48 役目
馬車を降りた時点で、くたくたとまではいかないけれど、いったん着替えて部屋着でのんびり過ごしたいような気持ちだった。
しかし、大きく息を吸ってそれからゆっくりと吐き出す。
帰り道から考え込んでいるクライドの心中を察するのは簡単であるが、その心の中は単純ではない。
シェリルの策は功を成し、ルーファスの権力をそいでハリエットの提案を多くの人が納得した。これでシェリルはもう、あの役目に戻る心配をする必要はなくなった。
これからもずっと安心してクライドのそばにいることができる。
しかし、エルウッド公爵の態度や言葉はその成功を素直に喜ぶことができないようなものだった。
実際にハリエットの提案を成功させるには、エルウッド公爵を説得する必要があるだろう。
そしてその役目をきっとクライドは自分の役目だと考えている……と思う。
成功を喜ぶことだけできたら良かったのにと思うけれど、問題があるのだから仕方がない。
ここで見てみないふりをしては、自分たちは安全なところにいたまま苦悩を背負った人を見て見ぬふりをしていた貴族たちとそう変わらない存在になってしまう。
だからこそ、また大きく息を吸って姿勢をただし、できるだけ頼りがいがあるふうに見えるようにして、シェリルはクライドのそばでその手に触れた。
「クライド」
「……」
呼びかけて手を握ると、クライドはシェリルの方をちらっと見て、それから強く腕を引いてきつく抱きしめた。
胸が圧迫されるほど強く抱きしめられたので少し息が苦しいけれど、その圧迫感ですら彼の強い思いを感じるようでなんだか心地がいい。
頬にキスをされて、シェリルもそうし返した。
「君はすごい」
気恥ずかしそうにシェリルからのキスを受けて、クライドは身をかがませながらそう言った。
「そうでもないわ」
「いいや。俺はそう思う……良かった。もう、シェリルが当たり前のように苦しめられる未来がこないと思うと嬉しくて、しょうがない」
「……」
「なんなら祝いのパーティーでも開きたいぐらいなんだが……ただ、俺にもやらなければならないことがあるみたいだ」
彼の声は喜んでも喜びきれないその感情をうまく表していて、暗くも明るくもなくて、表情はぎこちない笑みだった。
「お父さまとのけじめをつけるのね」
「ああ。元からどうしようもない人だと思っていたが、この状況でも保身のことしか考えていないとは……さすがに身内として放っておけない」
彼はよどみなく続けて言ったが、そうするためにシェリルから離れることをとても名残惜しく思っているらしく、シェリルの髪に触れて、肩を撫でて言葉を続ける。
「ハリエット王女殿下の提案を受け入れるように説得、あるいは……まぁ色々としてくる。それでどうなるかは正直分からないが、君が苦労して通した案なんだ。俺ができることをやらないわけにはいかない」
そうは言うが、クライドはそれを心からしたいと望んでいるわけではなさそうだ。
どうするのかシェリルにはよくわからないが、クライドがうまいこと人を操って納得させる手立てを思いついているような気はしない。
きっと真正面からぶつかって、なにがなんでも戦果を持ち帰ってくることだろう。
……手にかけるまではいかなくても、いうことを利かせるなにかをするのよね。
説得に応じる様な人ではないだろうことは、話し合いの場で十分にわかっている。
だからそれで、成果が得られない場合には別の手段を使うことになって、それをあまりやりたくないから彼はこんな顔をしている。
「なに、たいしたことのない仕事だ。俺がやるべきで、なんとかなるとは思う。それでこの話がうまくいったらきっと二人でお祝いをしよう。……君はその算段でもしてここで待っていてほしい」
「一人で行くの?」
「ああ」
「本当にたいしたことのない、仕事なのね?」
「そうだ」
シェリルの質問に彼は覚悟を決めながら、きっぱり答えた。
その手がシェリルの頬を撫でてそれからやっと離れていく。
シェリルと同じように相手を安心させるために強気な笑みを浮かべる彼は、どこからどう見てもかっこいい。
守ってくれるところも、心配してくれるところも、愛してくれるところも、心の底から彼から与えられるすべてのことが大好きだ。
……だから。
「ねぇ、クライド」
「なんだ?」
「たいしたことがないのなら、あなたがそう言うのなら」
……私もあなたを支えたい。あなたが大切で、誰より愛しているんだもの。
「私が一緒に背負ってもいいはずよ。一人で行かないで、私にもそばにいさせてほしいのよ」
どうしようもなくて、どうしても苦痛を背負わなければならないのなら、そんな顔をするような苦しい気持ちを抱えているなら、共にいたい。
シェリルは愛されているだけで満足して、屋敷の中でまったりと彼を待っているだけの存在ではない。
……私たちは夫婦だもの。
「それに、あなた一人ではいい案が思い浮かばないことでも、一緒に考えたら名案が浮かぶかもしれないわ。エルウッド公爵を説得するのは骨の折れる仕事だもの。二人で協力した方が効率がいいわ」
「……協力なんて……あの人は君の気分を悪くさせるだけの最悪な人間だ。どうせ論理的に話をしても納得しない。実力行使だろうと無理矢理にでもいうことを利かせるしかないんだ」
シェリルが提案すると、クライドの頭の中には、実力行使の四文字が占めていることを素直に話す。
それはもちろん承知のうえで、それではクライドが危険な目に遭うかもしれないし、身内を手にかけるなんてそんな気分の悪いことはないだろう。
見ていればそれを彼がやりたくないと思っていることは明白だ。だからこそ提案している。
「本当にそうかしら。……それは最終手段として取っておくのでは駄目かしら。クライド、私一つとてもいい案を思いついたのよ」
クライドを見上げて、笑みを浮かべる。自分が傷つくかもしれないのに、それほどまっすぐに向き合わなくたっていいんだ。
相手は自分をそれほど丁寧には扱っていないのだから、自分だって同じように意見を通すだけである。
それはここ数ヶ月でシェリルが深く深く思い知ったことであり、彼に教えてもらったことでもある。
シェリルの言葉にクライドは、長考して、それから渋い表情になった。けれども小さくため息をついてそれから言った。
「君にそう言われるとどうしても期待してしまう気持ちになるな。シェリル……話を聞かせてくれないか? 俺もmなにもエルウッド公爵に喜んで制裁を加えたいわけじゃあないんだ」
「ええ」
彼は折れて、そうしてシェリルは思いついたばかりの作戦を話す。実現可能かという点で、クライドはとても悩んでいる様子だったし安全性についても気にしていた。
けれどともかくやってみようということになり早々にシェリルたちは騎士団本部へと向かったのだった。




