15 謝罪
その日のうち、日が落ち切らない頃に早々に謝罪に来たのは彼女の婚約者であるアドルフだった。
彼には見覚えがあり、少しの間考えて思いだすことができた。
あの競技場での馬上槍試合を見に行った時にいたアルバートの友人である。
クライドとともに応接室で対応すると、アドルフは改めて謝罪をしてそれから、今回の件が起こった事の発端となったであろう話を始めた。
「実は、アデレイドには先日、アルバート様が王子という身分から降ろされたことによって友人として受けていた恩恵がなくなり、予想される様々なことについて話をしたばかりだったんです」
「……その時に喧嘩でも?」
「いいえ、そういうことはなく……両親もいる席での政治的な状況が変わったゆえの話あの場でしたから、つつがなく進み彼女も気にしていないと思っていました」
アドルフは気落ちしたような様子で続ける。
「しかしまさかシェリル様の方へと矛先を向けるとは思いもよりませんでした。俺たちの言い方が悪かったのか、恩恵を受けられなくなったのはアルバート様を契約者にしてしまったシェリル様のせいであると考えて本人は今回のことを積極的に行ったようです」
「では、クライドには本当は興味はなかったのね」
彼女の行動の真意を代弁して言う彼に、そういうことならばあれらの言葉の口から出まかせで彼に言っていただけなのだろうかと思い返す。
しかしアドルフはさらに肩を落として言った。
「お恥ずかしながら、下心もあったものだと思います。俺は……シェリル様もご存じの通り、王子のご機嫌取りをしてなんとか取り立ててもらっているような身分のものですから、普段から浮気に対して強く言うということもなく」
彼は自嘲するように笑って続ける。
「あの時にもアルバート様を止めることもなく負担をかけ、さらには俺が不甲斐ないばかりに大変なご迷惑をおかけしました。重ねての謝罪になりますが申し訳ございませんでした」
「……」
彼の謝罪にシェリルはなんとも言えない気持ちになって、彼を責め立てたところで意味などないし、どう返せばいいのかわからない。そう思って少し困っていると隣にいるクライドが代わりに返答した。
「君にそうまでされる理由はない、と俺は思うだが……」
「そうね、それよりもこれからどうなさるのかが問題ではないかしら?」
「ああ、婚約を破棄したところで彼女の性格はこれからも変わらないだろうし、あとは彼女の家族が対処すべきなんじゃないか」
「は、はいっ、その懸念はもちろんのことですが……。俺としてはそれで縁を切って、これからもシェリル様や多くの方にご迷惑をかける様なことになるぐらいならば、このまま強引にでも結婚して、王都から遠い領地の屋敷の方で暮らそうかと考えています」
アドルフは覚悟の決まった瞳で続けて言う。
「相手がいなければ迷惑も掛かりません。それに今回の件で俺のせいで顔に火傷を負ってほんの少しですが跡が残ったと憤っていますから、とことん付き合ってこちらは浮気の証拠を盾に応戦していくつもりです」
「……それはまた酔狂な話じゃないか。泥沼の争いになってそれでも結婚を続けていくなんて、よっぽど忍耐力がないと難しいと思う」
クライドが彼のこれからについてそう言い表すと、アドルフは少し苦々しい笑みを浮かべて組んでいた手をぐっと握った。
「それでもこのまま婚約を破棄して彼女が破滅していくのを遠くで眺めていくのは……難しいことですので」
それはできないことではないけれど、自分はそうしたくない、というようなニュアンスの言葉で、シェリルたちはその謝罪を受け入れることにして、彼は帰っていった。
そんな彼を見送って、二人で部屋に戻って腰かけるとクライドは言った。
「……結局一番自分を大切にしてくれている人は、アデレイドのそばにいたんだ。それをつまらない理由でないがしろにして、本当に愚かな女性だったな」
「そうね。普通に愛し合えていたら一番良かったのだと思うけれど、アデレイドお姉さまには難しかったのね」
そしてその気持ちは、シェリルにとってもわからないものではない。
外見を気にして釣り合うかどうかと考えて、それに価値を見出す気持ちは誰にだってあるだろう。
シェリルのことを恨んでいたという事を抜きにしても下心があったとアドルフは言っていた。
そう思うほどにクライドは魅力的であり、シェリルはやっぱり貧相で釣り合わない。
そう思ってしまうけれど彼は、どうやらまったくそう思っていないらしい。アドルフの対応が迅速だったのでまだ話をしていなかったがこの際だ、話に出したっておかしくないだろう。
シェリルは意を決して、聞いてみることにしたのだった。




