38 思い
到着すると、彼は相変わらず人の好さそうな笑みを浮かべつつも、ハリエットではなくシェリルに視線を向けて、改めて言った。
「それじゃあまず改めて今回の件、それに以前の弟の行動についても謝罪をさせてほしい。ウィルトン伯爵、君は誉れ高い使命をまっとうしていたにもかかわらず弟はそれを奪い取るようなことをして、結果こんな事態になった事、同じ一族として恥だと思っているよ。それはハリエットも同じだよね?」
「え、ええ。けれど今話し合うべきは━━━━」
「そう、これからのことだ、こうして話し合いの場にウィルトン伯爵がいると、精霊様との契約が容易になるということだったと思うけれど」
彼は相変わらず話し合いの主導権を渡す気はなく、ハリエットの言葉をさえぎってシェリルに確認をする。
……その考え方でおおむねは間違っていないけれど、正しいかと言われたら微妙なところも指摘しづらいわね。
彼の言葉に頷きつつもシェリルはなんだか妙なことになったと思う。
先ほどまでのハリエットの話をうかつに出していいものかもわからないので彼が話を進めるのを待つしかない。
シェリルが頷くと彼はなるほどといった具合に口元に手を持っていき、それから手ぶりをつけて優しげな声で言う。
「そうだよね。それこそ精霊様に常に信心深く接して、真面目に役目をこなしていた証拠だ。素晴らしいことだよ。ウィルトン伯爵」
「ありがとうございます」
「それに弟は、君の仕事をたいしたことはないなどと言って侮っていたけれど、決してそんなことはないよね。日々暮らすのに最低限の魔力しか持たず、魔力欠乏ギリギリで活発な幼いころから過ごしていくだなんてとても考えられない努力と苦悩だ」
ルーファスはそうしてシェリルのことをねぎらい、理解を示す。その言葉がまったく嬉しくないわけではないけれど、どうして急にそんなことを言うのかがよくわからない。
「そしてそれがあったからだからこそ、我がセルレアン王国はこれほど平和で今まで、不安を抱えることなく教授できたそれを私は改めて実感したよ」
「そうですわね。わたくしも魔獣の襲撃がこんなにも恐ろしいものだとは思っていませんでしたわ」
「ああ、だからこそ一刻も早く国民のために我々は策を打つ必要がある。かといって、精霊の守護像はどうやらアルバートの手によって壊されてしまった、新しく精霊様のお力を借りるための契約が必要だ」
ここまでが前置きだったのか、やっと次の話に進むのだろうとシェリルは相槌を打った。
「しかし、今までと同じように契約をすることは、その一人に対する負担が大きすぎる。とてもじゃないが人に簡単に背負って欲しいなどとはいえるものじゃない」
「ええ、その通りですわ。お兄さま」
「なんなら私がと声をあげられたらどれほどかと思う」
ハリエットがそこから別の方向に話を持っていきたいことはわかるが、ルーファスはなかなか隙を見せずに話をつないでいく。
「孤独にさいなまれながらも、精霊様を想い続けて魔力をささげるなどとても簡単にできることではない。けれど、今のままでは多くの民が死に、我々は大きな損害を被ることになる。どうしたって、魔獣に対抗する手段は必要だ」
「はい、だからこそ! わたくしは一人一人がその選択肢が持てるように、個別に契約を成すための守護像を小規模にした契約をと考えていますわ」
「それは……本当にできるのかな、正直分からないだろう? やってみたこともないのに時間を割いて多くの民を傷つける、それは本当に王族のやるべきことかな?」
「え? ……でもルーファスお兄さまも、今までの精霊の守護像の契約では一人の負担が大きすぎるとお思いなのよね」
「それはもちろんだ。しかし我々は王族であり……自己犠牲をしてでも民を守る決断をするべきだ。それを君は否定するのかな、ハリエット」
「そ、そうではなく━━━━」
ハリエットの言葉をうまく言い換えてルーファスは自分の考えを口にしていく。
ハリエットの表情は険しくなっていき、伝わらないに思いにやるせなさを感じているようだった。




