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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
91/109

騎竜が走り赤錆が来る

――注意――

今回から書き方が変わっています。簡単にいうと一人称と、三人称が混ざっています。

どうにも慣れていないので、なんとも文が荒いかもしれません。申し訳ない。

こうなった経緯は最新の活動報告と一つ前を見ると分かりますが、別に知らなくても、これからはこういう書き方になっていくのだなーと理解して貰えれば、なんら問題はございません。







 シルクリーク南区域の一角


 後一時間もすれば太陽も完全に目覚め、街を明るく照らすだろう時刻。

 昼間になれば感じられるであろう喧騒も今はなりを潜めており、周囲には静寂と、朝靄が充満している。

 そんな少し不気味な暗がりの中――闇色に染まったボロ民家の前には、灰色の外套を着込んだ亜人が二人仲良く立ちすくんでいた。

 背丈の小さなサバラと、その隣でぼへっと立っているハイクである。

 

〈全く……どうにか時間には遅れなかったけど、見回りのルートが分からないってのは面倒だよなハイク〉

〈そうですね、早く朝日が昇ってまた夜が来るといいのデスが〉

〈本当にお前人の話し聞かないよね〉

〈聞いてましたよ、昼間なんて消えてしまえば良いのにっ、という話デスよね?〉

〈……もういいよソレで〉


 常と変わらないハイクの様子に、サバラが呆れた視線を向けたが、残念ながらソレはなんの効果も及ぼさない。

 ハイクに付き合ってると際限が無い。そんな判断を下したサバラは、さっさと用件を済ませようとドアへと歩み寄り、来訪を報せるノックを打った。

 コンコン、と乾いた音が静けさに染み渡るように鳴る。

 

 だが、特に反応は返ってこない。中で誰かが動いた気配もない。

 

(まさか寝てるってことはないと思うんだけど……)


 少し首を傾げて眉をひそめるサバラ。

 どうするべきか……寝ているならば起こしたほうがいいに決まっているが、すぐにノックし直すのも躊躇われる。

 と、そんなことを考えている内にも五分が過ぎ去り、いい加減もう一度ドアを叩こうかと判断が傾きは始めた――その時。

 ギィ、と傷みを感じさせる軋みと共にドアが開放されていった。

 

 ――オイラ達が来るのは分かっているし、迎えに出て来るのは兄さんか、それもとあの赤い姉さんだな。

 

 と、予測を立てて待ち構えていたサバラであったが、

「え? ……えっと」

 想像していた姿と違う人物が現れてしまい、出てくるはずの挨拶は……しどろもどろな音へと変わってしまった。

 

 サバラの口端がヒクヒクと動き、茶色の瞳が動揺で揺れる。


 幾らサバラと言えど、別人が出てきただけならそこまで慌てはしない。が、今回は少々話が違かった。

 端的に言えば、妙に威圧感があって、すこぶる怪しかったのだ。


 黒い布で覆われた口元。顔は目深まで被られたフードで伺えない。

 上着は殆ど黒一色であり、異なるのは右肩を覆う暗灰色の肩当てと、裾などを縁取っている同色の金属――後はダークブラウンのズボン位だろう。


 真新しさを感じさせる上着の前面は、心臓の少し下の位置程度まで閉められており、その胸元には銀鎖に繋がれた水晶のネックレスが下がっている。

 右上腕部に付けられた、皮ベルトで巻かれた平たい長方形の収納からは、ダガーナイフの柄が顔を覗かせており、それと同様の収納が腰元のベルトに、右に二つ、左に一つ。

 ほかにも、ベルトには幾つか小袋などが吊るされている。

 

 両手にはミスリル補強をされた黒皮の篭手。両足には、茶色のズボンの裾を入れ込み履かれたブーツ。

 軽快さを追求したかのような黒塗りの人物の装いは、サバラの目から見ると、さながらどこかから放たれた刺客のように映っていた。


(誰だ? どう見ても亜人じゃないし……兄さんの話に出てた仲間じゃないよね)


 怪しさ満点の男との対峙に、サバラは身体に巡らせていた緊張を更に張り詰めさせた。

 攻撃はこない。殺気もない。ここは一つ話しかけてみて、相手の正体を掴むべきだ。

 

 瞬時にそんな結論に至ったサバラは、警戒を切らすことなく、黒塗りの人物へと向かって挨拶をしようと手を上げた……のだが、

「おお黒い君……素晴らしい装備ですね。後はその金属部分を白くすれば完璧だと思いマス」

「おう、ハイク、へへ良いだろうこの装備。サバラも久しぶり、時間通りだな」

「へっ?」

 ハイクの言葉と聞き覚えのある声を耳にして、思わず間抜けな声音を零してしまった。


 黒い君――その言葉を咀嚼するように脳裏で反芻し、サバラは眼前にいる人物の正体をようやく掴んだ。

 先ほどは動揺して気が付かなかったが、冷静になってみれば、確かに彼の背中には蒼鋼の槍が見えるではないか。


(なんだよ……もぅ)


 膨らませた風船の口を開けたかのように、一気に抜けていく緊張と、肩の力。

 耳をぺタリとしょぼくれさせたサバラは、反射的に眼前の人物へと向かって抗議の声を上げていた。


「もう、兄さん……装備変えたなら教えてくれても良いじゃんか。ビックリしただろ」

「ん、あー悪い悪い。教える暇もなくてな」


 悪いと言っている割には、妙に上機嫌な態度。それを見て、ますますサバラは一人緊張していたのが恥かしくなる。

 なにも驚く必要はなかったのだ――今サバラの前にいる黒尽くめの正体は、シルクリークで買った装備を身に纏ったメイであったのだから。

 サバラは鼻面に少し皺を寄せ、へそを曲げたような表情を見せる。隣に立っていたハイクはソレを見て、サバラの頭部に大きな手をポスポスと乗せた。


「まったく斑点君はお馬鹿デスね。はみ出ている髪の毛の質を見れば分かるではないデスか」

「ねーよ、俺としてはそれで分かるハイクに驚きなんだが」

「兄さん……構ってると時間の無駄だって、喋る大きな置物って感じで扱うのが、オイラが学んだハイクと付き合っていくコツだぜ?」

「よし分かった、覚えとく」


 自信満々に言い切られたハイクの言葉を、メイは呆れ、サバラは軽く流す。

 しかし当の本人は、サバラの悪口ですら微塵も気にした様子もなく、今もメイの装備を眺めて『これはっ』や『中々の深みがある色合いデス』などと楽しそうにしている。

 古物鑑定をしている職人の如き様相だ。


「しっかし、兄さんも人が悪いよー、いらん恥かいちまったぜ」

「まあまあ、そう言うなって……サバラ達との連絡も付いたし、あの外套に拘る理由もなくなったし、思い切って変えたんだよ。

 それに、今日は戦闘もあるだろう? できるだけ装備は強力なほうがいいじゃないか」

「んー、そりゃそうだけどさ」


 メイの言っていることも分かるのだが、サバラはまだ少し不満気な面持ちだ。

 しかし、いつまでも拗ねているのも子供みたいで恥かしい。自分はかしらなのだから、もう少しシャンとせねば――と、サバラはすぐに気持ちを切り替えた。


「つか、そろそろ皆出てくるはずだから……っと来た来た。二人とも、俺の仲間が出てくるから、悪いけどちょっと道を開けてくれ」


 上着のポケットに両手を突っ込み、建物内部を覗き込んでいたメイが、軽い足取りで通りへと下がり、サバラとハイクの二人も促されるままに道を開けた。


(さて……どんな人が出てくるのかな……は!?)


