはとても大きなものに感じますけど」


「隣の芝生は青く見えるみたいなものかな。ないものばかりに目が向けてしまうから差を感じてしまうだけで、実はミーシャちゃんたち人間だって素晴らしいものを持っているんだよ。それが当たり前になってしまっているから気付きにくいのかもしれないけど」


「そんなものですかね」


「そうだよ。向上心と嫉妬は紙一重で、それが悪く作用すると争いに発展してしまうこともある。けどよい方に作用するとそれは世界を少しだけ幸せにできる。その幸せを噛みしめて自分の人生を生きるだけで十分だと僕は思うよ」


 自分の人生を生きる。いい言葉だが、ミーシャには耳の痛い話だ。


「おい。見えたぞ」


 終始静黙していたアーリィが立ち止まった。キャスウェルとの会話に夢中になっていたミーシャは、そのまま背中に鼻をぶつけてしまった。


「す、すみませんっ」


 慌てて謝ったが、アーリィは反応を示さない。

 怒らせちゃったかな。上目遣いに様子を伺うも、アーリィがこちらを振り向くことはなかった。


「おお。もう着いてしまいましたか。楽しいと時間を忘れてしまいますね」


 アーリィの肩口から背伸びをして顔だけを出して先を覗くと、松明で照らされる砂の道がわずかに左にカーブした先に、ぽうと小さな光が見えた。長い洞窟を歩き続けて、ようやく岩以外の存在を目にした。よく耳を澄ませるとなにやら音が聞こえてくる。

 更に進み、光りとの距離が縮まるとその音の正体が分かった。水車だ。ガラガラと音を立てて回る音は故郷でよく聞いていた音と同じだ。


「とう、ちゃく! お疲れ様でした。ようこそ我が工房へ。歓迎致します」


 黒々とした岩ばかりの洞窟内に突然現れたのは白を基調にした二階建ての一軒家。一階の部分には木を組んで作った柵が家を囲み、見たことない虹色の花が咲いた花壇が訪問者を出迎える。正面から見て左には小さな水車があり、落ちた水は家の脇にある水路に流されて家の裏手に続いていく。

 玄関まで続くレンガでできた通路の両脇には鉄製の篝火台が並び、青、赤、緑、橙色の篝火が渦を巻きながらバチバチと音を立てている。

 建物の二階部分には大きな窓が二つついており、蝋燭のぼやけた明かりが見える。


「少し散らかっていますけど、そこはご容赦下さい」


 内心アシュマンの工房とはどのようなものなのだろうと少し期待していたが、なかの造りは人間の住む家とあまり変わりないようだった。

 玄関から見て左手に部屋が二つ。突き当りには二階へと続く螺旋階段がある。右手は居間で、ミーシャとアーリィは居間に案内された。


 散らかっていると言っていた割に室内は小奇麗だった。

 居間に入って右側の壁には暖炉があり、その前に年季の入った安楽椅子と、そのうえに数冊の本が積まれている。左壁には小さな水場があり壁には調理器具が整然と吊られていた。

 室内には至るところに風景画が額縁に入れて飾られていて、なかでもひときわ絢爛華麗な額縁には、薄くそばかすのある素朴な女性が麦畑のなかで微笑みを浮かべている様子を描かれた絵が飾られていた。中央には楕円テーブルがあり、渦巻き模様が彫刻された木製の椅子が四脚置かれていた。


「ああ、疲れた」


 アーリィは着ていた外套を脱いで椅子の背にかけると、どんと椅子に身を投げ出すように座った。よそ様の家にきてずいぶんな態度だ。


「ちょっと、人の家ですよ」


 そっと耳打ちする。しかし、アーリィは羽虫を払うかのように手をひらひらと振る。


「キャスウェルは人じゃないし、歓迎するって言ったのはこいつの方だ。だから私は歓迎されてやっているにすぎない。ここまでずっと歩き通しだったんだから少しぐらい大目に見てくれてもいいだろ」


