3 決意
たった一人の言葉で、それも今まで普通にやってきたことで、彼の気持ちを今更シェリルが知っただけなのに、そう言われるかもしれない。
気が弱いとか、子供っぽいとか自分の役目を放棄することをそう言い表されるかもしれないとシェリルは覚悟していた。
けれどもウォルフォード伯爵を守るためだけについているクライドにはきちんと言わなければと思って、シェリルは彼が下がる前に視線を向けた。
「……今日、アルバートに手紙を出したわ。私……情けないし無責任だと言われるかもしれないけれど、自分の願いがきれいごとだからと言ってあきらめたくないの」
「……」
彼は突然そう言ったシェリルに対して、静かに鋭い視線を向けるだけで体ごと振り返ることはなく、彼にとってはあまり興味のないことだったかもしれないと思う。
「でも、たぶんあの人には手の施しようがなくて、私は今までもこれからも自分が納得できる形でしか、なにかをできない。今の仕事をこのまま続けることはできない。理不尽は吞み込めない。だから、ごめんなさい、クライド。手間をかけることになるわ」
自己中心的な判断だとわかっていても頭を下げた。
すると彼は、少し考えて言った。
「……当てはあるのか?」
「無いけれどきっと大丈夫」
その言葉は別に、希望的観測でもなんでも無かった。ただの事実だ。そう判断できる。
しかしクライドは目を見開いて、眉間にしわを寄せてシェリルに言う。
「大丈夫なわけない…………ずっと酷使されてきたじゃないか。シェリル……それなら少し無理をしてでも俺のところに、来ればいい」
苦しげに彼は言ったが、その言葉は間違いなく優しさをはらんでいて、彼のところというのは彼の実家の話だろうと思う。
その言葉に思わず目を丸くした。
……来ればいいって……そんなの……それに、もしかしてこの人こんなに苦しそうな顔をしてまさか勘違いしている?
「逃げ出すのなら協力する。あんなふうに蔑ろにされながら生きる必要なんかない。でも、やっと逃げ出す気になったんだ、良かった。シェリル」
「やっとって……あなたそんなふうに思っていたの」
「……だって、君は弱音を吐かないし。俺が言うべき言葉じゃないから」
「し、知らなかった。でもありがとう」
咄嗟にお礼を言うと彼は少しきまずそうな顔をして「いや」となにかを否定して顔を逸らした。
しかしやっぱり勘違いしている。
それだけは訂正しておこうとシェリルは「だけど」と続けたのだった。
「んで? なんだよ、父上や母上まで使って呼びつけて、今までこんなことなかっただろ」
アルバートは礼拝堂の祭壇前で仁王立ちになり、シェリルに対して怪訝な表情を浮かべて問いかけた。
酷くイラついているということは見て取れたが、シェリルは今日魔力の奉納を行っていないのでいつもよりも体も心も強く持つことができる。
それに、常に後ろに控えてくれているクライドがシェリルのことを陰ながら応援してくれていたことを知ったことによってさらにやる気が出た。
自分の中に答えはあったけれど確固たるものではなかった。
だからこそ、今示してもらう必要がある。
「たしかに、今まではいつかわかってもらえればいいと思っていたからこんなふうにアルバートに強制することもなかったわ」
「わかってもらう? ……ハッ、ああそういうことか、だからこんな場所なんだな」
「そうよ。いくらあなたでも、わかるわよね」
そう言って普段から魔力をささげている像の元へと足を進める。
シェリルの青い魔力は魔石の半分以下のサイズになっていた。
「なんだその言い草。私はな、ただ君が甘えているから仕方なく、叱ってやっていたんだ。なにも間違ってなんかいない」
「……」
「子供の頃からやっていることが今更つらい訳がないだろ。たしかに重要な仕事だが、だからと言って君に合わせていたらどこにも行けないしなにもできない」
彼はわかり切ったことのように言う。
「そんなに主張するなら、私を論破できるだけの説明をしてみろ、合理的にな」
「それは、もちろん━━━━」
「おっと、感情的になるなよ。女はこれだから、どうせ、私を感情的に言いくるめて自分の思い通りにしてやろうと考えているんだろう、お見通しだ」
「だから、せつめ━━━━」
「そもそも! 私をこんな場所に問答無用で呼びつける権利が君にあるというのがおかしい。君が魔力を奉納しているから伯爵なのだと言っても、私は第二王子だぞ」
……やっぱり、説明しろと言いつつもそんな話聞きたくもないのね。
彼の行動には腹が立つけれど、それでも自分の中の彼に対する気持ちはさらに確信に変わり、シェリルは速やかに、次の段階に移った。
「っ、あなたっていつもそう! 私の仕事のことを知ろうともしないで! どんなに大変か本当の意味では分からないくせに大袈裟だ、大したことないなんて言ってっ」
「!」
「こんなにつらいのになんの配慮もされずにこれから生きていくなんてことできないっ、どうしてそう軽んじるの!?」
シェリルはヒステリックに彼が言葉を返す暇など与えずに叫んだ。
物の少ない礼拝堂に、甲高い声がこだまして、アルバートもその使用人たちも驚いた様子でシェリルを見つめる。
普段の様子からは想像もつかなかった行動だからだろう。しかしアルバートはそこからすぐに嫌悪に表情を変えた。
「日ごろから重たい体を引きずって必死に生きているのに、どうして夫になる人にこんなに軽んじられなければいけないの!?」
「だから、それはっ!」
「どうせたいしたことない仕事だから? 子供の時でもできていた仕事だから?」
「そうだ! それをここぞとばかりに主張しやがって、本当にたいしたことなんてない癖に、うるさいんだよ! どうせ皆が自分に気をつかうのが嬉しいんだろ」
「そんなことない、あなたはやったことがないのにどうしてそう言えるの?! 実際にやっているのは私っ! 大変かどうかを決めるのだって私!」
アルバートも怒鳴り返すとすぐに言い合いのようになり、二人の怒鳴り声が礼拝堂内に響きわたる。