 興味を湛えたサバラの瞳が、いの一番に出てきたソレを見て驚きに染まる。

 まず飛び込んできたのは堅牢そうな砂色の鱗。そして、自身の部下の目付きよりも遥かに悪いだろう凶暴な両眼だった。

 後方に垂れる尻尾は下手な人間の足より太く、勢い任せに振られれば容易く骨が砕けるだろうことは想像に難く無い。

 どことなく『サンド・リザード』の姿に似ているような気もするが、姿形は竜のそれに近く見える。

 背中にはご丁寧に鞍まで付けられ、鋭角なフォルムの頭部には、使い魔である砂蛇が乗っていた。


『ふっふっふ、お揃いの砂色でばばーんと登場ですっ』

〈ギャーー〉


 みょんと鎌首を擡げた砂蛇と、それに呼応して嘶きを上げた砂色の生物。

 要は、砂色迷彩を施された樹々と、蛇ぐるみを被ったドリーである。

 ドリーの明るい声は勿論サバラには届いてはいない。

 そんなサバラからしてみれば、二頭揃って空へと向かって口を開けている様子は、かなり迫力あるものだった。


 亜人の仲間が出てくるとばかり思っていたサバラは、不意打ちで見せられら樹々とドリーの姿に驚き、プルプルと指を差したり戻したりと、挙動不審な行動を繰り返している。


「にににに、兄さん……何コレ、モンスター?」

〈ギャーッ〉

「やべぇ、喰われる!? 退避ぃ!」


 モンスター扱いに苛付いた樹々が、牙をむき出し威嚇。

 サバラは即座に後方へと跳ね飛んで、メイを盾にするように後ろへと逃げ込んだ。

 背中の影から恐る恐ると樹々の様子を伺うサバラ。メイはそれをサッサと引き剥がすと、樹々の元へと歩み寄っていった。


「はいはい、落ち着け落ち着け。サバラも下手なこというとガブリといかれるぞ」

〈フギャっ〉


 メイが嗜めるように樹々の頭を叩き、小気味良い音が鳴る。樹々は不満気な鳴き声を上げ、怒られた原因でもあるサバラへと、射殺さんばかりの視線を向けている。


(うおお、なんだこの生き物……半端なくこえぇ……)


 全身へと降り注ぐ危険な眼光に乾いた笑いを洩らし、サバラは『決して近づくまい』と、胸中でそんな誓いを打ち立てた。

 そんなサバラの心の声を知ってか知らずか、飼い主でもあるメイは自慢げな雰囲気を全身から発し、樹々の首元を撫でて見せる。


「ほら二人とも、紹介しよう。俺の仲間の一人カゲーヌちゃんだ。珍しいだろ? 彼女は『サンド・リザード』の亜種で、かなりの速度と、性格の荒さを誇る可愛い子だ」

「よ、よろしくな、カゲーヌちゃん……さん?」

〈ギャッッ〉


 性格の荒さは誇らなくても良いだろう――そんなつっこみを喉元で抑え、サバラが躊躇いがちに挨拶したが、再度樹々に吼えられまた後ろに跳び退った。

 横にいたハイクは『自分には関係ない』とばかりに、まったくの無関心である。

 

 が、サバラの驚きは残念ながらそれだけでは終わらなかった。

 というのも、樹々の後に続いて、建物の中からまた新たな人影が現れたからである。


 高い身長、圧倒的な体格。

 四肢と尻尾には茶色の布がグルグルと巻かれており、その素肌はまるで見えず、唯一サバラから見えたのは、隠し切れなかったであろう頭部から突き出た――砂を塗してある――角だけだ。


 右手に握っているのは、皮巻きの長い柄と(くろがね)の槌頭を持った大槌。

 ソレを片手で軽々と持ち運ぶドランの姿は、頼もしいを通り越して圧倒的とも言える姿だった。


(こっちもでけぇ、こりゃ強そうだな。それにしてもいまいち種族が掴めない……なんだろう)


 ドラゴニアンの角に似ているが、色が違うし太さも違う。あの大きな羽は外套では隠せないし、そもそも……それ以前に体格がでか過ぎる。

 牛型の亜人にしては尻尾の形が……恐らく自分が見たことのない種族なのだろう。と、サバラは自分を納得させることにした。


「この大きな人は、力山さんだ。特徴は見て分かる通り、力強いっ、ものすごく。

 ちなみに、下手な武器なら腕力だけでへし折れます」

「兄さん……ソレ力強いで済ませられる程度じゃない」


 力山さん――といった耳慣れない響きの名前には一切触れず、サバラは『手握りつぶされないよな』などと考えながらも、ドランへと手を伸す。


「リキヤマさん頼りにさせて貰うよ。知ってるかもしれないけど、オイラはサバラってんで、今日はよろしく頼むぜ」

「…………」


 いつもの人の良さはどこへやら、ドランは一切口を開かずサバラと握手を交わした。


(無口な人なのかな……)


 繋がれた手をは想像していたよりは優しかったが、挨拶を返さないところを見ると、少し気難しい人なのかもしれない。

 これからの付き合い方は、一層気をつけなければ……とサバラの悩みは深まるばかりであった。


 実際は――メイから『ドランの口調は特徴あるから喋っちゃ駄目』と言い聞かされていただけなので、サバラの悩みは的外れもいい所ではある。

 ただ、残念ながら彼にソレを知る術が無いのもまた事実だろう。

 続いて、ドランが無言のままにハイクへと手を差し伸べたが、パンダは流れるような動作をもってシカトする。


「…………」

「…………」


 なんとも言えない沈黙が場に流れ『また失礼なことを……』と、焦ったサバラがハイクに注意しようと動いた。

 が、それは一瞬ばかり遅く、ドランは沈黙を保ったまま、メイの元へと戻っていってしまった。


〈メ、メ、メイどん……なんかオラ悪いことしただろうか……どうしたらいいか教えてけれー〉

〈大丈夫だってドラン、ハイクはいつもあんな感じなんだよ。別にドランが悪いことしたわけじゃないから落ち着け〉

「……?」

 

 ヒソヒソと会話を交わすメイとドラン。それを見て首を傾げるサバラ。

 一見するとメイがドランの怒りを諌めているようにしか見えないこの光景。

 当然、サバラの胸中は今も戦々恐々な気持ちで埋めつくされている。


「すんません兄さん……なんかハイクが粗相しちまって」

「はは、ちょっと驚いたけど気にして無いからいいよ。

 赤い人は……紹介しなくていいだろうし、後はあの白い人だけだな」 


 メイの言葉に胸を撫で下ろしながらも、促された方向へとサバラが視線をやる。

 見えたのは、乳白色の外套を被ったリッツの姿だった。

 肩に掛けられた、白と黒茶混じりのボウガンと矢筒。

 ドランよりは雑な巻き方ではあった為、一応亜人だと分かる程度には、白い体毛が覗いている。

 ただ、さすがにスクイルの特徴でもある尻尾は入念に隠されており、サバラには種族を特定することはできなかった。


「えっと、姉さん……でいいんだよね? よろしく」

「……よろしく」


 サバラが話しかけ、リッツが答える。とはいえ、一応握手は交わしたものの、声音はつっけんどんだし、態度はどこか硬かった。

 さて、なんと呼べば良いものか……と悩んだサバラだったが、そんな彼を押しのけるように進み出てきた男が一人いた――ハイクである。


「なによ? なんか文句あんの?」


 ジロジロと腕部を眺めるハイクを、リッツが不機嫌さを隠しもせずにジロリと睨む。

 

 そして、慌てたサバラが止める暇も無く、

「色も良い、黒い模様も素敵デス……でも毛並みが彼女と違いマス……残念デス。

 どうも、よろしくお願いします、残念な(きみ)

「誰が残念よッ、ぶっ飛ばすわよアンタ!?」

 一瞬でリッツの怒りを買った。


 どうやったら此処まで人をおちょくれるのか……本人は特に悪気を持っていっている訳では無い所が、尚たちが悪い。

 思わずサバラは、いきなり先行きを不安にさせたハイクに、恨み混じりの視線を飛ばした。


(嗚呼、流石にこれは怒られる……)


 一応ハイクはサバラの部下ではないが、それに近い形だ。迷惑も掛けられているが、それと同じくらい助けられている。

 ――丸く治める為には自分が怒られれば良いか。


 これも自分の務めとばかりに、おずおずと進み出たサバラであったが、

「プフーーっ、落ち着け残念なお前っ。大丈夫、自信を持て、その白いフサフサは俺としては結構好きな手触りだぞ。残念だけど、頑張れっ」

「ぎぎっ、アンタは、慰めてるのか、貶してるのかどっちかにしなさいよッ!」

 堪らず吹き出したメイがリッツを煽り始め、それによって一瞬で怒りの矛先が変わってしまう。

 

(まさか兄さん……狙って?)


