第一話 ありがとう熊さん
新連載です。
中編15000字程度を予定。
短期集中連載。
日曜日までの完結を目指します。
第一話 ありがとう熊さん
私が前世の記憶を取り戻したのは5歳の誕生日の5日前だった。
私はセア。子爵家の3女である。
田舎の領地でのびのびと育ち、5歳の頃には兄や弟たちに交じって野山を駆けまわる野生児となった。ちなみに木登りは兄弟の中で私が一番だ。
その日も午前の雨が嘘のように晴れ上がったのをいいことに、昼食後に裏山へ脱走し、高さが大人の背丈の3倍ほどもある崖を兄と競争して登っていた。
兄もなかなかによいセンスをしており、木登りでは私が圧倒的に強いのだが、崖登りでは今月5勝6敗で負け越している。
なんとしても追いつかねばと言う強い決意の元、私は安全性を犠牲にして最短ルートを選んだ。
そして……、勝った。
「やった!これで6勝6敗よ!追いついたわ」
高らかに勝利の宣言を叫びながら勢いよく崖の上に飛び出すと……、そこには大きな熊が待っていた。熊は立ち上がって私を威嚇する。大人の背丈の1.5倍ほどもあることがわかる。私の3倍以上の身長だ。
しかもこの熊は雑食性で人間を襲うこともある種類のようだ。図鑑で見たことがあるような気がする。
私は戦略的撤退をするため崖を降りようと回れ右をする。
容赦なく振り下ろされる熊の右腕……
なぜか気配で感じ取ることが出来る。
そのときどういうわけかとっさに体が動いて、背中越しに振り下ろされた熊の腕の内側に潜り込み、その腕を取って全体重を斜め前方へかけ、自らは前方へ回転した。
一本背負いの体勢である。
私は見事な一本背負いを決めたのだ。崖に向かって……
結果は……、熊もろともに転落した。
大人の背丈の3倍の崖を、大人の背丈の1.5倍の熊と転落した私は奇跡的に無傷だった。私の下を落ちてくれた熊さんがクッションになってくれたのだ。
命の恩人の熊さんは後頭部から崖下の岩に落っこち絶命した。
私は熊のおなかに背中から落ちてほぼ無傷だ。
熊さんありがとう。私を食べようとしたことは命をかけて助けてくれたことでチャラにするねと思っていたら、死んだ熊から何かが流れ込んできた。
曰く、経験値という奴らしい。どうやら熊は魔物だったらしく身体能力が著しく向上した感覚がある。魔物を倒すとこのような現象が起こることはよく知られているが。少なくとも5才に満たない幼女が魔物を倒して強くなったという話は聞いたことがない。
そして、能力が向上した感覚と同時に、見たことがない景色が頭の中に再生された。
平民だった私。
5歳の鑑定の儀で聖魔法の適性が高いとわかった私。
教会に拉致されて侍女を付けられ修業させられる私。
監視されて自由のない私。
毎日祈りを捧げる私。
傷病者の治療を魔法で行う私。
魔物の討伐にかり出される私。
戦争に従軍させられる私。
自分の魔力でとても健康な私。
123歳でみんなに見守られながら意識がなくなる私。
こ、これは……
もしや前世の記憶では……
なんと言うことでしょう。私は前世で聖女だったのだと思い出した。
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