2 婚約者
てっきり二人きりでのお出かけだと思っていたシェリルだったが、豪華な馬車に同乗した彼の友人たちを目にして、シェリルは固まってしまった。
「お目にかかれて光栄です。ウォルフォード伯爵! 今日は楽しみだわ」
「なんと隣国から輸入された魔獣も登場するようです、早く見たいな」
アルバートの紹介を受けた後、彼らはにっこりと笑みを浮かべてシェリルに言った。
その言葉にアルバートが反応する。
「ああ、私はもちろん騎士に賭けよう! それに今日はこの女も来ている! これなら、王族専用の観客席の用意もするだろうな」
「わぁ、素敵ですね。アルバート様、でもよろしいんですか……たしかその、禁止されたのは……」
「遊びすぎだから禁止だったのではありませんでしたか? それにウォルフォード伯爵も噂通り顔色が悪いご様子……」
彼らはなにかを懸念している様子だったが、シェリルはそもそも彼らの話にまったくついていけない。
首をかしげて必死についていこうと、口をはさむ隙を探す。
……それにしても、この女……この女……。
しかし、婚約者にこの女扱いされたことが頭の中を占拠していてなんだか考えがまとまらなかった。
「いいんだいいんだ! どうせ王位なんて兄上が継ぐ、貴族どもには私は少し享楽好きだと思わせておくぐらいが兄上には都合がいいだろ」
「はははっ、たしかに。なら遠慮なく今日は楽しませてもらいましょう」
「ああ~、今からドキドキしています!」
しかしすぐに会話は終わって、シェリルが想像していた状況とはまったく違うまま馬車に揺られて移動が始まる。
……アルバートの手紙では、配慮もするし、二人で話す時間も必要だから、出かけようという話だったはずなのに……。
この状況はどう考えてもそんな今後のために重要なお出かけではない。
そのあげく、今の話を聞くと、そう思いたくないが、シェリルはアルバートが遊ぶために利用されているような状況の気がしてしまう。
シェリルが来るというのならばその場を用意するために人が動くだろうと想定し誘われていたなんて、そんなことはあるのだろうか。
今までは一応、パーティーへの参加や社交のお供と普通の婚約者として必要なことだとシェリルも納得していたが、これはいささか状況が違う気がした。
それでも馬車が出発し、引き返すこともできず、会話に入ることができないまま王都の隣の領地の目的地へと到着したのだった。
人々がざわめく競技場。大きな丸い円状の建物の中には段々になった観客席、中央にはグランドが広がっており、貴族が通る特別席への道のりですら人々の興奮した喧騒が届いてくる。
その時点で、シェリルは頭がぐらぐらとしていて、長い廊下に階段、息が上がって心臓が強く脈打って涙がにじむ。
アルバートはそんなシェリルを気にせずどんどん自分の友人たちとともに進んでいく。
どうやら今日はこの競技場で行われる趣向の変わった馬上槍試合を楽しみに来たらしい。
普通は騎士や兵士の一騎打ちとして行われるものだが、普通のそれでは多くの人は満足しない。この国の一部の人間は興奮に飢えている。
「遅いぞ、シェリル。いくら君が魔力を奉納する役割があったとしても子供の頃からやってることなんだ、子供でもできる魔力の奉納なんて大した量じゃない、今更つらくもなんともないことぐらいわかってるんだぞ」
「はっ、はぁ、っ、……はぁ、は」
「早くしろよー」
「まあまあ殿下、あの役目は大変なものですし」
「そうですよ、今日来てくださったのだって……」
シェリルが言葉も返せずにいることによって、友人たちはアルバートを窘めるようにそう口にした。
しかしその途端アルバートは目を吊り上げて、すぐそばにいる彼らに強い口調で言った。
「だから、そうして皆が甘やかすからつけあがって体力もつかないんだろ! まったく屋敷の中でいつまでもぬくぬくとして、外に出てきたと思えば大袈裟に振る舞いやがって」
言われる言葉と、胸の苦しさにふらつきが酷くなる。
そんなことはない、これでも無理しない程度には体を動かす時だってある。
「私と結婚したらそうはさせないからな、小さな子供ならまだわかるがこうして大人になれば魔力はかってに増えるんだ! いつまでもそうしていれば配慮してもらえると思いやがって。君らも君らだ、甘やかさなくていいと言っただろ」
「……っ、申し訳ありません!」
「失礼いたしました!」
アルバートの言葉に、友人たちは恐れおののき頭を下げる。
しかしシェリルは汗が頬を伝って落ちてやっと彼らのそばに到着する。
そして、その彼の言葉からにじみ出る本音、それがやっと理解できてしまった。
彼は配慮したくないのだ。
面倒くさくてイラついて、誰しもが融通を利かせるその状況を利用することはあっても、理解もしたくないし、知ってしまったらむしろ不利になるから大きな声と権力でねじ伏せて好き勝手に生きている。
彼らがなぜ配慮するのか、どうしてこうまでシェリルがつらいのかなんて分かりたくない。自分に都合がいいこと以外は見たくないのだろう。
「わかればいいんだ。さぁ、行こう、せっかく楽しみにしてたんだろ」
アルバートはとても心が広いみたいな顔をして彼らを許してやった。
それから使用人をたくさん連れて入ることを想定された広くゆったりとした特別席へと通されて腰かける。
しかし始まった試合は、小さく怯えた魔獣を馬に乗った騎士が追い詰めて残酷に殺すそんな娯楽だった。
このセルレアン王国は攻め込まれる危険もないほどの大国で、そして王族と血縁の近いシェリルのような人間が精霊の守護像に魔力をささげもう長い間、魔獣の被害はない。
その平和の果てで人が求めるものはこんなもので、熱狂する人々の声に、シェリルはその場で意識を失い、屋敷に帰ることになったのだった。




