8 姉妹
こうして、普通の貴族らしい生活を送ることができるようになると、役目のため休憩するという理由もなくなって新しい関係が増えるのは自然なことだと思う。
特にシェリルは特殊な環境下に居たので家族というものに馴染みがなかった。
ウォルフォード伯爵家はその性質上、耄碌したようなお年寄りや小さな子供が爵位を持つことが多く、そのせいで他人に利用されたり権利を乱用するようなことが想定される。
そうならないように、ウォルフォード伯爵の権利というのは最小限に抑えられ与えられている爵位に伴う権利や金銭はエルズバーグ公爵家が管理している。
そしてシェリルの家族もそちらの屋敷でお世話になっており、何不自由なく貴族としての生活を送っている。
なぜ居住空間を分けるのかというと、王族の血筋を持った人間が礼拝堂に入ってコロコロと契約者が変わらないようにするためらしい。
そうして幼いころから、家族から断絶されて大体の契約者は長い間を過ごす。
王族の血を混ぜるために婿や嫁に入った人がいたとしても同居期間はほんの数年であり子供とともにエルズバーグ公爵邸の方で暮らすことになるのだ。
それもこれも大切なセルレアン王国のため。なのでシェリルも契約者でなくなるまで、姉妹がいることなどすっかり忘れていたのだった。
しかし、クライドと結婚してからしばらくして、手紙が届いた。それは妹のセラフィーナからのものであり、今までなかった交流を望むという内容だった。
それを断る理由もなくシェリルはウィルトン伯爵邸にセラフィーナを招くことにした。歳は二つほど下の妹なので、幼いころ彼女を見た記憶はある。
しかし彼女の方はシェリルのことなどさして記憶にないだろうに、こうして連絡をよこしてくれたことが純粋に嬉しかった。
出迎えにエントランスから外へと出る。良く晴れた空はどこまでも澄み渡っていて、心地のいい日だった。挨拶だけでもさせて欲しいと言ったクライドとともに馬車を心待ちにする。なんだか少し胸が高鳴って緊張してしまっているのだった。
……仕方ないわよね。私がきちんと家族としてかかわったことがあるのは、先代の契約者だった曾祖母ぐらいだもの。
彼女にはたくさんのことを教えてもらってしばらくの時間を共にしたがシェリルが契約者として彼女の魔力総量を上回ると解放されてウォルフォード伯爵邸から出て行ってしまったのだ。
その時は寂しかったけれど嬉しそうな曾祖母の様子が、誇らしかったことも覚えている。
と、なにはともあれ、生まれた時の魔力が多く、すぐに隔離されて教育をされたシェリルは妹のことを見たことはあっても家族としては接したことがなかった。
……第一声はどんなふうに声をかけるべきかしら?
久しぶり? それとも初めまして?
そう考えているとあっという間に時間が経って、ウィルトン伯爵邸の門の中に馬車が入ってくる。すると心臓の鼓動がさらに大きくなってシェリルは髪が変なふうになっていないかを確認してそれから背筋を伸ばした。
「!」
しかし止まった馬車の中から出てきたのは、招いた妹のセラフィーナではないことだけはわかる。
なんせ記憶の中の彼女とはまったく違って、気が強そうな美人だったからだった。
しかしすぐに後ろからもう一人降りてくる。
彼女はすぐにセラフィーナだとわかる。幼いころから変わっていない特徴的なフワフワとした銀髪ですぐにわかった。
彼女は焦った様子でシェリルに言った。
「シェリルお姉さま、申し訳ありませんわ。突然どうしても、アデレイドお姉さまがついてくると聞かなくて……」
「あら、酷い言い草ね。あたしはただ、愚図なあなたが粗相しないように見張りに来てあげたのよ。それにあたしだってシェリルの姉だもの交流に来たっていいでしょう?」
「……そうだけど、シェリルお姉さまだって突然の来訪で驚くでしょうし」
「そんなの一人も二人も変わらないでしょう? ね、シェリル……」
彼女たちはそう言葉を交わしてシェリルはもちろんだと首を縦に振ろうとした。しかしこちらを向いたアデレイドは、シェリルの隣を見て一瞬言葉を失う。
「ああ、こちらは結婚相手のクライド。せっかくなら挨拶をと思って」
「よろしく頼む、あまり肉親としてのつながりはなかったと聞き及んでいるが、それでも兄妹とは他には代えがたい関係を持ったものだから。シェリルといい関係を築いてくれると嬉しい」
厳しい表情のまま、クライドはそう言い放つ。一人の妹でも、二人の姉妹がやってこようともそのスタンスは変わらないらしく動揺もせずになんだかよくわからない視線のコメントだった。
たしかに歳は少々彼の方が年上であり、彼女たちよりもずっと長い付き合いであるが、それだとまるで彼がシェリルの親みたいじゃないかと少し笑った。
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ。お姉さまの結婚相手、噂には聞いていたけれどとても素敵な方です」
「……噂に? あたしは聞いてなかったのだけれど」
「もう、アデレイドお姉さま」
「まさか、公爵家の貴公子様だなんて……こちらこそよろしくね、クライド様」
姉アデレイドはクライドに小さく笑みを浮かべてそう返す。クライドはやはり、女性にはかなり受けがいいのだろう。
「ああ。では、家族同士のだんらんを邪魔するつもりはない。楽しんでくれ、シェリル」
「ええ」
そうして予想外に一人増えることになったけれど、妹のセラフィーナと姉のアデレイドとともにお茶会を開くことになったのだった。