 実際の所、狙ってかどうかは定かではないが、結果としてはメイの行動は、サバラにとってナイスフォローとなっていた。


「ハイク……本当、いい加減にしてくれよな」

「なんデスカ斑点君。僕はなにか悪いことしまシタカ?」

「……したどころじゃないよ」

「それは申し訳ナイ。また色々教えてくだサイね」

「うぅ、お前いつも聞かないじゃん……ったく、仕方ないな」


 眼前で行われているリッツとメイの煽りあいを眺めながら、とぼけた様子でキョトンとしているハイクの足をサバラはバシバシと叩いてかぶりを振った。


 声を抑えているとはいえ、どうにも騒がしくなりはじめた一同――

「ちょっと皆、少し静かにしないと駄目でしょ。見回りが来たらどうするのよ」

 それを見て、リーンが背中に担いだ大剣を揺らしながら割って入った。


 メイは、リーンから注意を受けるといった珍現象に驚き動きを止め、サバラはこれ幸いとそこに便乗していく。


「いやー、ほんとすいません……赤い姉さん」

「はは、悪い悪い、つい面白くてな。

 じゃあサバラ、まだ話さなきゃならないことはあるけど、一先ず目的地に向かわないか? そろそろ出ないと拙いだろ」

「そうだね、兄さん。途中でオイラの部下を一人拾って先導させるから、先ずはそこまで行こうか」


 地平線の先では太陽が頭を出し始め、空が僅かながらに白み始めている。

 サバラはメイ達を先導するように西へと足を向け、一同はその後に続いて足を進めていった。




 ◆




 シルクリーク南西 南寄りの区域


 登りきった朝日――その陽光の下で、俺とドリー、サバラ、樹々は、民家の屋根の上で、身を屈めながらも周囲の様子を伺っていた。

 人の気配はかなり(まば)ら。まだ開始時刻になってないので、騒がしさや戦闘音は聞えてはいない。

 少し強めの風が吹いていたが、朝靄のお陰もあって土埃は舞っていなかった。

 目に土が入るのは嫌だし、丁度いい天気だと言える。


「兄さん……白い姉さん達のほう大丈夫かな? オイラ結構不安なんだけど」

「大丈夫だって、元々アイツは遠距離専門みたいな所があるし、ハイクと連携取れなくても、そこまで問題ないよ」


 直ぐ隣で伏せていたサバラから声が掛けられ、それに俺がヒラヒラと手を振って返す。

 サバラは少し悩んでいたが、やがて納得したかのように頷いた。


「んー、もし何かあっても、一応兄さんか白い姉さんの話ならハイクも耳を傾けるだろうし、丁度良いのかな?」

「そうそう、こっちはこっちの心配しないとな」


 そこまで言って、俺は周囲をグルリと見渡した。

 右にサバラ、左には足を畳んだ樹々、俺の首元にはドリーが撒きつき警戒を続けている。

 周囲には、リッツもそうだが、リーンやドランの姿もない。

 

 俺としても少し不安だったが、今日はガチで戦う訳じゃないし、そこまで心配する必要はないだろう。

 うつ伏せに寝転がり、俺は頬杖を付きながらも少し考えを巡らせた。

 

 今回の局地戦――その舞台は南西区域とはなっていたが、実際のところは、更に南と西で二手に分けて行う段取りになっている。

 内訳としては、俺を含め現在ココに居るメンバーと、リッツとハイクは南。

 リーンとドランは西側だ。


 細かく分けるときりが無いのだが、南側は俺達とリッツとハイクで――すぐに向える程度の距離だが――さらに二手に分かれている。

 南側に人員が多い理由は単純に『こちら側の方が栄えていて、必然的にファシオンの人数も多くなるから』とのことだ。


 人員の組み合わせに関しては、話し合いで……というよりはメンバーの実力やらを知っている俺の意見を元に決めた。

 正直言ってしまえば、リッツ、ハイク組には少し不安が残っている。

 だが、本職の前衛ではないサバラとリッツを組ませるのは避けたかったし、俺とリッツが組んでしまうと、今度はハイクとサバラ組の戦力が低下してしまう、とリスクが大きかった。

 

 リーンとドランだとハイクと話すことも出来ないので、話にならない。

 リッツとハイク――間違いなくソリが合わない白黒コンビではあるが、こちらとしても、それ以外に動かしようがなかったのだ。


 ただ、それとは対照的にドランとリーンに関しては狙い通りというか、不安要素が少ない組み合わせだ。

 ドランの弱点は足の遅さ。今回の俺達の役目はしんがりなのだから、それは致命的な欠点ではあったが、普段から共にいるメンバーで、更には一番の自力を誇るリーンだ。

 念のため、サバラに頼んで隠し拠点や道に詳しい部下を一名付けさせているので、バランス的にはとても良いだろう。


 というか、本音を言えば、一番不安なのは自分自身のことだったりもする。

 不安要素は馬鹿バエ魔法――あれだ。この間の心の揺れは絶対にあの魔法が関係している。

 俺の考えとしては『鉄仮面の存在がなんらかのトリガーになっているのでは?』と予測していたが、検証したわけではないので、自信は余りなかった。

 ただ、それも幸か不幸か今回は鉄仮面達と出会うことになるだろうし、きっと確認は取れる筈。

 

 対応策も幾つか考えてあるので、あの時ほどみっともないことにはならない……とは思う。

 それが役に立たなかったら……というのが少し不安だが、俺としては八割方は大丈夫だろうと思っていた。


 ――樹々の速度もあるし、逃げるだけならかなり楽だもんな。


 グッと額を砂色の屋根へと押し付け、目を瞑り――少しずつ早くなる心臓の音を聞いていると、

「兄さん……時間だ。始まるよ」

 緊張を滲ませたサバラの声が俺の耳を通り抜けた。


 ――瞬間。

 戦闘開始を示すかのごとく、辺りから剣戟の音と、誰かが放ったであろう魔法の着弾音が鳴り響いた。

 跳ねるように即座に立ち上がり、気配を探りながら周囲を伺う。

 最初に見えたのは狼煙のように立ち上がる猛煙。聞えてきたのは怒声や罵声。

 亜人が屋根を飛び交い走っている。ファシオン兵が音を聞きつけゾロゾロと集まってきているのが見える。


 この間見た光景と同じように、描かれていた街中の平和は、容易く破り捨てられ変貌していた。

 

