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【連載版】たいした苦悩じゃないのよね?  作者: ぽんぽこ狸


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41/54

41 交戦




 時は少しさかのぼり、クライドは王都のすぐそばにある林の中にいた。


 緊急事態を知らせる鐘の音がなり、騎士団の本部に到着すると精霊の守護像に異変があったことが伝えられ、その結果国中に魔獣があふれ人々に牙をむいているらしい。


 彼らはどうやら人を襲わないだけであり、生息地である森の中にはきっちりと潜んでいて、精霊の守護を失った人間をやっと襲うことができると、ここぞとばかりに次から次へと人を喰らうためにやってくる。


 すでに平民の町の被害はひどいもので、貴族街の方でも街中に魔獣が出没し阿鼻叫喚の事態らしい。


 それを知ってクライドはすぐにシェリルの元に帰りたくなった。魔獣を前にして恐れをなしたというわけではない。ただ彼女は血なまぐさいことが得意ではないのだ。


 そばにいて安心させてやりたいし、こんなときこそ二人でいたい。


 しかし、今、クライドがこの場所を離れることもまたできない。


 切っても切っても現れる魔獣はそれこそ無限に湧いて出てきているように感じるほど多く、そして彼らは魔力をもった生物である以上、魔法を駆使して戦闘を挑んでくる。


「クソッ、クソォ! な、なんで俺がこんな目に!!」

「まだまだ来てる! なんであんなにたくさんいるんだ!」

「うわぁぁ!!」


 叫び声や弱音があちらこちらから聞こえて、敵前逃亡をした騎士の顔など覚えていない。


 覚える必要もない、なぜなら覚える間もなく背を向けた途端に魔獣に食い殺されたからだ。


 多くの騎士たちは魔獣と戦うことなどまったく想定していない。彼らはこうして魔獣と相対することになったことは酷い不運だとしか思っていないだろう。


 弱腰に剣を持ち、引けた腰で剣を振り回す。その様子はまるで怯えた子供のようだった。


「っ、どけ。少し後ろに下がっていろ」


 そんな調子で勝てるはずもない、声をかけて目の前の魔獣を切り捨ててから、彼らの前に出る。


 指を鳴らして火球をぶつけ、怯んだすきをみて兎の魔獣を切り裂く。


 返り血を気にしているひまなどなく、後ろにいる彼らは呼吸を荒くして、恐怖に見開いた目をクライドに向けているだけだった。


 そんな様子に舌打ちをして、もう何時間こうしているかわからない状況に苛立ちが募る。


「ま、まだきてるぞ!」

「頼む助けてくれ!」


 いつの間にかクライドの後ろを陣取って指摘する彼らにクライドはもう呆れる感情すらなかった。


 そのうちの一人が、剣を下ろしてクライドに指さし指示をしたことによって横からネズミの魔獣に襲われて首に噛みつかれようとクライドはただ目の前の魔獣を切り捨てるだけだ。


「ぎゃぁあ!!」

「うわぁ!」


 叫び声をあげるだけで、仲間がやられてももう一人はクライドの後ろから飛び出して逃げていく。


「うわぁ!! ちょ、危ないから! 先輩方! もうしばらくで応援も来るって話ですから! ここは耐えるときですって!!」


 しかし、様子を確認しに来たトバイアスがすぐにネズミの魔獣を切り捨てて、負傷した騎士はなんとか自分で水の魔法の癒しを行う。


「ありがとう、ありがとう。トバイアス」

「いいんです。頑張りましょう。 クライド、ちょっと西側がまずいらしくてこっちが落ち着いたら救援にって……」

「……」

「どうか……ああこれ」


 トバイアスは伝えようとした業務連絡を途中で言い淀み、クライドの顔を覗き込んだ。


 それはきっとクライドが、酷い表情をしていたからだと思う。


 そうしてやっと、自身のその傷跡に気がついたみたいな顔をしてトバイアスは耳から頬にかけてある傷に触れた。


「噂には聞いてたけれど魔獣って本当に魔法を使ってくるんだね。やっぱり俺じゃあ対処が難しいよ、クライドとは違って」

「……そうか」

「君はやっぱり強いね、こんな状況でもまったく動じていないし」

「そんなことはない」

「うっそだ、いつもと変わらない返事じゃん」

「君は、いいからさがていてくれ」


 クライドはトバイアスと話をすることをやめて、彼の腕をつかんで自分の後ろに移動させる。


 彼は素直にそれに従った。


 こんなときでもお構いなしに、魔獣は次から次に襲い掛かってきて、クライドは先程よりも乱暴に切り捨てて、さらに憎らしく思う。


 怠けていたせいで、いつかこんな時が来るとわかっていながら訓練を怠った騎士たちのことなど、どうでもいいとまでは言わないが、自業自得だと思う。


 けれども彼は違うだろう。


 それにこんな場所で酷使されるべき存在じゃない。もっときちんとした場での交戦だったらきっと、しっかり貢献して戦果をあげられる人間だ。


 彼も傷つくことなど覚悟をしてこの場にいるとしても、それでも努力をしていなかった騎士たちを守って傷を負って戦うために彼は剣を極めたわけではない。


 それを思うと、胸の奥がじりじりと燃えるように熱くて、このままではいけないと強く思った。




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