 アーリィは長い手足を投げ出して、完全に脱力している。ついさっきまではこんなにだらしない姿を見せるような人だとは思っていなかったので、面食らってしまった。

 ミーシャはキャスウェルに一度頭をさげてから、アーリィの隣の椅子に腰をかけた。


「さて、僕は準備があるので暫し席を外しますね。お二人は寛いでお待ちください」


 キャスウェルはそう告げると、居間から出て行った。


「あの、聞きたいことがあるんですけど」


「ああ?」


 聞こえてくるのは外の水車の稼働音のみ。できるだけ声を抑えながらミーシャは気になっていたことを訊ねた。


「キャスさんとは面識があったんですか?」


「いいや? ルグリの仕事で何度か虹を渡ったことはあるが、()()()は始めてだ」


「でも、キャスさんの方は貴方を知っているような反応をしていましたけど」


 そんなことか、と鼻を鳴らしてアーリィは伸びをした。


「大方、他のアシュマンにでも聞いたんだろう。一応こっちにも仕事のつき合いで知り合いがいるからな。私は色んな意味で有名人だ。酒の肴にするにはぴったりだ」


 もしかしたらアヌウンでもなにかしらの騒動を起こしていても不思議ではない。そういう意味ではキャスウェルが友好的でよかった。


「そういえば、キャスさんってどうして人間の姿をしているんですか? アシュマンってもしかして変身とかできるんですか」


「そういうアシュマンもいるが、あいつは違う。あいつは元人間だ」


 ミーシャはその言葉に驚きはしたものの、変に納得してしまった。むしろ収まりがいいような気すらした。


「アシュマンの世界アヌウンでは人も物も自然も全てが区別されていない。全てが同じ意味を持ち、全てがアシュマンになり得る。アシュマンとはその身が朽ちる刹那、強い想いを残した魂が反転してアヌウンに落ち、長い時間をかけて想いを形にすることで生まれる存在だ。キャスウェルのように人間がアシュマンになるというケースは少なくないんだ」


「じゃあ、キャスさんは人の世界で亡くなってアヌウンでアシュマンとして新たに生まれたってことですか」


「そうだ。ただ、この地の管理者にまでなるということは、余程この土地と強い繋がりがあるはずだ。恐らくかつてモデールの森で生きていた人間なんだろう」


 モデール森林で人の営みがあったという史実はない。現存する最古の記録は百年前に当時の冒険家がこの地を訪れた際に、この森を発見したという短いものだけだ。当時はモデールに生息する希少な動植物の価値が一般的には知られていなかったため、長らく本格的な調査は行われなかったそうだ。


「いつの時代の人だったんだろう……」


 モデールの歴史は謎に包まれている。都にある大聖堂図書館にはこの大陸の全ての歴史が記された年代記があるというが、一般公開はされていない。

 自分が働く職場の歴史にはやはり興味がある。全てが終わったらキャスウェルにモデールの歴史について尋ねてみるのもいいかもしれない。


「お待たせしました。いやあ、すみません。道具がなかなか見つからなくて」


 戻ってきたキャスウェルは手のひらに収まる程度の埃を被った木箱を乗せていた。


「遅いぞ。茶の一つも出さずに客人を待たせるなんて」


 そこまで待たされたわけではないが、アーリィはキャスウェルが戻ってくると開口一番毒づいた。


「お茶会してくれるんですか? お待ちください。今から淹れますから」


 しかし、アーリィの横暴な態度にキャスウェルは嫌な顔一つせずに、むしろお茶を出せと言う言葉を、お茶会をしてもよいと判断したようだった。

 埃を被った木箱をテーブルの上に置くのは流石に不潔だと思ったのか、手にしていた木箱を暖炉の前の安楽椅子に置くと、いそいそとお茶を淹れる準備を始めた。


「あたしお手伝いします」


「いや、ミーシャちゃんはお客様だから座って待っていてください」


「座って待っているのは居心地が悪いですし。なにかさせてください」


 席から立ちあがり一瞬アーリィの方へ批難の視線を向けるが、当の本人はどこ吹く風といったようすで、自分の髪の毛を指にくるくると絡めてもてあそんでいた。

 ミーシャの申し出に戸惑っていたキャスウェルも、腕まくりをしてキッチンに向かう姿を見て小さな声でありがとう、とはにかんだ。

 キッチンは綺麗に掃除が行き届いていた。キャスウェルはその間に慣れた手つきで火打石で火を起し、近くにあった水窯から水を汲みだすと真鍮のポットに入れ、台所の火口のうえに吊るした。