『相棒、まだ出番はないでしょうが、警戒だけは切らさないでくださいねっ』


 肩上から掛けられた言葉に視線を返すと、ドリーはそれに満足したのか、蛇頭を振って頷いた。

 声なんて出さずとも、了承は伝わる。意思は伝えられる。

 それだけの戦闘を俺は掻い潜ってきた。

 意識を変えろ……どんな小さな戦闘でも、油断だけはしてはいけない。


 ファシオン兵は人か化け物か、いまいちアヤフヤだ。

 ……俺はまだ人を殺すのには慣れていない。が、仮にファシオンが人だとしても、躊躇う気持ちはなかった。

 自分の為にも、仲間の為にも――殺る。

 少しだけ残っていた躊躇いの気持ちを一言で殺し、俺は戦闘前の心の整理を付け終わる。


 幾ら戦闘を重ねても、一向に慣れてくれない緊張感が全身に巡っている。

 俺はソレを一息で吹き散らし、槍を引き抜き傍らに佇む樹々の背中に飛び乗った。

 すぐさま自身と樹々の身体に『フェザー・ウェイト』を掛け、下から見上げているサバラへと向かって身を傾げながらも手を伸ばす。


「サバラッ、お前も乗れ」

「っぐ……兄さん、そのカゲーヌさん、しっかり抑えててくれよ」

「はいはい、心配すんな。大丈夫だから――っと」


 僅かに顔を顰めたサバラ、その手を引っ手繰るように受け取って、俺は一気に小さな身体を引き上げた。

 樹々も状況を分かっているのか不満などおくびにも出さない。それどころか、逆に地面を二度、三度と蹴って息をまいている程だ。

 都市の買い物で新調していた樹々の鞍――そこに付いている鐙をグッと踏み込み、凄まじく高くなった視線を油断なく巡らせた。


『相棒、右から来ますよっ』


 ドリーの言葉に即応し視線を動かすと、曲刀を片手に掲げたファシオン兵が、砂色の外套をはためかせ、隣の屋根からコチラに飛び移ってきているのが見えた。


「なんだよ、随分早い出番だな」

「兄さん……そりゃ、コレだけ目立てば当たり前っしょ」


 俺の言葉に、両腕を腰に回していたサバラが叫びを返す。

 それもそうだ――と胸中で返答し、俺は頭上で風車のように槍を旋回させ、コチラに向かって走りこんで来ている兵を迎え撃った。


 まだエントは不要。魔力は極力抑えるべきだ。

 それに、初めての騎竜戦闘の肩慣らしをしておかないと。


 身体を横に向けた樹々の上に居座る俺と、身を低く地を駆けるファシオン兵。

 銀光を帯びた曲刀が真っ直ぐ右足へと迫ってくるのを確認して、俺は槍を閃かせた。

 俺にとってファシオン兵の動きは、今までに相対してきた敵よりも格段に遅い。

 

 はは、今なら糞爺の物真似も少しは様になるってもんだ。

 

 自分自身が一度食らった爺の巻上げ。アレを再現するように、俺は蒼槍の穂先で曲刀を絡めとり、一気に力を込めて弾き上げる。

 更に、下から上に跳ね上げた力をそのまま突きへと変換させ、流れるような動作をもって――ファシオンの右目を貫き通した。

 

 血飛沫が散り、柄からダイレクトに頭蓋を抉った感触が伝わってくる。

 

 気持ち良い感触じゃないなと、思わず顔を歪めた――が、

「――ッな!?」

 目前で起こった異常な光景を見て、それは一瞬で驚きの色へと変わった。


 痛みで動けない筈なのに、致命傷の筈なのに。

 右目を抉られたままの状態のファシオン兵が、映画に出てくる屍人(ゾンビ)さながらの動きで、槍の柄を両手で掴み、俺を引き摺り下ろそうと力を込めてくる。

 何がどうなってやがんだ……。


「ッチ!」

『樹々ちゃん出番ですっ、ドカーンとやってくださいっ』


 脳裏に渡ったドリーの声音、それだけで樹々にナニをさせたいのかを理解した俺は、

「ォォオオオ――ラァッ!」

 遠吠えの如く叫びながら、ファシオン兵ごと槍を後方へと振り回した。


 筋肉が断裂せんばかりに込められた全力。

 蒼鋼の槍がギシギシと(たわ)み、ファシオン兵の体が抗う暇なく宙へと浮く。


〈――ャッッ!〉

 と同時に、樹々が咆哮を震わせ、強靭な竜の右足を後方へと振り抜き、槍にぶら下っていたファシオン兵の身体を蹴り飛ばした。


「ッぐ!?」


 右手に途方もない力が掛かり、俺は片腕を引っこ抜かれるような衝撃と痛みを感じて、うめきを洩らす。

 それほどまでに樹々の力は凄まじい。

 直接蹴り上げられたファシオン兵の身体など、卵を砕くかの如き容易さで弾け飛んでしまっている程だ。

 人型が一瞬で残骸になり果て、屋根の上に赤黒い血溜まりが生まれている。

 なんというか、肉沼の内部を思い出す景色だった。


「うへぇ……」

「ちょ、兄さん……早く捨ててよソレ」

 

 ブラブラ槍の穂先に残っているファシオンの頭部を指差し、サバラが嫌そうな声を上げ、全くの同意見だった俺は、槍を振るう勢いに任せその頭部をそこらに投げ捨てた。


 と、その時だ。

 ……何だあれ?

 視界に映った不可思議な光景を目にして、俺は思わず眉をひそめた。

 一言で表すならば“黒い靄”とでも言えば良いのか――ソレが撒き散らされたファシオン兵の残骸から、空気中へと漏れ出していたのだ。

 

 もしかして……。

 脳裏に過ぎった予感、俺は確認を取る為にソレへと槍の穂先を向けて、後方に座っているサバラへと声を掛けた。


「サバラ……お前あの黒い靄とか見えるか?」

「へ? モヤ? ……ってあの黒煙だよね? そりゃアレだけ上がってりゃ見えるぜ兄さん」

『……むむ、私も見えていますよ。あのムニャムニャした奴ですよね?』


 ドリーの蛇頭は靄へと向かっており、サバラの視線はその奥の煙へと向かっている。

 この反応の違い――ソレを見て俺は確信した。

 アレは俺とドリーにしか見えない何かだ、と。


 雑音が渦巻く戦場の最中で――俺は鉱山を掘り起こすかの如く、仕舞い込んでいた記憶の山を掘っていく。


 切っ掛けは何だ。ファシオンが死んだからか? 

 この間戦闘を眺めていた時は無かったよな……いや、ある程度距離を保ってたし、見えてなかったのだろう。

 じゃあ斧槍と戦っていたときはどうだ? っち、これも駄目だな、追われていてよく見てなかったし、気が付かなかった可能性が高い。

 もしあの時も同じモノが出ていたのだとしたら……やはりこいつら人間じゃない?

 というか、さっき槍に貫かれたまま動いていたのも異常だったし、間違いないと思ったほうが良いか……。


 くそ、以前の騒動の時、もう少し近くで見ておくべきだったな。

 

『にょにょっ、相棒! 考え込むのは後でお願いしますっ。左前方から弓を持った兵士さんが接近ですっ』


 ――おっと、不注意だったな。

 思考の邪魔してくれたファシオン兵に向かって、無意識の内に舌打ち、すぐさま現状を把握するため周囲の様子を伺う。

 左手側にドリーが警告してくれた弓持ちが一人。

 更にソレとは別に、槍を持った者が一人コチラへと接近してきているのが見えた。


 この屋根じゃ少し狭いし……移動したほうが良いな。


「頼む、隣まで飛んでくれ」

〈ギャっ〉


 俺が首元を軽く叩いて指示を出し、樹々が短く了承の意を示す。

 地面を蹴飛ばし竜体が加速。

 右手側の屋根へと一目散に向かった樹々は、屋根端から勢い良く飛び出して、空中を駆けた。

 

「ちょ、兄さんっ!? マジ危ねぇ」


 轟々と唸る向かい風が俺の被っていたフードに入り込み、後頭部付近に開いている風抜けの穴から抜けていく。

 喧しくも耳元で鳴る風にサバラの悲鳴が入り混じる。

 上昇からの急降下――全身に駆け巡る気持ち悪い浮遊感に耐え、俺は着地の衝撃を予感し腰を浮かして身構えた。

 

