6 つり合い 短編版を読んだ方はこちらからどうぞ
「じゃあ、あの魔獣を使った試合をしていた貴族は摘発されて今はもう行われていないのね」
シェリルはクライドに問いかけつつもちぎったパンを口の中に運んで彼を見る。
彼は相変わらず難しい顔をしていて、眉間にしわが寄っているので険しい表情になっていた。
「ああ、そもそも精霊の守護によってこの国は魔獣の被害を免れているというのに魔獣を密輸入して娯楽のために使おうなどと精霊様がどう考えるか……それを思えば当然許されないことだとわかるはずなんだ」
「そうね、今までそういうことはなかったらしいけれど怒りを買う可能性だってあったのだから」
「その通り。ただ、正直今の騎士団に正義や常識を解いて動かそうとしても意味がない。どこでも同じらしいが平和が続くと国の内側が腐敗して機能を失う」
そうは言うが、クライドは一応その騎士団に勤めていて、今回の仕事もそれに関連したものだ。
もしかするともっと早くに動くべきだと思っていたけれど、今更になってしまってそれは騎士団の腐敗によって起こった事象ということなのだろうか。
そう考えつつもシェリルはスープを口に運んで、ちょうどいい塩加減とベースになっているトマトの酸味を感じて、いいできだとペロリと唇をなめた。
「しかしあいにく、俺だけはどこでなにをしても咎められない立場なんだ。いざという時ぐらい勝手に動いて、摘発してもさすがに間違ったことをしているわけではないのだから文句は言われない」
「上の人と意見が合わない状態で仕事をするのは大変ね」
「そういうわけでもない。むしろ自由にやれて好都合だったりもするし。それに……」
さらに難しい顔をして騎士団のことについて語ろうとした彼は片手間にスープを口に入れて、少し目を見開いてチラリとシェリルの方を見た。
「すごくおいしい……。せっかく今日は君も腕を振るったというのに愚痴ばかりこぼしていたらそぐわないか。これは君の手も加わっているのか?」
「ええ、よくわかったわね」
「そのぐらいわかる……と言いたいところだが、あてずっぽうだった。いつか……いや、強制するつもりはないが、君の料理をたくさん食べたら君の味だとすぐにわかるようなときが来るかもしれないから、また作ってくれると……う、嬉しい?」
「どうして疑問形なの? 嬉しいならまた作るわ。料理はあんがい、立って動くから体力作りにもなると思うのよ」
「それはいいことだ。ぜひ率先してやってくれ、今の君は、抱きしめるとすっかり覆い隠せそうなほど華奢なのだしその体では体調も芳しくないだろう。俺としては暴漢に襲われた時が心配だ、相手を伸すぐらい頑強になってほしいと思う」
心底真面目にそういう彼はやっぱりニコリともしないし、それは冗談ではないらしくシェリルもそうなった自分を想像してみたが、まったくもってそんなふうになれる気もしない。
それに正直それほどかと思う。
彼に抱きしめられた時だって、シェリルは身長こそないもののしっかりと抱きしめ返せているし暴漢に襲われたって逃げ出すぐらいはできると思う。
彼がそんなに心配するほどシェリルは弱々しく無いはずだ。
「そんなに強い女性になれるかどうかはわからないけれど、いまだってなんとかなるはずよ、意外と人間てやればできるものだし」
「……その根拠のない自信はどこからあふれ出てくるんだ?」
「根拠……」
さらに機嫌が悪そうな顔になって彼の中性的な顔が歪むと、なんだか酷く悪い事をしているような気分になってくるが、クライドはこれで通常運転でありシェリルも長年その顔でそばに居られたので慣れっこである。
……根拠っていわれても実際、アルバートに呼ばれて、彼を満足させるために社交に出て目が回りながらダンスを踊ったり、長時間馬車で連れまわされたこともあったわ。
けれどギリギリで大体生きているもの。そう簡単に人間、命は失わないと思うのよ。
さらには今は魔力だって潤沢なのだ。魔力とは生命力に直結する。あのころに比べたら随分とましな状態だろう。
そう思うが、それを彼に言うとなぜだか、そういう問題ではないだろうと言われる気がして、シェリルは黙った。
彼はあんがい過保護なのだ。
こうして役目から解放されて、きっとそのうち彼のように身長も伸びて剣を握れるようになったりもするだろう。まだまだ育ち盛りでこれから……。
そう思って自分の体を見るべく視線を落とした。
「……」
「お、怒っているわけじゃない。ただどうにも君は、自分の状態を正しく認識していないんじゃないかと不安になるような言動をするものだから」
「……」
「いくら成人している歳でも体は今までの苦悩を忘れていない。どうか無理はしないと言って欲しい」
……そうよね、私、アルバートがあまりにも普通に接して普通の人間のように扱うから気にも留めていなかったけれど、もう成人する歳でこれ以上成長する余地がないのよね。
だとすると、自分の体はあまりにも貧相で、同じ年頃のアルバートの友人の令嬢を思いだす。
彼女はゆったりとした体つきで、けれども腰にはメリハリがあって女性らしい体型をしていた。
本来あれが正常で、あの体型が女性らしい普通のものだろう。
しかしシェリルの体はどうだろうか、最低限の子供のような体つきである。
「…………無理はしないわ」
「そうか、そう言ってくれるだけで幾分、心持ちが違うな」
少し彼の表情が和らいで、珍しいことにシェリルはそちらに気を取られてしまう。
彼はこうして不機嫌を表に出していないときは、うっとりしてしまうぐらい美形である。
男性らしさよりも瞳が切れ長で肌がきれいで中性的な美しさがあるが、その体はバランスよく厚みがあり、女性の理想とするところの男性像にぴったりだ。
その金髪には、華やかな衣装が似合いそうだと思う反面、彼の顔面が十二分に華やかなので今の上品な刺繍だけの装飾の衣装でも彼はいるだけで映える存在である。
そしてはたと思った。もしかしてつり合いが取れていないのではないか……と。