「火をつけるのにマッチは使わないんですね」


「うん。マッチは便利だけど作るのが手間でね。ここではこっちの方が簡単に手に入るんだ」


「へえ。あ、あたしはどうすればいいですか?」


「それじゃあ、そこの戸棚からカップとソーサーとポットを出してもらおうかな」


 言われた場所には木製の瀟洒(しょうしゃ)な作りの戸棚があった。なかから三つのカップとソーサーとガラス製のポットを、これも戸棚のなかにあったトレイに乗せて、キャスウェルの元へ戻る。

 キャスウェルは暖炉のうえに置かれていた木製の箱を嬉しそうに持ってくる。


「マーヴェンのいい茶葉が手に入ったんだ。ミーシャちゃんは紅茶は好きかい?」


「はい。監督署の先輩方とアーレイにあるおしゃれなティーハウスでたまに淑女会したりしますよ」


「いいなあ。僕も参加してみたい」


「きっとキャスさんがきてくれたら先輩たちも喜びます。出会いがないっていつもぼやいてますから」


「ははは。そうできたらいいのに」


 そう笑うキャスウェルの横顔はどこか寂しそうだった。

 しばらくすると水が沸騰する音が聞こえてきた。キャスウェルはティーポットとカップにお湯を注ぐと、温まるまで待ち、一度お湯を捨ててから改めてティーポットに茶葉を淹れてお湯をゆっくり注ぎ、しばらく待った後にカップに紅茶を注いだ。

 華やかな香りが部屋に充満していく。注がれた紅茶がカップの内に金色の輪を浮かびあがらせて彩っている。


「いい香り」


「そうでしょう。さあ、テーブルへ」


 トレイを持って振り返るとさっきまでいたはずのアーリィの姿がない。手伝いもせずにどこへ行ったのかと室内に視線を巡らせると、アーリィは安楽椅子のうえで優雅に長い足を組んで、近くに積まれていた本のうちの一冊を手にとりすまし顔で読んでいた。


「うん? お茶が入ったのか。ずいぶん待ったぞ」


 本から視線もあげずに気だるそうに言うアーリィに、家主のキャスウェルはさして気にしていないようで、お待たせしました、と笑顔でテーブルの上にカップを並べていた。

 少しぐらい強く言ってもいいのに。キャスウェルの人のよさにやきもきする。というか、何故アーリィはこうまでキャスウェルに対して傍若無人な態度をとるのだろうか。


「あれ、その椅子……確か箱が置いてありませんでした?」


「ああ。あの薄汚い木箱か? それなら私の尻のしただな」


「ちょっと! なしてるんですか!?」


 無遠慮な態度も家主が許しているのなら黙っていようと思っていたが、人様のものを尻に敷くなどという蛮行は見逃せない。目を怒らせ、アーリィの元へ向かおうとすると「冗談だよ。本気にするな」と自分の太腿のうえを指さした。

 見ると、そこには潰れても壊れてもない木箱がちょこんと乗せられていた。


「こんな木箱のうえに座ったら私に形のいい尻がへこんでしまうよ。放っておかれて暇だったからちょっとからかっただけだ」


 なら手伝いにこい、というセリフが口から飛び出しそうになった瞬間、キャスウェルが胸の前で手をぽんと叩いた。


「まあまあ、せっかくのお茶会なんです。細かいことは気にしない気にしない。さあ、お二人とも席についてください」


 笑顔のキャスウェルにそう言われてしまえば、ミーシャとしては黙り込むしかない。釈然としないままに席に着くと、まずアーリィの前にカップが置かれる。アーリィは、おおとか、ふんふんとか相槌を打って紅茶の香りを楽しんでいた。