 ドンッ――と樹々の足が屋根へと付いたと同時に、鐙に乗せていた足を踏ん張り衝撃を緩和。俺は何事もなかったかのように、周囲の警戒を始めてゆく。

 置いてきぼりにされた槍持ちファシオン兵が、一旦地面へと飛び降り、執拗に追ってきている。

 左方向から、弓持ちの兵士が、引き絞った矢を俺の頭部へと向けて放ったのが見えた。


 ……なんだろう、今日はやけに敵の動きが見える気がする。

 不思議な感覚だった。

 放たれた矢弾ですらもハッキリと。更にはソレが空気を裂いているのまで見えているような、そんな感覚。


 迫る矢弾を視界に収め、俺の身体が自然と動く。

 無駄な力を削ぎ落とした左腕が、まるで鞭のように伸び上がり――気が付くと、俺は迫り来る矢弾を下方から掴み取っていた。


「はは……マジかよ」

『おお、相棒やりますねっ。このこのー』


 笑いが口から零れでた。ドリーが褒めるように俺の即頭部にグイグイと蛇頭を押し付けている。

 掴み取ったのは直前で、俺の瞳の直ぐ先にはギラギラと光る矢先が在った。

 失敗していたら死んでいた……でも、なんとなく今なら失敗する気がしなかった。

 

 いや、オカシナことではない。ある意味コレくらい出来て当然ではある。

 蟲毒の主の針弾も、凄まじく早い剣戟も、俺は今まで何度と無く避けて逸らしてきたのだから。

 それでも今までの俺ならば、ここまで自信を持ってやろうとは思わなかったのも確かだ。

 

 これも成長の証なのだろうか? 

 いまいち実感のないままに、俺は頭を動かし周囲を眺めた。

 

 鼻腔に漂う焦げた臭い。あちらこちらで、ファシオン兵と戦っている亜人の姿が確認できた。

 現状は劣勢……とまではいかないが、やはりゾンビさながらのタフさを誇るファシオンに、亜人は多少の苦戦を強いられている様子。

 

 今の調子なら問題無さそうだし、もう少し働くか。

 余り体力を消費するのは拙いが、今日の俺には樹々が付いている。ドリーの魔力も温存しているし、まだ余裕はあった。


 出来ること、出来ないこと、それをしっかりと頭の中で区分けして、俺は樹々の首元を叩き『走れ』と言って――

「サバラッ! 魔力節約しながらで良いから適度に魔法をばら撒け。鉄仮面が来るまでに、出来るだけ敵の戦力を削るぞ」

 サバラに向かって吼えたてた。

 

「お、おうっ、兄さん――ってうおおおお!?」


 一気に速度を上げた樹々。グンと全身に掛かる加速の反動。

 後方に引っ張られたサバラは妙な叫びを上げて、俺の腰を掴んでいた腕にギュッと力を込めた。


『ぬおお、やりますね樹々ちゃんっ。では、僭越ながら私があちゃこちゃと教えるので、ちゃんと聞いててくださいねっ?』

〈ギャっ、ギャっー〉

 

 ダンッ、ダンッ――足音を踏み鳴らし、屋根から地面へと下り立った樹々が、手加減など考えずに疾走を始め、ドリーが方向や動きを示していく。

 樹々が好き勝手に移動してしまえば、俺には予測などできはしない。

 しかし、ドリーが指示を出してくれるなら話は別だ。

 間違いなくコチラの意図を汲んで動いてくれると信じ、俺は速度で溶けてゆく景色を眺めながら、槍の柄を握り締めた。


 時間制限は鉄仮面達が来るまで、そこからはしんがりに付いての撤退戦。

 自分自身を戒めるように目的と流れを再確認して、俺は槍の届く全ての敵へと片っ端から蒼刃を向かわせた。

 

 亜人と戦闘中だったファシオンの首を通りすがりに切り飛ばし、進路を塞ごうと眼前に現れた敵影を、樹々が勢いのままに轢き殺す。 

 疾風の様に、カマイタチの様に――劣勢になりそうな亜人達の下へと駆け寄っては、辻斬りのように敵を裂いてゆく。 

 次々と(かばね)となっていく兵の姿を見て、周囲の亜人達からは野次とも声援ともとれるような声が飛んでいた。


「いいぞっ、よく分からん兄ちゃん……いや、むしろ先生っ! やっちまえ!」

「おいッ、遊んでっと巻き込まれんぞ、こっちだって負けてられんだろ。手当たり次第にぶっ殺してけッ!」


 猫っぽい亜人が調子の良い声音を上げて、(いかめ)しい顔つきの爬虫類系の亜人が、ソレを注意しながらも、側にいたファシオンへと切りかかっていく。

 まだまだ敵影はそこらかしこに蔓延っていたが、士気は自然と向上し形勢が倒れこむように傾きを見せた。

 

「こりゃ予想以上ってところだね兄さんっ、良い意味でオイラの見込み違いかな?」


「おいおい、余り過大評価すんなよ? 蹴散らす力と純粋な戦闘技術じゃまた話が違うだろ。

 ごり押しだけで勝敗決まるなら俺は今頃死んでるっつーの。サバラなら分かるだろ」


「シシっ、オイラからすると、ソレを分かってくれているだけでも、十分評価に値するんだけどねっ。

 さて、ちったぁオイラも働くぜ『サンド・スプリット』」


 上機嫌な声掛けに釘を刺したが、逆にサバラは嬉しそうに笑い、魔名を唱えて砂弾をばら撒いた。

 サバラの魔法だけではなく、空には魔法と飛び道具が駆っている。

 裂帛(れっぱく)の怒声が空気を振動させ、視界のあちこちで、陽光を反射した刃の光がチカチカと瞬いている。

 

 あっちに一人、向こうに一人……奥は流石に間に合わない。

 妙に冷静な思考で状況を判断しながら、俺は疾走する樹々の上で延々と武器を操って、休むことなく敵を殺す。

 漂う黒煙を突破し、亜人の囲んでいるファシオンを粉砕し、屋根上にいた弓兵の下へと樹々が飛び上がってそのまま踏み殺す。


 死骸となったファシオンの身体から漂う靄。もうもうと上がり続ける土埃と黒煙。

 耳に入ってくるのは悲鳴だったり、雄叫びだったり、感情をふんだんに詰め込んだ音ばかり。

 血臭や死臭がグチャグチャと入り混じった空気は、清涼とはとても言い難い。


 慣れた――とは思いたくなかったが、今も全身で感じている戦闘の空気は、俺の中でそれなりに遭遇する程度の近しい感覚とはなっていた。


 なんだかなぁ……。

 相手が人間じゃない可能性は高くても、やはり斬れば血は舞うし、首も飛ぶ。

 俺としては、人型のナニかを切り倒すのはやはり気持ちの良いものではなかったが『俺が一人斬る度に仲間の安全が少しずつ上がっていくのだ』――そう考えると、槍を薙ぎ払う手が重くなることはなかった。

 

 

 戦闘は暫しの間、順調に進んでいった。

 樹々の速度に兵は全く追いつけない。時折飛び交う矢弾は全て俺が叩き落している。

 ドリーの指示は俺の意思と同調し、違和感や、動き難さは無かった。

 獄の内部に入り込むよりは、自由気ままに動ける此処はとても楽だった。

 

