31 指摘
「難しい事情ですし、シェリル様にはやはり普通の令嬢のように、同性で尊敬のできる人という方がいらっしゃいませんので、説明を頼める相手というのは思いつきません」
「そうだよな。だからといって、放置するというわけにもいかないし、彼女はあれでいて、頑固で理論的なところがあるから濁した説明などしたら逆に危険だろう」
「はい。わたくしもそのように思います」
クライドの言葉にアシュリーも同意して、結局二人はシェリルに対する適切な対応を思いつくことはなく、首をひねって沈黙する。
……いっそ、資料的なものを用意して、シェリルに渡すか?
誰にも頼れないのであれば、彼女に自発的に知ってもらえばいいのではないかと考えるが、そんな資料の心当たりなどそもそもない。
それに変なことを書いてあったら困る。シェリルのまっさらで綺麗なクライドを思ってくれる気持ちががらりと変わってしまうような強烈なものだったりしたら大変なことだろう。
それにそんな知識や行為などとても些細なことだ。普段から示して共に暮らす愛情の何十分の一にも満たない些末な行為だ。
……だが男性と女性として存在しているからには消して取り払えない壁があるというか……。
そうして、頭の中は堂々巡りになって、クライドは紅茶を口に運んだ。
すると悩む二人を見て、マイルズは少し笑ってそれから言った。
「おや、適任がいるではありませんか。クライド様」
「適任?」
「ええ」
「それは誰だ、俺にはまったく思いつかなかったのだが」
意外に思って問いかけると、彼はなんてことのないような顔で「あなた様です」と言う。
その言葉に目を見開き、クライドは驚いて、それからすぐに否定した。
「いやいや、それこそ俺が指摘するべきことじゃあない。俺がそんなことを言えばシェリルだって気が動転するだろうし……なにより、気持ちが悪いと思われてしまう可能性だってあるだろうし」
「そうですね。しかし、それはきっと誰が言ったところでシェリル様がどう感じるかはさして変わりがないのではありませんか」
クライドは咄嗟にそうできない言い訳を口にしたが、言葉にしてみると自分はなんとも女々しい心配をしている気がして、マイルズの言葉が胸に刺さる。
「シェリル様は、あなた様のお言葉をとても深く、心に受け止める方です。最近のシェリル様の態度を見ていれば、あなた様の言葉のすべては彼女にきちんと伝わりそれは彼女の行動としてまたきちんと、あなた様に反映されていると思いますよ」
「それは、もちろんわたくしも思っています。クライド様のことを誰より大切にしたいのだとも今日も仰っていましたから」
従者の二人は結託したようにそうして、シェリルのクライドに対する思いを話す。
それはまったく心当たりのない言葉ではなくて、しかし傍から見てもそう思われていたというのはなんだか、羞恥心を掻き立てる。
「……そうか?」
「はい、もちろんです」
「ええ、ですから、きちんと前置きをして、女性として意識をしているから過度なスキンシップをすることを躊躇するとお伝えすればいいのです。なにもそれほど難しい話ではありませんよ」
彼は達観したように言って、マイルズに言われるとたしかにそんな気もしてくるし、大した困難なんかではない。
これはただの日常のちょっとした問題で、これからもきっとそんなこともあったり、時たま立ち止まったり、すれ違ったりするだろう。
けれども今はそれをクライドは自分の行動で解決することができるし、シェリルはクライドのことをまっすぐに見ていて誰より大切だと思ってくれている。
もうあの時とは違って、お互いを見つめているのだから、たいして難しいことではない。
「……そうかもしれない。よし、彼女に納得のいく説明をできるように考えておくことにする」
「それがいいでしょう」
「お話がまとまってよかったです」
クライドが決意をすると二人とも、安心したように返して、夜中の密会はお開きとなった。
そしてタイミングを見て、クライドはシェリルに男女のキス以上の関係性について話をした。
あまりに丁寧に話をしたのでどうしても照れて顔が赤くなってしまうと、つられるように彼女も赤くなって、二人の間に流れる雰囲気は男女の関係らしく、少しの変化を生んだのだった。