 次にミーシャの前に紅茶が置かれる。カップから漂う香りに、苛立ちが溶けていくようだ。香りを楽しんでいると、キャスウェルがそっとあたしの耳に口を寄せて「ありがとうね」とウインクをしていった。

 こういうことができる男がモテるんだぞ。聞いてるかトーラスさん。


「さあどうぞ」


 カップを持ちあげ静かに深く吸うと、鼻を通って頭の隅々に染みわたる芳醇な香りが、ここまでの疲れを癒してくれた。

 そっとカップに口をつけ一口。


「わあ……。とっても美味しいです」


「それはよかった。苦労してマーヴェンの茶葉を手に入れた甲斐があった」


 雑味のない透き通った渋みが舌のうえに広がる。飲み込むと、ほのかにフルーツのような風味が返ってきて舌のうえで甘味が踊るようだった。


「どうです? アーリィ・リアトリス殿。お口には合いますか」


「……ああ。これは滅多に味わえない。お前もなかなかの隠し玉を持っているじゃないか」


「ははは。お褒めに預かり光栄です。これで焼き菓子でもあればもう少し優雅なティータイムになっていたんですが、残念なことに今は切らしていて」


 本当に美味しい紅茶だった。キャスウェルの言う通り、これに焼き菓子があれば貴族がするようなティータイムになっていたことだろう。貴族がどんなティータイムを送っているのかは知らないが。


「こうしてゆっくりお茶を飲む時間はやっぱりいいね。最近はなかなか時間が取れなかったから、余計紅茶が美味しく感じるよ」


「時間がとれなかったって、なにかあったんですか?」


 ミーシャの問いに、キャスウェルはアーリィの方をちらっと見てから少し言いづらそうに咳払いをした。


「……最近森で不審な動きがあってね。それで他のアシュマンたちが不安がってしまってその対応に追われていたんだ。ようやく落ち着きをとり戻し始めてきたんだけどね」


 ミーシャは横目ですまし顔を決めこんでいる人物を睨む。気がついたアーリィが肩をすくめた。


「なにしたんですか?」


「なにもしてないが?」


「不法侵入しておいてそれはないでしょう!?」


「都が勝手にこの森を立ち入り禁止にしているだけだ。私に断りもなくな」


「暴君みたいな理論を振りかざさないで。犯罪ですよ」


「そこはうやむやにしておこうって決めただろう? 蒸し返すなよ。それを言うなら、見逃している君も同罪だろうに」


 そんなとり決めをした覚えはないが、そこを突かれるとぐうの音もない。


「で、でも! キャスさんにまで迷惑をかけているんでしょう。それはどう言いわけするんですか!」


「他人に迷惑なんて、これまでの人生で一度もかけたことはない。断じてな」


「言い切る……だと」


「まあまあミーシャちゃん。僕は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないから。それに僕がしっかりしていないから、アシュマンたちを不安にさせちゃったんだし」


「キャスさんはこの人に甘すぎます」


 キャスウェルは、そうかなあ、と笑顔を浮かべながら頭を掻いている。その様子はいつだったか女の子にデレデレしていたトーラスと重なるものがある。

 もしかしてアーリィに惚れているのだろうか。確かにアーリィは顔もスタイルもいいけれど……!

 敗北感に打ちひしがれていると、カップをソーサーに置きアーリィは口火を切った。


「くだらない話はこの辺でいいだろう。私たちは茶を飲むためだけにはるばるやってきたわけではないんだからな。君も早く本題に入りたいだろう」


 くだらないだと!? こっちは女として格の違いを見せつけられて心にヒビが入りそうになっているというのに。

 抗議したいところだが、アーリィの言葉にキャスウェルが佇まいを直したのを見てぐっとこらえる。

 そうだ。こんな劣等感にへそを曲げている場合じゃなかった。


「僕としたことがつい楽しくて。それではあらためて」


 キャスウェルは咳払いをしてから、その綺麗な翠の瞳を真っすぐこちらに向けてこれまでとは一段低い声でいった。


「貴方の心の闇をお教えください」


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム、アルファポリスにも同作を投稿しております。

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