 身体の調子はすこぶる良い。ファシオン兵くらいなら止まって見えるほどに。


 だが、そうやって風を切って縦横無尽に飛び回り、延々と、延々と敵を倒している内に――

「お前ら、鉄仮面が出やがったッッ!」

 遂にと言うべきか……誰かが上げた警告の叫びが切羽詰った感情を乗せて、戦場の空気を(つんざ)いた。


 蒼天の空に誰かが放った〈パステル・ライト〉の魔法が幾つも浮かぶ。

 退却の合図――そしてソレは、俺にとって本番開始の合図でもあった。


 やっぱりか……まぁ、ある意味予想通りだ。

 一目姿を見ただけで、心臓の鼓動が早くなった。ヘドロのような衝動が後から後から湧き上がってくる。

 仮定していただけあって、この間ほどの動揺は無い。

 自分自身を抑えるように胸元へと手を当て、俺は視界のずっと先――そこに見えている斧槍の姿を、双眸を細めて()め付けた。




 ◆◆◆◆◆




 南西区域 西側方面


 悲鳴と怒声が綯い交ぜになったような空気が漂い、血飛沫と剣戟の火花が飛び交っている。

 そんな空気を――メイ達のいた場所で響いたものと、同様の意味合いを持つ絶叫が切り裂いた。

 ファシオンの一人を槌で叩き潰していたドランがその声に反応して、近くに居たリーンへと顔を向けた。


「……リーンどん、来たみたいだで、気をつけてくんろ」

「あらドラン、私の心配より自分の心配をした方がいいわよ?」


 ドランの警告に軽い調子で返答しながらも、リーンは一人の兵を黒大剣で縦に両断する。

 既にドランとリーンの周囲には、死骸はあれど耳をそばだてる者はいなくなっていた。

 余裕……と言うわけでは無い。いや先ほどまではそうだったかもしれないが、今は状況が変わっている。

 ――鉄仮面が来た。

 その言葉だけで一気に空気が冷却された。先ほどまでとは比べ亜人達の動きも鈍くなっているのも伺える。

 

(久しぶりに見たけんども、やっぱりおっかねーな)


 少し先に見える大槌の戦士姿を確認して、ドランは僅かに身を震わせた。

 その震えは恐怖から生まれたものでもあり、また同時に武者震いでもあったのだろう。

 

 ――時間稼ぎ位なら、代えの武器でもやってみせるだで。

 亜人の人波が潮のように引いていく中で、ドランは槌を握って流れに逆らい敵影へと足を踏み出した。

 

 人を容易く粉々に出来る戦士に、自分の意思で立ち向かえるようになった事実――ソレはドランに少しだけ誇らしい気持ちを与えてくれていた。

 負けられない。負けたくない。

 そんな強い想いが、胸の内でグラグラと滾りを見せ始めている。


 大剣使いが二人、大槌使いが二人――やがて互いの距離が縮んでいって、顔を突き合せるかのように、ドランとリーンは赤錆達と相対を果たした。


【あははは、何この子達? もしかして私と殺ろうっていうの? 嗚呼、オカシイ】 


 赤錆の女の戦士が狂気を溢れ出させながらも嗤う。身に纏った軽鎧は既に誰かの血で更に赤く染まっている。

 一般住民のものなのか、はたまた亜人のものなのか、ドランの目からはその違いを把握することなどできなかった。


【……王に逆らう身の程知らずの者など、叩き潰してすり潰すまでだ】


 大槌の戦士が右肩に担ぎ、武器を揺らして睥睨(へいげい)する。

 赤錆の女とは違い鎧に血跡はなかったが、代わりにその凶悪な鉄塊の先には、血液が滴りヌラヌラと怪しい光を帯びていた。


 たった二人――鉄仮面が二人現れただけで、亜人達は即座に逃げ出し、まるで形勢が嫌なほうへと傾いているかのような雰囲気になっている。

 辺り一体の空気は重く、まるで全てが鉛の海に変わってしまったかのようだ。


 だが、それを肌で感じている筈のリーンは軽い足取りで一歩踏み出すと、

「ところで、無口な仲間から伝言なのですが『その仮面潰されたくないなら外して置け』だそうです。外すお時間を差し上げましょうか?」

 極めて冷たい口調でそう言い放った。

 

 その上、ちょいちょいと大剣の切っ先で戦士二人を挑発するオマケつきだ。


(ちょ!? い、いってねーだで、そんな恐ろしいことっ)


 リーンの暴挙に焦ったドランだったが、律儀にもメイから下された喋り禁止令を守って、声だけは上げることはなかった。

 とはいえ、リーンの挑発は、何も考えなしに行ったことではない。自分達が万全でないことも、不利な状況であることも分かった上での行動である。

 しんがりとは敵を引き付けるのが仕事。

 つまり、相手が自分達に固執してくれればくれるほど、ソレは容易く実行できることになるのだ。


 一応ドランとしてもソレは理解しているのだが、臆病な性根はどこまでいっても健在なので、やはり無闇な挑発は苦手な部類だった。

 

 辺りの空気は、既に先ほどの数倍は重くなっており、リーンの放った挑発が見事成功したことを、ドランに教えてくれている。

 ドランにしてみれば、中々に複雑な心境だった。 


 緊張感から空気が軋む。残っていたファシオン兵は、逃げている亜人達を目標に定めているのか、ドラン達に近づいてくる様子は無い。

 敵味方入れ乱れる戦場の中――まるでここだけ隔絶された空間のように、雰囲気が異なっているようだった。


 武器を手に取りにらみ合う四者。

 まるでパンパンに膨らまされた風船のように――やがて場の緊張感は限界を迎えて弾け飛んだ。


【時間をかける気なぞない。さっさと死ねッッ!】


 大槌の戦士が肩に担いだ武器を振り落としながらも、ドランの下へと突進を始め、大上段からの攻撃を放つ。

 その勢いは凄まじく、鉄塊が迫ってくるその迫力は、ドランから見ても凄まじい脅威を感じさせた。


 そのまま真正面から受けるか? いや、この武器でそれは出来ない。

 迫り来る大槌を前に、ドランはすぐさま判断を下し、動いた。

 左手は柄を握ったまま、槌頭の後方に右手を添えて、まるで槌を盾にするかのように、鉄塊を斜に構え――剛打の勢いを殺して流し受ける。


 ガリガリとドランの槌の表面を大槌の武器が滑り、オレンジ色の火花が舞い散った。

 

【……っち】

(大丈夫……これならどうにか耐えられるだで)


 大槌が忌々しそうに流れた身体を修正してドランを睨む。

 ドランは『面を斜めにして受ければ武器が壊れるほどじゃない』と、安堵して四肢に力を込めて構えなおす。


 ――いけるだで、どうにか戦える。

 さすがに勝てるとまでは思っていない。愛用の武器が無い状態で、まともに勝負できないことだって分かっていた。

 でも……『亀のように耐えることなら出来る筈』と、彼らしい喜び方で胸を躍らせていた。


【墳ッッ!】


 大槌が怒声を放ち、再度ドランに向かって武器を振るう。がしかし、それすらもドランは下手なりに面を傾げて被弾を免れる。

 拙い技術は力で埋めて、武器の脆さは拙い技術で誤魔化していく。

 本来の実力差で考えると、ドランが大槌の攻撃を見切って受け流すことなど出来はしない。

 しかし『大槌の攻撃だからこそ受け止められた』というのも、また事実だった。

 

 ドランとて、ただメイからの連絡を待っていたわけじゃない。

 毎日、毎日武器を握り、リッツの魔弾に晒されて――記憶にあった大槌動作を飽きもせず思い返しては、己の脳裏へと刻み込んでいた。


 何度も、何度も何度も。

 そうやって脳裏で描き続けてきた敵の攻撃だったからこそ。

 悔しくて悔しくて負けたくない敵だったからこそ。

 大槌の攻撃をドランは多少なりとも見切れるようになっていた。 


 大槌が己の攻撃を二度受け止めたドランに、射殺すかのような視線を向ける。


【忌々しいあの爬虫類を思い出す……が、どうにも動きが違う……】

「……っ!?」

 

 一瞬その言葉にヒヤリとしたがドランだったが、どうにか気がつかれていないことを悟って、胸を撫で下ろした。

 バレナイでよかった……と、身体に駆け巡っていた緊張が少し解け、安堵が染み渡る。


 ――がしかし、ほっとしたのも束の間で、


【アハハ、手こずってるの? 間抜けね。腕でも落ちたのかしら。私が変わりに殺ってあげるから、城に帰って訓練でもしていたらどう?】

【余計な手出しをするなッ。この手で叩き潰すッ!】


 女戦士が笑いながらドランを両断しようと横合いから迫り、大槌が自分の獲物を奪われてなるものか、と鉄塊を横振りに薙いだ。

 左から槌が唸り、右から大剣が振り下ろされる。

 どう考えてもどちらか一方は避けられない……だが、そんな状況下において、ドランはなんの躊躇いも無く、女戦士の一撃からふいと顔を背けた。


 どうせ自分じゃ避けられない、それに避ける必要なんてない。

 勿論恐怖はあった。でもそれ以上に心を満たす信頼があった。

 

