持論:疑問を抱け
疑問:ウケる設定作っておけばいいんだろ?(二回目)
『お約束』『パターン踏襲』
要するに「これはこういうものだ」という納得――というか思考停止です。
算数や数学で、公式がなぜそうなるのか理解できないことはないですか?
三角形の面積を求める公式が『底辺×高さ÷2』となる理由を覚えていますか?
1/2÷2/3の分数同士の割り算で、3/4になる理由がわかりますか?
その理由は覚えていなくても、公式や解法はご存知だと思います。
このサイトでは『テンプレ』などと揶揄される事項がありますが、『お約束』『パターン踏襲』もそれと同じです。
誰かが作った過去の作品で持たれたイメージに、疑問を抱かなくなって思考停止しているだけです。
勘違いしがちですが、『常識』はその人その時で違う、固定観念があやふやなものです。
『男は外で稼ぎ、女は家を守るものだ』なんて、今どき少数派の考え方です。
三〇~四〇年くらい前は、電話は一家に一台が普通でした。ですが今は携帯電話やスマートフォンの普及で、一人一台以上です。
から揚げにレモン汁をかけるのは極刑に値すると考える人もいます。
目玉焼きにソースは邪道だと考える人もいます。
だからキャラクター作りだけでなく、小説を書く時には、『お約束』や『パターン』といった固定観念に疑問を持つべきだと、自分は考えています。
それが作品の意外性を生み出します。
主人公と美少女ヒロインが会えば、必ず恋愛感情が芽生える必要はないのです。
殺し合うほどの憎悪があってもいいわけです。
主人公が大衆の求めるヒーローである必要性はないのです。
そんな人たちの騒ぎに巻き込まれる、たった一人のヒロインだけのヒーローであってもいいのです。
キャラクター作りにおいても同様です。
重くて巨大な武器を扱うのが、屈強で筋肉隆々の大男である必要はないわけです。華奢な美少女が扱ってもいいわけです。
邪悪で卑怯な天使、親切で清楚な悪魔がいてもいいわけです。
暗殺者は怪しい風体をする必要はないのです。そこらのおばちゃんや学生が暗殺者かもしれないのです。
凶悪な人相のアロハシャツのおっさんが、実はものすごく親切な善人であってもいいのです。
清楚可憐な美少女が、実は「ついてる」かもしれないのです。
メイドの仕事をしないメイドがいてもいいわけです。
カッコイイ主人公が泣く子も黙る凶悪な姿の変身ヒーローになってもいいわけです。
要するにギャップを作り出せるわけです。人は見かけによらないのです。
ただし「なぜそうなってるか」「それができるか」という、読者に納得させられる設定と説明がなければダメです。
でない「ちょっとハジけてみたかっただけね」と認識されて、一発ネタで終わって生かすことができないでしょう。
あと、需要も考えましょう。なんでも奇抜だったらいいわけでもない。
いくら文章表現ばかりとはいえ、見栄えの悪いキャラクターばかりよりは、美男美女がいた方がいいでしょう。
救いようのないバッドエンドよりは、ハッピーエンドの方がいいでしょう。
それこそ『常識』で考えましょう。作家のやりたいことをやればいいというわけではない。小説は読者ありきなのですから。




