24 答え
「……聞こえる声にお願いをしてみたの、そしたら代償が必要なのですって、こんなことまで現実に沿っているなんて驚きましたわ」
「ええ、それで声はなんと?」
「わたくしの魔法属性である炎の魔法の祝福を、魔力を代償で契約をすると」
「その言葉の相手は……精霊ですのよね? ハリエット」
ハリエットの言葉を聞いたロザリンドはすぐにペンを取り特殊なインク壺を開ける。
そのインク壺はそれ自体が大きな魔法石になっていてその中を丁寧にくりぬき、特殊な製法で作られたインクを入れる。
すると魔法石に刻まれたその魔法が徐々に移り、そのインクで書かれた文字は契約の魔法を帯びる。
慣れた様子でさらさらと契約書と記載し、続いて相手と条件を記載していくロザリンドの手に迷いはない。
ハリエットは問いかけられて、あきらめた様子で「答えはすぐに出るでしょう」と静かに言った。
その様子を見てロザリンドがなにを思っているのかわからない。けれども少しためらってから、ロザリンドは簡素な契約書を最後まで書ききり、ハリエットの方へと差し出してサインを求めた。
「ここに名前を」
「はい」
「精霊様がどう契約を締結するかわからないけれど、守護像の伝説では……」
ハリエットが名前を書いているうちに、ロザリンドは思いだすように言った。
ハリエットは名前を書き終わってペンを離す。
「契約者が記名を終えると、途端に契約魔法は締結され」
直後に、書類は、キラリとした金色の小さな魔力の粒が周りを囲み、紙がテーブルから少しだけ浮いてふわりと舞う。
「精霊は願いにこたえると」
ロザリンドが言ったのと同時に契約書は魔力を帯び、間違いなく契約はなされた。
祝福や加護は実際に恩恵があるまでわからないが、魔力の増減は本人に自覚があるはずだ。
シェリルもロザリンドも二人してハリエットを見つめると、彼女は震える手で自身の口を覆って、それから眉間にしわを寄せていった。
「っ……、……たしかに、魔力が少しなくなった感じがしますの……書類にサインしきった瞬間に……祝福を、とも言葉が聞こえて」
ハリエットの声はとても震えていて、酷く動揺しているのが伝わってくる。
その様子を見て話があらぬ方向へと転がらないうちにシェリルはアシュリーを振り返りそれらの事情が載っている手記を手に取った。
「これで証明されましたね。ハリエット王女殿下はただ、精霊様のお声を聴く体質だったというだけです。こちらに、そういう方を婿に貰った契約者の方の日記が残っています」
「ウィルトン伯爵、王家にはそ、そんな者がいたという記録など、どこにも残っていませんわ」
「それは、本人がそれを主張しなかったからではありませんか。変わっているとみなされただけで、聞こえていた方はこれまでに何人もいらっしゃったのだと思いますよ」
「……」
「それに今回のことで確定しましたが、精霊はきっと伝説のように美しい言葉だけを吐いて、神のような慈悲の心を持って人に接する素晴らしい神秘的な存在ではないのではありませんか。だからこそ声を聞いた人は皆精霊の声ではない何かだと思い込もうとしていた」
王族の中に生まれた彼らのことを思うと大変な苦悩を背負って苦労しただろうと思う。
しかしその中で、偶然にも精霊の守護像の契約者との結婚のためにウォルフォード伯爵家に婿入りした男性がいた。
そして、契約者とその男性は秘密を打ち明けるほどに親しくなることができたのだろう。
それはとても少ない確率で、偶然の出来事だったと思う。
「けれど、そもそも伝説が美化されているだけで、もとより精霊とは無数にいるもので、精霊を祀る場所へと足を向けるとその多さに処理が難しくなり体調を崩したりもする。けれども取引をすればとても大きな恩恵を得られるという性質なのかもしれません」
ロザリンドもハリエットも難しい表情をしていて、でもその瞳には希望が宿っていた。
この力が本当ならば、あんなこともこんなこともできるだろうと、と頭の中にいろいろな可能性が思い浮かんでいるに違いない。
その様子にシェリルは自分の中でも一番説得力があると思った手記の仮説を口にした。
「それに、古代の王族が自由に契約魔法を操れるとしても、勝手に精霊との契約を取り付けるのなど不可能でしょう。精霊の守護像の厳格なルールだって自分たちで勝手に決められるならばもっと簡単で楽な代償の支払いにしたはずです」
「……たしかにその通りですね。精霊の声を聞き届ける者がいたからこそ、その契約が成ったと考えるべきですわ。だとすると、王族の中にその声を聴くものが現れるのは、当然のことともいえますわね」
「はい。この手記を書いた契約者の方は……そうして未来の誰かが理解がないことに苦しまないように、夫と話をして書き留めることにしたそうです。ぜひ、参考にしてくださると彼らも喜ぶのではないでしょうか」
「そう、だったのですね」
シェリルの言葉に、ロザリンドは手記を受け取って複雑そうな表情をしていた。
苦悩の中でも未来のために誰かのためになるのならと書かれたそれは、遥か昔の人の物でお礼を言うことすらできない。
できることはきっと彼らの願い通りに利用させてもらうことだけだ。
素直に喜ぶだけではいられない様子に、ロザリンドは人の気持ちを慮ることのできる優しい人なのだと思う。
「ハリエット……わたくしは今まで、あなたのことをきちんと理解できていませんでした。多くの人があなたには付いているとはいえ、それでも母としてあなたの悩みに寄り添ってともに行く末を話し合うことを放棄してきましたわ。それを申し訳なく思う」
「そんな、お母さまはお忙しいのですもの、決して謝るようなことでは……」
「一国の王妃としてではなく一人の母としてわたくしは技量が足りていなかった。どう接するべきかを考えることもなく、様々な人から上がってくるあなたの報告を後回しにしていた、それは許されることではないわ」
ロザリンドは苦しげにそう言って、ハリエットをまっすぐに見つめる。
理解されない苦しみを背負っている人が、せめて同じ立場の人が少しでも幸せになってほしいと願うその気持ちを受け取って感じるように、手記を撫でてロザリンドは続けて言った。
「その力はきっと、とても大変なものだわ。でも、誤解がないように、より良い方向に向かうために良く知り、守っていきましょう。今まで、目を背けていてごめんなさいね、これからはたくさんの話をしましょう」
優しく微笑むロザリンドに、ハリエットは噛みしめるように返事をして、今までには見せたことのないような心からの笑みを見せた。
その笑みに、後ろに控えていたセラフィーナは涙を潤ませて喜んでいて、話し合いはお開きになったのだった。




