13 加護
降り始めた雨はあっという間に酷くなり、ざあざあとノイズのような音が響き、馬車の屋根に打ち付ける雨粒の音で騒がしい。そんな中セラフィーナはとても不安そうな表情で言った。
「シェリルお姉さま、単刀直入に言いますと、あの人は、アデレイドお姉さまはその、せ、節操のない方です」
雨が降って湿気があるせいか、それとも彼女がとても急いでシェリルの元へとやってきたからか、以前会った時よりもそのフワフワとした銀髪のボリュームが増しており、そのことに気を取られていたけれどなんとか言葉の意味を咀嚼する。
……節操のないとは欲張りのような意味ですよね。にしても漠然とそう言われてもなにに対してなのだかよくわからないわね。
首をかしげて返すと、セラフィーナは少し考えてそれから、言葉を紡ぐ。
「その先日お会いした時にお姉さまは婚約者がいて、将来のために社交をしたり領地経営を学んだりしているというお話がありましたよね?」
「ええ、そうね」
「結婚が決まっていてそのために邁進しているというのは事実です。でも、今の婚約者の方に不満があるようで、理想の男性ではないとかつまらない男だとかよく漏らして色々な方と関係を結んでいるんです」
「それは……良くないことね」
「ええ。それに特段美しい方がお好きなようでして、令嬢たちがハンサムだと話題に出すような方の多くにアプローチをかけ、相手がいるなしに関係なく、手を出す方なのです」
……と、とんでもない……人だったのね。アデレイドお姉さま……。
先日会ったばかりとはいえ自分の姉がそのような人物だとは知りもせず、普通に楽しいお茶会をしたからこその衝撃があった。
「だからこそ警戒はしていたのですが、私を名乗って手紙を出してシェリルお姉さまを呼び出して、自分がウィルトン伯爵家に向かうだなんて……。まさかそんな暴挙に出るとは思わず、私がコンタクトを取ったばっかりに申し訳ありません」
そうしてセラフィーナは青い顔をして頭を下げる。
「あの人は節操がないですが、とても美しい方ですから男性の側もその気にさせられてしまう人も多いようでして、まさかとは思いますし、公爵家の貴公子様ですからよっぽどのことがない限りとは思うけれど……」
セラフィーナはそう続けて、シェリルはふとそういえばアデレイドもそんなことを言っていたと思い聞いてみた。
「ところでその、公爵家の貴公子というのは……」
「あ、クライド様のことです。お姉さまは社交界にあまり出ることはなかったのでご存じないとは思いますが、騎士団長であるエルウッド公爵のご子息でありながらあの美貌と誰にも靡かない態度が有名でついた通り名です」
「かっこいい通り名ね」
「ええ、若い令嬢の間では眺めるだけで幸福になれるという人がいるぐらい素敵な方だと有名ですが、大抵は恐ろしげな表情を浮かべていらっしゃいますので実際にアタックした人は多くないらしいです」
「そうなのね。たしかにクライドはなにを考えているのかわからないところがあるし少し怖いから」
「そうなのですよ。でもお話に聞いていたよりもシェリルお姉さまの隣にいらっしゃる彼はお優しそうな方で、私はとても素敵な夫婦だと思ったのです」
「嬉しいわ」
話をしているとセラフィーナがうまく褒めるものだからシェリルもついつい笑ってしまう。
それに、自分が知らないクライドの姿を知ることができて、周りにどんなふうに思われているのかも聞くのは楽しい。
二人でこれからなれそめの話でもしようかという雰囲気になったが、セラフィーナはハッとしてフルフルと頭を振ってから「だから」と続ける。
「だからこそ少し柔らかい雰囲気になられていたのでアデレイドお姉さまも狙いを定めたのかもしれません。私には彼女の真意はわかりませんけれど、でも、今日シェリルお姉さまがいらっしゃる前に着飾って出発されたのでどう考えても彼女は今、ウィルトン伯爵家にいるはずです」
「……ええ」
「急いで向かいましょう、どんな手段を使うかわからないですから」
「そうね」
彼女の言葉に同意して、頷いた。しかしシェリルの中に焦る気持ちはあまりない。けれどもこの雨模様のようにあまりすがすがしい気分というわけではなかった。
しばらくしてウィルトン伯爵家に到着すると雨は土砂降りと言っても過言ではない状態になっており、たしかにエントランスの前には馬車が一台止まっている。
シェリルは難しい気持ちで、自分で馬車の扉を開けて外に出た。
従者が動く前に勝手に降りたので傘の準備もされていない状況だった。
しかしヒールがぴしゃんと水たまりを歩いたような音を立てるだけで、シェリルのドレスや髪には一切の水滴は届かない。
シェリルを囲むように丸く水をはじいていて、そこにはまるで透明なガラスのドームがあるかのようだった。
「…………お、お姉さま?」
背後からセラフィーヌの声が聞こえたけれどシェリルは視線を巡らせた。
もしアデレイドが約束を間違えてやってきてしまっただけだと主張し、この雨だし屋敷にとどめて欲しいと言った場合には屋敷の入口が見える位置の応接室にいると思ったのだ。
しかしどの応接室も使われている様子はなく、ふと庭園の中にあるガゼボが目に入る。
そこには向かい合って座るクライドとアデレイドの姿があった。
…………。
二人がそうして向かい合っている様子を見てしまうと、セラフィーナの言葉は本物だったのだと確信する。
セラフィーナは後から傘をさしてもらってくるだろうし、この土砂降りだ。先に中に入っていてくれてもいい。一度振り返って「確認してくるわ」と言葉を残してシェリルは歩みを進める。
なんだか不思議な気分で頭に血が上っているというわけじゃない、けれども呼吸が震えて、自分は少し動揺しているのだということがわかる。
本来ならば自分の夫なのだから、普通に雨が降っているのだからこんなところで何をしているのだと話しかければいいはずなのに、なんとなく忍ぶようにゆっくりとガゼボまで歩く。
向き合っているアデレイドの背中側から石畳の道沿いに近づいていくと、クライドはアデレイドを見つめておらず視線をそらしているのがわかる。
それから柱の陰に身を預けて、そばに来るとアデレイドの声が聞こえてきた。




