14 本音
「騎士の矜持っていうのかしら? そういうのって。役目を失ってなにも残らない女に寄り添ってあげるなんて、あたしあなたって本当は心底優しい人なのだと思ったのよ」
「……」
「そういうところとか、あと誰にも媚びない高潔なところも、あとは美しいところとか、いろいろ」
アデレイドの声はシェリルたちと話をしている時よりもワントーン高く、なんだか女性らしくてセラフィーナと話していた時の言葉の棘もない。
どう考えてもアデレイドはクライドに言い寄っていて、シェリルをだまして呼びつけてその間にこんなことをするというのはまったく節操がないと言えるだろう。
「お目にかかったのは先日が初めてだったけど、こんなによさそうな人ならもっと前からあなたに声をかけてみたらよかったって思うのよ」
「……それはどうも」
「でももう手遅れってわけじゃないわよね、それにあたしって口は堅い方だしなにをするにもいつもセラフィーナよりも要領がいいって褒められたもの、ふふ」
「……」
「それに、自分で言うのもなんだけれど、外見はいい方だと思うし」
子猫のような声で甘えたようにアデレイドは言った。
クライドは多くの言葉を返さないが、それは以前までのシェリルも同じだった。もしかすると彼は人見知りで、出会ってしばらくはそれが通常運転なのかもしれない。
だとすると彼がどう思っているのかを図ることはシェリルにも難しい。
「ねぇ、あたしの方が正直いいと思うでしょう?」
しかしそれをじれったく思ったかの彼女は問いかける。
「あんな貧相で、なんのいいところもない、病人みたいな不健康な女より、ずっとあたしの方がいいと思わない? 誰だって、そうでしょ、飾り気もなくて、如何にもモテない女ってまるわかりだもの」
……そんなふうに思っていたのね。
「それよりもあたしの体の方がずっと魅力的、顔だって、体型だって、普通の女よりずっと美しい、あたしの方がどう考えても釣り合ってる……だから、ね? ……ほら、どうせこんな土砂降りの中、すぐに帰ってくることなんてないのだから」
……たしかに、そのとおりね。アデレイドお姉さまは体も年相応の女性らしくて、美人で、社交界にたくさん出ているだけあって流行にのっとっている。
本来ならば憤るべき場面だと、シェリルはわかっていた。
しかし、彼女がそう思ったようにシェリル自身も釣り合っていないと思っていたし、つつましく生活するべきだとも思っていた。
クライドとシェリルは釣り合わない、お互いを大切に思っていたとしても決して恋仲ではない。
そこにあるのは親愛であって色恋ではない。恋などしないだろうこんな貧相な女に。
そう思った。だからアデレイドがいくら非常識で節操なしな行動をとったところで、非常識は咎められても、クライドに自分こそが釣り合うだろうと提案した気持ちを否定することなどできないのだ。
そのはずだ、そう思うのに、胸の奥の方がぎゅっと引き絞られるように苦しくなって、帰ってこなければよかったと思った。
セラフィーナには悪いけれど、知らなくてもいいことというのは世の中にあると思う。
それにクライドだって、まだまだ若い盛りだ。
親愛的な感情だけでなく、男女として愛し合える本物の愛を不倫で見つけて愛することだって当たり前にあり得るし、それはシェリルが邪魔をしてはいけないことだ。
拳を握りこの場を離れようと決意した。そしてこっそりとエルズバーグ公爵邸に戻って、それから数時間してなんてことのない顔をして帰ってくるのだ。
しかし、一歩踏み出す前に、パンッと音がしてそれから大きなため息が聞こえた。
「うっとおしい、シェリルの家族だからと黙っていればペラペラと……っ、なにが釣り合いだ、なにが貧相だ。だからなんだ」
突き放すような声がして、まるでシェリルの思考すら彼に否定されたかのように聞こえて振り返る。
そして柱から顔をのぞかせた。クライドはとても怖い顔をしていて、今までに見たことがないくらい怒っていた。
「無駄な肉が胸にたっぷりついていようがいまいが、顔の造詣が他より美しかろうがそうでなかろうが、そんなものがなんの役に立つ、俺は女という生物が好きで結婚したんじゃない、シェリルが好きで結婚しただけだ」
「っ……」
「女だろうが男だろうが気に入っている人間もいればそうでない人間もいる、人間のことなど俺は造詣が多少変わってもどうでもいい、行動以外を好むかそうでないかの判断材料にしたことがない」
きっぱりと言い切る彼に、シェリルは唖然としてしまってただ聞き入った。
ざあざあという雨の音にかき消されずに彼の声は良く響いた。
「そんな端からあるだけのものを誇って、男の欲情を誘って君はなにがしたいんだ、美形の男をそばに置けば君の何かがかわるのか? こんな性根の悪いことをしたという事実はなにも変わらないだろ、そもそもシェリルと君とでは比較にならない、比較するのもシェリルにもう申し訳がない」
言いながらクライドはシェリルに気が付いた。するとその表情は変わって机から手を放して大きな一歩を踏み出す。
「俺は、シェリルに惚れこんでここにいる。他人を出し抜いてまでアプローチをかけてもらったところ悪いが、君の入る余地などどこにもない。せいぜい君の肉体にしか興味のないような下世話な男と仲良くやってくれ」
そうアデレイドに言い放ち、彼は彼女とすれ違ってガゼボの外にいるシェリルの元へとやってくる。
その手を取って、それからシェリルのことを見て、不可解そうな顔をして問いかけた。
「いくら水属性の魔法もちでも雨を操るなんて奇妙だ」
「……精霊の加護のせいだと思うわ」
「そうか。行こう、シェリル、外で君が帰ってくるのを待っていたんだ。その人は勝手に帰るだろ」
「私が責任もって連れて帰ります」
そこにセラフィーナが登場し、彼女はスタスタとガゼボの中へと入っていく。アデレイドは微動だにすることはない。
しかしセラフィーナに声をかけられると、突然、椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、振り返ってクライドのほうへと駆け出した。
「あたしのことコケにして!! ただで━━━━」
ぱちんと、ひとつ、指を鳴らす音がした。
すると向かってくるアデレイドの鼻先で魔力の光の粉と魔法の炎が小規模な爆風をあげて燃え上がり「ほぎゃあ!!」とアデレイドは叫び声をあげて転び、変な方向に勢いのまま転がっていく。
そしてガゼボの柱に激突し悶絶した。
「……脅かしただけだ、多少、焼けていてもすぐに水の魔法使いに見せれば綺麗に治るはずだ」
「は、はいっ。ご配慮、感謝します。ほらアデレイドお姉さま、自業自得ですが、屋敷に帰るまでは手伝いますから……」
そうして泣きべそをかいたアデレイドと申し訳なさそうなセラフィーナは帰っていったのだった。