 ――怖くなんてないだで。だって、あの攻撃は絶対にオラには届かない。



「――疾ッ!」


 開き直ったドランの心に呼応するように、リーンが両手で握った黒剣を、矢のように構えて女戦士へと向かって疾走した。

 漂う噴煙を貫き、リーンの刺突が女戦士の頭部へと向かって迫る。


 グチャグチャと入り乱れるような混戦。

 例え、リーンの攻撃が女の頭部を貫いたとしても、間違いなくドランは死ぬ。

 誰が見ても分かりきった結果だった――しかし、それは女戦士の驚異的な膂力によって、異なったものへと転がっていった。


 ギシッ、と女戦士の腕が錆び付いた音を奏でる。

 凄まじい程の重量がある筈の大剣は、ドランの頭上でビタリと止まり――

【アハっ、そんなに私に構って欲しいのかしら? ほらこれをあげるから我慢しなさいな】

 女戦士のからかうような声音と共に、リーンの首を飛ばさんと、縦から斜めへと軌道が修正された。


 目まぐるしく攻防が変わる。

 瞬く間に時間が通り過ぎてゆくその隙間で、サバラが見たら乾いた笑いしか出てこないであろう、刹那のような凌ぎ合いが行われた。


 すぐ頭上で逆巻いた風の音を無視して、ドランが大槌の攻撃を受け逸らす。

 身を低く、もっと低く――斜めに切り落とされてくる凶刃に向かったリーンは、止まるどころか一層速度を上げて赤錆の剣線を潜りぬけた。


「――――ッ!」

「お返しよッ!」


 ドランが呼吸を一気に吐き出し、音にならない叫びと共に、大槌へと向かって剛打を落とし、リーンが女戦士の隙を逃さず、首を飛ばそうと斬撃を放つ。

 が、大槌の戦士と赤錆の女は、そう容易く落ちてくれる使い手ではなかった。

 ドランの剛打は大槌の旋風の如き薙ぎ払いで横へと叩き逸らされ、リーンの放った剣閃は、大剣の柄で妨げられた。


 下がらないと拙い。

 攻撃終わりの姿勢のまま、ドランはそんな危機感を全身で感じ取った。

 迷いも無く、躊躇いも無く。

 身体が自然と動き、ドランが地面を抉った槌を引きずり出しながら後方へと下がる。

 と同時に、リーンも地を蹴って後方へと身を翻した。

 ――轟。

 風が唸る。地面が爆砕する。

 撒き散らされる(つぶて)を両腕で防ぎながら、ドランは『予感が的中した』と冷や汗を滲ませた。


(簡単な相手じゃないのは分かってたけんども、やっぱり想像とは少し違うだで)


 僅かながらの恐怖が背筋を這う。

 一挙手一投足も見逃すまいと開かれたドランの視線は、天へと向かって振り上げた大剣を握った女戦士と、一撃の振り下ろしで地面を陥没させた大槌へと注がれていた。


〈ドラン、倒そうと思っちゃ駄目よ。時間を稼ぐのが仕事。援護はするから絶対に死なないことだけ考えて〉

〈ありがとうだで、でも大丈夫だ……オラは守るのが仕事なんだ〉

〈ふふ、そう? 頼もしいわね〉


 怯えそうになっていた自分自身を奮起させるように、ドランは強気を見せて、それを理解していたリーンは微笑みを浮かべる。

 怖いけど、怖くない。

 ドランにとって大槌との戦いは、恐ろしくもあるが、自分の知りたい授業を受けているかのようなものだ。

 朧気になっていた大槌の動きを保管したい。今よりも一歩だけでいいから強くなりたい。

 学ばなければ死ぬ――そんな崖っぷちの状況であっても、鈍亀竜は己の目標へと向かって手を伸ばし続けていた。


 ――強くなりたい。

 その気持ちは時が経つにつれ、どんどんと大きくなって、恐怖心を押さえ込む程に膨れ上がっている。


【ッチ、ちょこまかと……まるで虫だな】

【あら、いいじゃない虫、私は好きよ。だって一本ずつ足を千切っても死なないんですもの】


 何事も無く武器を構え直した赤錆の二人が、立ち込める煙を割るように歩き出した。

 逃げる亜人は未だに多く、もう暫くは退けない。

 ドランとリーンは武器の柄を握りこんで、来るであろう攻撃に備えて構えをとった。




 ◆


 


 南西区域 南側 


「ばっかじゃないの? なんなのアイツ、常識を考えなさいよ、早く死ねばいいのにッ」

「残念な君、女の子がそんな口を利いてはいけないらしいデスよ」

「だーからー、アンタもその呼び方止めてっていってんでしょうが!」


 裏路地にも似た建物の間――民家の壁に背を預けたリッツが、額に青筋を浮かせてハイクに向かって怒声を放っている。

 だが、ハイクはそんな怒声もなんのそので、建物の壁から顔を覗かせてはチラチラと周囲を伺っていた。


「皆さん大分逃げたみたいデスね。というよりも早く消えてくれないでしょうか、僕はいい加減疲れマシた」

「アタシだって疲れたわよ……もう、なんなの本当」


 ウンザリしたような表情に顔を染め上げながらも、リッツは右手に持っていたボウガンの次弾を装填し、瞼を閉じて神経を研ぎ澄ませていく。

 耳に聞えるのは爆音や悲鳴――そして、その騒音の中に、少し変わった音があるのをリッツは聞き分けた。

 大きなナニかが飛来する音、それをどうにか探り当てたリッツは、ピクリと耳を動かしハイクへと顔を向ける。


「ほら、来るわよ、移動移動っ!」

「ふむ、またですか……面倒デスね」


 両手に巨大な戦斧を携えた巨躯のハイクを、リッツが言葉で蹴り飛ばすように押し出していく。

 そして、リッツ達が民家の壁から身を離して駆け出した、ほんの数拍遅れで――空から飛来した二本の剛矢が、混合建材で出来た四角い民家の屋根を斜めに貫いた。

 まるで鉛筆で豆腐でも抉るかのように――そんな容易さで建物を貫通した砂色の矢弾は、止まる様子も見せずに、真向かいの建物の壁にまで穴を開けた。


「もー、なんなのよっ! もーっ」

「もー……ふむ、白黒の牛は僕は好きデス」

「んなこと、聞いてないわよッ!?」


 リッツは姿を見せない謎の射手に向かってプリプリと悪態を吐き、ハイクのとぼけた言葉に叫んだ。

 それでもリッツは、足だけは止めることなく動かして、ハイクを引き連れ次の建物の影へと移動を続けていく。


(いつ弾尽きんのよッ……)


 終わらない矢弾の飛来。例えて言うならば、さながらイタチゴッコのように、リッツ達が移動し、その後を追って矢弾が飛んでくる――先ほどから延々とこの繰り返しだった。


 何でアタシばっかり……と悪態を吐きそうになったが、リッツはそれを喉元で押さえ込んだ。

 理由は分かっていた。恐らく、最初に現れた時に、空から飛んでくる矢弾を撃ち落していた為、目を付けられたのだろう――。



 例の仮面が出た――その言葉が始まりだった。

 最初は自身の相手になるだろう、その仮面を探していたのだが、何処を探してもその姿を確認することが出来なかった。

 がしかし、それを境にどこからか砂色の矢が降り注ぎ始め、亜人の頭部が撃ち抜かれるという謎の現象が起こったのだ。


 リッツも立派な射手である。飛び交う矢の軌道から相手の位置を把握することだって勿論可能だ。

 だが、いざ相手の位置を掴んだリッツは頭を抱えて、相手の姿を拝むことを諦めた。

 遥か彼方――自身のボウガンの射程で考えるとそう言っても過言では無い距離に相手はいるのだと理解したからだ。

 

