十五話
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「初日の捜索では新しい情報は得られなかった。足跡などの形跡も不明慮で根拠にするにはいささか不安が残る。特区Ⅲ付近のパンパスグラス群生地では一部地面が抉れている箇所があったという報告もあったが、因果関係は不明だ」
乱雑な会議室に響く声には諦めなど微塵も感じられない。はきはきとした声は普段のラウルのものと変わりはない。むしろ、いつもより三割増しに覇気のある声だ。しかし、その声に反比例して表情は重い。
まともな睡眠がとれなかったからか、頭は重く、鈍い頭痛が一日中つきまとった。
ここへくる前に鏡で自分の顔を見たが、浮き出た隈と血色の悪い顔は、普段の三割増しで愛想がなかった。
そんなラウルを会議室に詰める職員のほとんどが心配の眼差しを向けている。当の本人は気がついてはいないが。
「本日の捜索範囲だが、昨日の捜索範囲から広げて特区を重点的に行うこととする。一班と二班は特区Ⅰへ。三班と四班は特区Ⅲを担当してくれ」
昨日の捜索は完全に空振りに終わった。総勢十名の保護官が早朝から日が落ちる寸前まで捜索に追われた。匂いで追跡ができないかと、ボタを連れていったが特別な訓練をしているわけでもないボタは終始散歩気分で、役には立たなかった。
監督署に戻った捜索班の面々の顔には落胆の色が濃く浮かんでいた。読み取れる感情はどれも重く暗いものばかりだ。
こんな状況で捜索任務を継続できるのか。ラウルは捜索班の精神面をひどく心配していたが、翌朝に資料室に向かうと、そこにはすでに整列した捜索班の面々が揃っていた。
無言のうちに全員を一瞥する。
強いな。ラウルは一人ひとりから伝わってくる気迫に胸をなでおろす。ともすれば獣のような鋭利な眼光も、各自の強さを表しているようで心強い。
ただ、その気概にこれから水を差すことにラウルの心の方が折れてしまいそうだった。
「ミーシャ捜索のために調整して作れた時間は残り三日。これ以上は通常業務に支障が生じる」
資料室にいる全員がその発言の意味を理解し、息を呑む。
監督署としての捜索を三日後に打ち切る。
その決断に意義を唱えるものはいなかった。いや、納得しているものなど、ラウルを含めて誰一人いない。しかし、監督署が置かれた経済的状況や、森林保護の仕事を停滞させるわけにはいかないという現実的な問題を無視することはできない。
「トーラスが今回の件を軍に報告するためにアーレイに向かっている。のろまで怠惰なアーレイの軍人共が動いてくれるかどうかはわからない。が、我々は今できることを最大限行おう。軍に頼らずとも見つけられれば御の字だが、不可能ならばできるだけ有力な情報を集めておきたい。些細なことでもかまわん。目を皿のようにして髪の毛一本逃さないつもりで捜索に当たってくれ」
「はい!」
号令をかけると、静まりかえっていた室内が俄かに慌ただしくなる。
今日の捜索は十二名で行うことになっており、スリ―マンセル四班を組織した。
各班のリーダーが班員を集めてミーティングを始め、各々の役割を確認し合うと装備の点検を始める。
危険と隣り合わせの任務を前に、誰一人臆する様子はない。準備が終わり、ラウルの号令を待つ顔には、都を守る騎士のような鋼鉄の意思が宿っている。
誇らしくもあり、嬉しくもある。ただ、未だ真実を伝えられていない罪悪感から、彼らの眼差しを受け止める覚悟がラウルにはなかった。
「各班準備は整ったか」
「問題ありません!」
異口同音に返ってくる声の圧力に、ラウルは目を伏せる。
「よし。では……行こう」
外へ出ると空はあいにくの雨模様で、玄関先にはすでに雨避けの幌つき荷馬車が二台、用意されていた。
「おーい! 待ってくれ!」
捜索班全員が荷馬車に乗り込み、ラウルも続こうとしたときだった。街道へ続く道の先に、馬に乗った人物が手を大きく振りながら叫んでいた。
「おーい、ラウルさん! 待ってくれ!」
「トーラス!」
声の主が誰かわかると、体が反射的に走り出していた。それと同時にトーラスの馬が監督署に駆け込んでくる。玄関先に滑り込むように馬を乗りつけ、その勢いを殺すことなくトーラスが馬上から飛び降りた。
「ラウルさん! 大変だ!」
飛び降りたときにバランスを崩して体を打ちつけたように見えたが、痛がる素振りもなく興奮した様子でラウルに掴みかかる。
「よく戻ったな。危うく入れ違いになるところだった」
