20 接触
セラフィーナからの相談を受けたシェリルは、王城へと向かうことになった。王城へは何度か足を運んだこともあったし、王都の真ん中に位置しているのでどこからでもある程度の時間で到着する。
なにより、王城のそばには騎士団の本部があり、そこでは日々クライドが働いている。そういうわけで比較的簡単に王城に向かうことに了承をもらった。
しかしクライドはシェリルに魔法を使わせることには不安を覚えている様子だったので話を聞くだけでということで納得して貰っての訪問だった。
王城のエントランスには多くの貴族が行きかっており、少し忙しない雰囲気だ。
しかし相変わらず素晴らしい絵画や彫刻が施され、当たり前のようにウィルトン伯爵邸やエルズバーグ公爵邸のエントランスよりも格段に美しい。
贅をつくしたその内装に数回訪れただけでは見飽きることはなく、シェリルは立ち止まって少し眺めた。
「……シェリルお姉さま、参りましょう」
「ええ」
なぜか王城に入った時から声を潜めて、シェリルを急かすセラフィーナを少し不思議に思いつつもシェリルは後に続いた。
案内された応接室は、数多ある中でもずいぶん端に位置していて、小さく日当たりも眺めも良くない場所だった。
そして彼女はほっと一息つき、それから「ではハリエット様を呼んでまいります」と言って、扉から出ていこうとする。
しかし彼女がドアノブに手を伸ばした時、扉は勝手に開き、目を大きく見開いて口角がきつく上がったまま張り付いたような顔をした女性が立っていた。
「あらまぁ、驚きましたわ。セラフィーナ、あなた今日は姫様のお供で外出をしているのではなかったかしら?」
「っ! ……ケ、ケアリー様、ど、どうしてここに」
「フフフッ、なんですかその顔は、とても一国の姫君にお仕えする格式高い従者の顔とは思えませんわ」
ケアリーと呼ばれたその人は、セラフィーナと同じような仕着せを着ており、彼女よりも随分と年上だ。侍女頭のような立場の人なのかもしれない。
「……どうしてもなにも、あなたのたくらみなどこのケアリーにはまったくもって筒抜けですよ。むしろどうしてこのわたくしを出しぬけると思ったのかしら」
「そ、それは……」
「その方が元ウォルフォード伯爵ね、自身の血筋がそのためにあるもので、その役目をこなすことが命よりも大切なことでありながら王家に役目を押し付けた恥さらし」
「そのような言い方はやめてください!」
「あら、むきになって大きな声を出すだなんてはしたない。そんなことでは姫様の品格まで疑われてしまいますわ」
彼女たちの口論のような会話はシェリルには入る隙もなく、さらに続く。
「もっとも、あの方は品格どころか人としての人格すら疑わしいですが」
「……」
「まったくどこで育て方を間違えたのかしら。人の気を引くために嘘を並べ立て、たいしたことのない公務ですらまともにこなせず、わたくしは本当に頭が痛いですわ」
「……どうしてそう、決めつけるのですか」
「決めつける? フフフッ、あなたのような新参者は姫様のことを表面的にしか理解できていないのですから、騙されているだけですわ。そうしてあなたのような人間がいるからまた調子に乗って嘘をつく、まったくくだらない」
ケアリーは呆れたというポーズをとって大きなため息をついた。
一方セラフィーナは必死だ。シェリルから見てもどちらのほうがハリエットを思いやっているかと問われたらセラフィーナの方に見えると答えるだろう。
しかし実際に会ってきちんと話をしていない以上はなにも言えることなどない。ただせっかくいるのだから彼女の方からも話を聞けるだろうかと考えてシェリルは問いかけた。
「嘘というのは、セラフィーナが言っていた、人には聞こえない声が聞こえて体調を悪くするという話かしら」
シェリルが問いかけるとケアリーは片方の眉をあげてそのぎょろりとした瞳をシェリルの方へと向けて、品定めするように上から下まで舐めるように見つめる。
それから仕方ないとばかりに肩をすくめて答えた。
「そうです。精霊の声だか、悪魔のささやきだか知りませんが、そのような妄言を吐き、ただ行って説教を聞くだけの一番簡単な、むしろ退屈なぐらいの公務ですらこなすことができず仮病を使って、なんと呆れたことか」
「……」
「そして妄言を若くてやる気ばかりのある侍女に信じ込ませ、今度は元ウォルフォード伯爵を連れてくるなどなにを企んでいるのやら。わたくしだけは知っているのですからね、あの方がこんなに小さな時からお世話をしているのですから」
「幼いころから症状があったのかしら」
彼女が言っている余計な言葉は気にせずにケアリーに問いかけると、自分の憤る気持ちを無視されてそれに腹が立ったのか、目を吊り上げて怒りをあらわにした。
「っどうしてあなたにそのような話を━━━━」
「そのあたりにしてくださる。あなたがそういうふうに感情的になることをわかっていたからセラフィーナは内密に彼女を呼んだのよ」
静かで冷静な声が響き、シェリルは声の方へと視線を向ける。そこにいたのは今回の訪問の目的であるハリエットだった。
「だからその予想通りに声を荒らげて、わたくしの客人に無礼を働くのであればセラフィーナは正しかったということですわ。ケアリー」
「っ、姫様……わたくしに対してそんな屁理屈を言うなんて……」
「屁理屈と言われようとも事実ですわ。今は下がってください、話すべきことはきちんと後日話をしますから」
ハリエットの態度は毅然としていて、彼女自身もその振る舞いが似合うようなきりっとした顔立ちの女性だった。
さらさらと靡く銀髪が美しく、王妃殿下とうり二つの利発そうな顔つきをしている。
しかし彼女の言葉に反論が思い浮かばなかったケアリーは機嫌を悪くして、脅すように言った。
「フンッ、今晩、折檻しますからね、これでは立派な姫とは程遠いですもの! ああ、手塩にかけて育てたわたくしの苦労を返してもらいたいぐらいです」
そうして彼女は、如何にも怒っているのだということを態度に出しながらずんずんと歩いて応接室を去っていく。
その後ろからセラフィーナはついていって、きっちりと扉を閉めてさらには鍵も閉めた。
セラフィーナのその様子を見て、姉の件もあったのに職場でもこんなふうに厄介な人と仕事をしなければならないなんて、彼女は大変な星の元に生まれたのだなとシェリルは思ったのだった。