 恐らく遠くに見える時計台。そこから撃ってきているのだろう。走っていくには時間が掛かる、自分の仕事は撤退戦での被害の軽減。

 そんな考えを巡らせたリッツは、せめて飛んでくる剛矢の射線を逸らそうと、屋根に上って射撃をしていったのだった。

 細い鉄矢じゃ相手にはならなかったが、遠くで落とせば僅かに軌道を変えることくらいは出来る。

 リッツも最初は調子良くそれを行っていたのだが、暫くすると、その矢が全て彼女に向かうようになっていたのだ。


 囮としては抜群の吸引力ではあったが、リッツにしてみれば、追われているだけでストレスが溜まる戦闘だった。




 降って来る剛矢を避けながら、移動を続けていたリッツとハイクは、裏路地での逃亡を諦め、見晴らしの良い大通りへと身を躍らせた。

 

 相手がどうやって照準を合わせているのか不明。だが、建物の影に隠れても無駄だということは分かった。ならば動きやすい場所の方がまだマシだ。と、リッツはそんな判断を逃げ続けている間に下していた。


「ほらほら、アンタもちゃんと働きなさいよッ! 避けられそうにもないのは落としてってば」

「仕方ないですね。せっかくの白黒が血で赤くなるのは勿体無いデス」


 リッツが空へと向かって耳を傾け叫び、ハイクがノソリと動いて、二本の戦斧を地面に垂らすような格好で構える。


(とりあえずもうちょっとすれば逃げ出せるし……それまでの我慢ね)


 リッツは、胸中で苛立ちそうになる自分を宥め、ボウガンを油断無く握る。

 唇を舌で湿らせながらも周囲を()めつけた。

 透き通ったリッツの茶色の瞳には、今も走り寄る数名のファシオン兵の姿が映っていた。


「さあ仕事よ、行って来なさいッ」

「了解デス『エント・レイ』『エント・シャドウ』」


 数名の兵士に指をビシリと突きつけたリッツに従い、ハイクが二本の戦斧を右手で順番に触って魔名を叫んだ。

 右の戦斧に白熱した光がジジジと音を立てて纏わりつき、左の戦斧には鋭角に形を変える真っ黒な影が絡む。


 エントを掛け終わったハイクは、自身の後方に二本の戦斧をダラリと垂らし、

「亜人……は知ったことじゃありませんが、彼女を迫害するのは許すマジッ。消えてしまうが良いでしょう砂色おおおおッッ!」

 テンションを一瞬で上昇させて突撃を開始した。


 巨躯が揺れ、足音が響く。 

 高熱で溶けたような跡と、削岩機に削られたかのような荒い跡。

 後方に引きずられた白と黒の戦斧が、ハイクの通った道筋に明瞭な二線を刻み付ける。


「ウオオオッ!」


 走る勢いを武器に乗せ、ハイクは右足を軸に左に一回転。怒涛のような勢いで、固まっていたファシオンの塊を薙ぎ払った。

 白の戦斧が兵の胴体を焼き焦がして分断し、黒い戦斧がウネウネと形を変えてはファシオンの身体を刻む。白と黒がそれぞれ半円を描くその様は、まるで大きな陰陽玉。

 

(あっちは任せて大丈夫そうね。アタシはアタシで集中しないと……)


 ハイクの暴れっぷりを見たリッツは、耳をそばだて音を聞き、飛来してくるであろう剛矢に備えて身構えた。


 そんな時――リッツの耳がまたしても警戒すべき音を捉える。

 馴染み深い音、射手にしか区別が付かないだろう風切り音。

 青い空に浮かび上がる違和感の正体は、やはり彼方から放たれた矢弾であった。

 数は四本、二本は自分自身に、残りはハイクへと向かっている。


(コッチは避けるとして、アッチは落としといたほうが良いわね)


 今もファシオン兵に(たか)られ暴れているハイクに、アレを避けるのは厳しい。

 もしハイクが戦えなくなってしまえば、今度は自分に兵士が群がってくるだろう。

 矢筒の中身は残り少ない……ならば魔法で落とすしか。


 グルグルと回る思考に決着をつけたリッツは、手に持っていたボウガンを肩に掛けなおし、目深に被ったフードの中から、視線を真っ直ぐ矢弾へと固定する。


 ――やれる、当ててやる。

 ブツブツと口から呟きを洩らし、集中力を高めていく。

 細く、細く、針の先のように研ぎ澄まされたソレは、リッツの意識を蟲毒内部で体感したかのような、目標しか見えない状態へと連れて行った。

 

 的へと向かって左手を翳し、魔印を刻まれた右手ソコに添えて、

『レイ・ボウ』

 弓引くように右腕を引き絞ったリッツは、呟くように魔名を唱えた。


 左手と右手を繋げるように白い光の線が現れて、やがて大きな矢へと変貌する。

 白い魔力で象られた光矢は、それ自体に熱を帯びており、今も空気をジリジリと焦がしていた。

 まるで本物の弓を扱うように。

 ……ソレを限界まで引き絞ったリッツが、矢を掴んでいた手の平を開放した。


 ジャッ、と砂利を足裏で擦ったかのような異音が短く鳴り、解き放たれた白矢が空気を貫く。

 ――もう一つ!

 的に当たるかどうかの確認すらもしないまま、リッツが再度魔名を叫んで二射目を撃ち出した。


 青い紙の上に白いクレヨンで線を引いたかの如く。

 リッツの放ったレイ・ボウが、空気を焦がして飛び交って――狙い通り、砂色の矢弾と正面から衝突する。

 高熱で溶けてバランスを崩した凶弾はあえなく墜落し、降りしきる雪のように白矢の燐光が、淡く大気へと溶け消えた。


「よしっ……いや、当然だわっ」


 リッツは思わず感情を顕に小さくガッツポーズを作るも、急にソレが恥ずかしくなってしまい、慌てて握った右手を開いてひらひらと誤魔化していく。

 だが、残念ながら隠し切れない嬉しさが、ピクピクと動く鼻頭と、外套の下で縛られ窮屈そうに揺れている尻尾に、如実に現れていた。 


(この魔法はそれなりに使いやすいわね。後は、魔銃があればもう一個のほうも試せるんだけど……クロウエが『どうなるかわからん』とか言ってたし不安なのよねアレ)


 リッツがメイに頼んだ魔法のお使い――その内の一つが先ほど放ったレイ・ボウであった。

 姉のシルとは対照的な、陽属性光の矢弾を放つあの魔法は、愛用の武器が使えない現状では、中々に使い勝手のいい魔法だと言える。

 もう一つの魔法はまだ実証してはいないが、先ほどハイクが使っていた『エント・レイ』なので、効果は確かめるまでも無かった。

 そして、リッツが今少し不安を抱いているのは、最後の一つの魔法なのだが、そちらに関しては、魔銃を持っている前提で選ばれたものだったので、未だ使う機会には恵まれてはいない。


(とりあえず試すのは後でも出来るし、今は戦闘に集中しないと……)


 無意識のうちに考えに没頭しそうになっていたリッツは、すぐに頭を振って我に返り、周囲の警戒と、また来るであろう敵の攻撃に備えた。


 それにしても相手の位置が遠すぎる。

 こちらから手を出せないのも非常に悔しいし、イライラする。せめてなにか反撃できればいいのだが、その方法は簡単には見つからない。


 ならばせめて……と、リッツは深く息を吸い込むと、

「ははんっ。さあ来なさい……魔力が切れるか時間切れまでは、しっかりと撃ち落してやろうじゃないのッ!

 遠くから撃つだけの臆病者には絶対に負けてやらないわッ!」

 苛立ちをぶつけるかのように、遠くの時計台へと人差し指を突き出して、強気に言い放ったのだった。






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