「ああ。間一髪だった。いや、そんなこと言ってる場合じゃねえよ! 大変なことになったんだ」
「なんだ? なにがあった?」
「……アーレイで、蜂起が起こった!」
「は……な、なに? どういうことだ!」
「俺もわかんねえよ! 馬飛ばしてアーレイに着いてみりゃ、軍の人間が壁門を閉鎖してて入れてくれないんだ。わけを聞いても部外者には関係ないってとり合ってくれねえし。アーリィ・リアトリスのことを伝えても、今は対応できないの一点張りでよ。それで困ってうろうろしてたら俺と同じで町に入れない商人がいて、話しを聞いたら蜂起が起こったって」
「なんで今なんだっ」
「教えてくれた商人は、少し前から町の様子がおかしかったって言ってたけど……」
「おかしかった?」
「半年前に大騒動があったのは知ってるだろ? その騒動から町の人の様子がおかしくなっちまったらしいんだ。騒動自体は集団パニックの錯乱だって駐在軍が発表したみたいなんだけど、それに納得できない町民と町の権力者の間で小競り合いが続いていたらしい」
半年前にアーレイであった騒動。そして、町の人々の異変。
どこかで聞いたことのある話だ、と記憶を遡ってたどり着いたのは、ミーシャとの会話でのことだった。
「……そう言えば、ミーシャが似たような話をしていたような……」
確か、竜が現れたという話だったはずだ。
「軍はなんとか町民をなだめようとしたらしいんだけど、積もり積もった不満が爆発しちまったんだと。暴徒になった町民を抑え込むために、軍のほとんどが動員されてて、死人は出てないけど、にらみ合いが続いてるらしい。なんとかとり次いでもらおうと粘ったけど、結局軍は動けないの一点張りだ」
トーラスの声が遠くなっていく。最悪のタイミングで最悪の事態が起こってしまった。蜂起がどれくらいの規模で続くのかはわからないが、早く収まったとしてもその後の町の機能を回復させるまで相当時間がかかるはずだ。一か月、場合によってはもっと時間が必要かもしれない。そうなってしまえば、他所に人手を割けるようになるのはいつになるか。
「なあ! どうするんだ」
肩を軽く殴られて意識が喚起された。肩を怒らせたトーラスの鋭い眼光がラウルを捉えている。
「……ないものねだりしてもしょうがない。今は余計なことを考えずにミーシャを探す。トーラス、お前は少し休め」
「いや、俺も行く。じっとなんかしてらんねえよ」
「馬鹿野郎。これ以上はぶっ倒れちまう。今日は昨日よりも捜索範囲を広げるんだ。満身創痍のお前じゃ足手まといだ。黙って休め。どうしてもなにかやりたいんだったら、少し休んでから内勤のサポートをしてやってくれ」
「でも!」
「無理して連れて行ってお前にまでなにかあったら、俺はグリフィスさんに申し訳が立たない」
ずるやり方だ。こう言えば、トーラスはなにも言い返せないとわかっていた。
「お前に万が一のことがあれば、帰ってきたミーシャは強いショックを受けるだろう。口では散々言っているが、あれでもお前を慕っているんだ。心に癒えない傷を植えつけることだってあり得る。それに誰かのために自分を犠牲にして得られるものなど、本人の自己満足以外なにもない。今のお前にできることは、しっかり休んで明日に備えることだ。お前はしっかりやれてる。誰もお前を責めたりしない。だから、今は俺たちを信用して休んでいてくれ」
やはりトーラスはなにも言い返してこなかった。とり繕うこともなく不満を浮かべたまま睨みつけている。
「それじゃあ、もう行く」
荷馬車へ戻る途中、トーラスが乗っていた馬がラウルの元へ駆け寄ってきた。
「お前もよくやった。トーラスと一緒に休んでいてくれ」
馬はラウルの胸元に顔を押しつけて短く鼻を鳴らした。
荷馬台にあがると、なにか言いたそうにこちらを見つめる職員の顔があった。トーラスとの会話が聞こえていたのだろう。だが、全員が口を閉ざしている。
「待たせた。行こう!」
重くなった空気を切り開くためにあえて明るく。そして、笑顔を忘れず。こんなとき、きっとあの人ならこうするはずだ。
季節が舞い戻ったかのような陰鬱な色の空から降り注ぐ雨に冷やされた空気が、体温を容赦なく奪う。
ミーシャは寒い思いをしていないだろうか。腹は空かせていないだろうか。痛い思いはしていないだろうか。寂しい思いはしていないだろうか。
「……寒い」
誰にも聞かれないように口のなかで呟いた言葉が宙に浮いて消えていった。
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