43 施策
屋敷に戻ったシェリルは、二日後の会議に向けてそれらしい準備を進めた。
クライドには情報を共有して、話の展開について事前に説明はしてあるが、彼はほんの少しでもシェリルがまたあの役目に戻る可能性があることを恐れているようで完全には賛同しているわけではなかった。
けれども、邪魔をしたり止めることはなく、むしろ協力をしてくれる。
より良い形で会議の日を迎えられるように彼も望んでくれている様子だった。
ただ、街の様子は悪化することもないけれど警戒が解かれるほどに安全を保障されることはない。
クライドも屋敷にいる時間よりも、騎士として戦場に出ている時間の方が長い。そのたびに血まみれの状態で帰宅して本人は疲れを見せないけれども、苦労していることは明白だ。
やはり以前から話に聞いていた通り騎士団の腐敗は激しく、もとから少ない戦力がうまく利用されていないのだろう。
クライド個人としては魔獣にも負けることはないほど力を持っている、しかし国全体としては対処が追いついていない。
それは彼にとっても心苦しい状況で、けれど問題は一つ一つ解決していくしかない。
そう考えてシェリルはまずは自分のことに焦点を当てて、できるだけ多くの知識を入れて会議に臨んだ。
「今回俺は君の守りに徹する騎士として振る舞う。それでいいんだよな」
「ええ、よろしくね。クライド」
「ああ」
最後に確認をして、シェリルたちは王城へと向かった。集まっている上級貴族の中には見知った顔ぶれもいて、クライドの父であるエルウッド公爵や、レジナルド、他にも数名とは面識があった。
しかし不要な雑談をするような雰囲気でもないし、実際にそんな暇もないだろう。
あてがわれた席は、王族の次にくらいの高い席で、シェリルは爵位的には一番下座に座るべき人間なのでそれなりに注目を集めることになった。
席が埋まって、王族が入室し、全員が立ってそれを出迎える。
ハリエットの後ろにはセラフィーナの姿もあり、元気な姿を見ることができて少し安心だ。
シェリルの隣にはハリエットが座り、ルーファスと向き合うような位置にシェリルはいた。
「ふむ、皆そろっているな。それでは魔獣出現に関する緊急会議を始める。まずは事情の説明から始めよう」
サイラスがそう号令をかけると、事務官によって書類が配られ、サイラスの側近が事のあらましを説明する。
その説明は、おおむねシェリルが知っていることと一致していて、貴族たちもその説明に納得している様子だった。
ただ、新しい情報としては大きな森からはより強力な魔獣が出現しているということだ。
サイラスやロザリンドなど魔力の強い、人間が臨時で戦場に赴き、魔力的なサポートを行って対処し、強力な魔獣の出現については一時落ち着きを見せている。
現在は、騎士団や魔法使いが対処しているが、それほど長い期間持ちこたえることができないことも情報としてあげられた。
それについて、エルウッド公爵にサイラスは具体的に言うとどの程度持ちこたえられるかと問いかけたが、その答えは具体的なものではなくそれは彼らの頑張り次第という返答でなんだかふんわりとしていた。
そんなやり取りもあって質疑応答の時間が設けられて、話し合いは進んでいく。シェリルはその間に、手に持っていた小さな布袋から、一般的なサイズのサイコロを取り出して机の上に置いた。
「そしてこれからの施策についてだが、それはルーファスの方から説明をさせよう」
「はい、父上」
ルーファスはサイラスに指名されて、笑みを浮かべて貴族たちに視線を向ける。
配布された資料には、シェリルが手紙で送った契約内容や新しい精霊の守護像の製造方法、必要な魔石についてなどの記載があり、自分で作った文面なので新しい発見もない。
「先ほど父上から説明があったとおり、今我が国は危機に瀕している。そしてその危機は我々が精霊様の守護を失うことになったからだね。その原因についての言及よりも、今は一刻も早く今までの平穏を取り戻し誠意を見せるのが最善だと私は思う」
ルーファスの言葉にすべての貴族が頷き、サイラスもロザリンドもその通りだと言わんばかりの表情だった。
「しかし、精霊の守護像の契約というのは非常に苦痛を伴う行為だ。それこそ忍耐力のないものでは正気を失ってしまうほどに……ただそれも今の国の状態を考えれば当たり前のことだろうと頷くことができる」
続けて言った言葉を疑問に思った貴族が「と、言いますと?」と問いかけると、ルーファスは手ぶりをつけて彼らに語りかけるように続けた。
「騎士団や魔法使いが総力を挙げて対応をしているというのに未だ安全が確保できない。そしてその対応しきれないような魔獣のすべてをたった一人の精霊との契約で支えていたのだ、その苦悩が人一人を狂わせるのに十分だったことを私たちはもっときちんと理解をしておくべきだった」
「ほう」
「それはたしかにその通りじゃな」
「だからこそ今まで以上のサポートや、きちんとした配慮をもってして、私たち王族はこの国のために身をささげたいと思っている。つまり、精霊の守護像を新しく作り直し、できるだけ早く平穏を取り戻すことを約束する」
「おお、なんと」
「それは素晴らしいことですな」
貴族たちは、ルーファスの語りにのまれて、皆が望んでいた結論を言う彼に笑みを浮かべて同意する。
それは彼らにとって願ってやまないことだろう。誰もがこんなに酷い被害を受けるとは思っていなかった。
だからこそ、心のそこで、ウォルフォード伯爵の仕事を侮っていた節もあったのかもしれない。
魔獣を密輸したり、魔獣を使った娯楽をしたり、そういうことをしていたのはめっぽう上級貴族の息のかかった貴族たちだった。
そんな彼らは王族を大きな声で責め立てることはできないけれども、以前と同様の安全を望んでいる。
その心が透けて見えて、シェリルはそろそろかと小さく深呼吸をして背筋をただした。




