32 性根
アドルフは、アルバートから届いたとある手紙を読んで気持ちが焦っていた。
王都から離れて、こうしてアデレイドのために生活をしているけれども、それだって本当にこれからのためになっているのかどうかははなはだ疑問だった。
「あちらに一泊して戻ってくるつもりだから、それまでは自由にしてもらって構わないけれど、使用人たちには馬車は出さないようにと言ってありますから」
「……」
「もし退屈だったら俺の書庫に本も置いてありますし、気分転換に散歩にでも出てみたらどうですか?」
「……」
用件を伝えるためと彼女の顔を見てから出発するために、会いに来たのだが、アデレイドは抗議のつもりかここ最近は口をきいてくれない。
隙をついて王都に帰ろうとするし、油断できない状況だけれど、そうも言っていられない。
アルバートから届いた手紙には、詳しくは書くことができないけれど精霊に関する新しい事実が書かれている書物が発見されて、これからは新しい契約をすることもできるようになるかもしれない。
そんな内容だった。
それはたしかに素晴らしいことだと思ったけれど、問題はアルバートの言い分だった。
彼はそのことをとても喜んでいて、そうとなれば一番に救われるべきは自分だろうと豪語していた。
あれこれと自分をウォルフォード伯爵として魔力を奉納させる従者たちに苛烈な誹謗中傷を書き、こんなことを無理やりやらせている彼らに対して今に見てろと考えている様子だった。
この発見は誰よりも自分のためのものであり、それが自分を救うものだと信じてやまない、そんな内容の手紙はどこか狂気的で、なにか致命的な出来事が起こってしまうのではないか。そんなふうに思えた。
そんなことになってしまえば彼の立場が今後どうなるかはわからない。
今までアドルフが彼から受けた恩恵は、それほど素晴らしいものだけではなかったし、今は彼にはもう何の力もない。
しかし、長年の友人であり、決して善良な人ではないとわかっていつつも無視することはできない。
せめて、話をして事情を聴いて、悪いたくらみをしないようにだけは注意喚起をするべきだと思う。
「……あなたなんかいない方がせいせいする。いっそ帰ってこなければいいのに」
しばらくそこにとどまっていたせいか、アデレイドがぽつりと言って、鋭い目つきでこちらを見た。
今の状況でも彼女とアドルフは、それなりに静かに穏やかな生活を送れているが、彼女自身にとってはこの状況は苦痛でしかなく、無視するかたまに毒を吐くかそれ以外でアデレイドはアドルフになにも伝えることはない。
それはまったく幸福な結婚生活なんかではなかった。
けれどアデレイドが魅力的な男性が多いあの場所で問題を起し続け、慰謝料の請求などに追われて人生を終わりにするのをただ見ているだけならばこうしている方がよっぽどましだ。
今もそう思うし、好かれていなくても構わない。それにアドルフだって綺麗な人間ではない。
王族に取り入って打算的に都合のいい人間を演じた。
それで傷つけた人もいるだろうし、そうしていることによって利益を得ていた。
その因果でシェリルを二度も傷つけることになったし、半分以上はアドルフのせいだっただろう。
だから、性根の悪い人間同士ならきっとちょうどいい。
アデレイドだって、きっとこんな程度のたかがしれている男と代わり映えのしない日常を送るぐらいが一番お似合いだ。
「帰ってきます、流石に」
「……」
「行ってきます」
そう言って、アドルフは屋敷を出て王都へと向かった。
そしてアルバートがウォルフォード伯爵になってから何度も足を運んでいるその屋敷へ迷いなく進んだ。
しかし、そこは普段と様子が変わっていて、たくさんの馬車が止まっていて、険しい顔をした騎士が何人も忙しなく走り回っている。
途端、カラーン、カラーンという鐘の音が響く、その音はどんな時とも違って明らかにならす速度も長さも異常でそれが、非常事態を表す音だとアドルフはやっと気がついた。
そして、伯爵家から引きずり出されて、乱暴に馬車に乗せられるアルバートをみてアドルフは手遅れだと悟ったのだった。




