12 恋慕
クライドは積極的にシェリルが人と関わるようになり、嬉しい気持ちがある反面、ウォルフォード伯爵だった時のようにずっと屋敷の中にいてほしいという気持ちがあった。
その気持ちがあってはいけない気持ちだとはわかっているし、実際に魔力を吸い取られてなにをするにも苦痛を伴う姿を見ているのは心苦しい。
口を開けばいつだって、そこまでして見も知らぬ人々を守る必要があるのかと言ってしまいそうなぐらいだった。
だからこそ口を閉ざし自分の本性を出さないようにしていた。
弱々しい彼女を苦悩から守ることもできず名目だけで与えられた騎士の仕事などなんと無価値なことかと長年思い悩んできた。
そんな役目に戻ってほしいなどとクライドはとてもじゃないが思えない。
しかし、その役目からシェリルが解放されたところで突然元気になるわけじゃない。彼女自身は、自分は健康で健全な普通の人間になったのだと思っているように見えるが、まったくもってそうではない。
子供のように細い手足も、抱きしめると柔らかさを感じることのない体も、これまでの魔力不足に耐え続けてほかの要因から耐える力を未だ持ち合わせていない。
なにか怪我をしたら? 病気にかかったら? 今の彼女の体力でそれらを退けることができるのか。
そう考えるとあまりに不安で、エルズバーグ公爵邸に向かっただけでクライドはなにも集中することはできなくて、そわそわとしていた。
雨も降りそうな重たい雲が広がる空を見て、エントランスに移動してソファーに座り、移動中に馬車が何らかの理由で横転してしまわないかとありもしない可能性に気を揉んでいた。
「……それほど気に病むのでしたら、同行するとおっしゃればよかったのではないでしょうか、クライド様」
クライドが眼光を鋭くして、シェリルの前では抑えている酷く人相の悪い顔をして扉を見つめ続けるものだから、それを見かねて側近のマイルズが声をかける。
そうされる前から気がついていたがエントランスホールを通る女性使用人たちは恐れおののきそそくさと逃げていく、それが仕事の妨げになっているということは想像に難くなかった。
しかしそうできなかった理由だってわかるだろうとクライドは苦々しい気持ちになってさらに眉間にしわを寄せた。
「実家と言っても差し支えない場所に用事で向かうだけの彼女に、俺が当たり前のような顔をしてついていけるはずがないじゃないか」
「そうでしょうかな。拒否されるとは、わたくしは思えませんが」
「拒否をされないとしても、今はもう彼女の騎士ではないんだ。夫としての行動や立場がある、普通はそんなことで心配をしてついていくものではないし、また過保護だと言われてしまう」
以前にそうして心配した時には彼女はそう言って笑っていた。
そのことをクライド自身もそれなりに気にしていて、彼女の騎士では彼女を苦悩から救い出すことはできなかったのに、夫になったところで今度は騎士のように四六時中守るということはできない。
それが非常にネックな部分で厄介な悩みなのだった。
「そう言われようとも、いいではありませんか。きっとシェリル様はあなた様のことを無下にはなさいませんよ」
「……だとしても、彼女が嫌だと思ったら本末転倒なのだし」
「そうですかな」
「ああ、結婚したからには俺だって……」
……好いていてほしいと思う。
けれども守りたい、うっとうしいと言われたとしても。けれども嫌われたくはない。
できるなら、できるだけ幸福であってほしいし、幸福にしたい。そう願っている。
そう考えるとシェリルの笑顔が頭の中に浮かんで、なんだか心配でしょうがない気持ちから、愛おしいみたいな気持ちになって、ふっと息を吐いた。
マイルズが言う通りなのかもしれない。
様々な感情が渦巻いていて厄介なことこの上ないが、シェリルはそういう気持ちを理解してくれないような頑固者ではないだろう。
「……」
「一度、膝を突き合わせて、思いを伝えてみてはいかがでしょうか。どうにも少しあなた様の気持ちとシェリル様の認識にずれが生じているような気がします」
「……そうしよう、このままでは皆も怖がらせてしまうし」
「おや、自覚がおありで?」
「一応はな」
投げやりに返すとマイルズは少し笑みを浮かべて、彼には敵わないと思うやはり、年の功というのは強いものだ。
「騎士として仕えるならば問題ありませんが、あなた様のような方が険しい表情をされていると働きづらく感じる者も多いですからね」
補足するように言う彼に、それは別に自分のせいではないだろうとクライドは若干面倒くさい気持ちになる。
父や母がこういう顔に生んだだけで自分が選んでこうしたわけではない。
せっかく美形なのだからもっと笑みを浮かべろと言われても、へらへらしていては、剣の腕まで疑われかねない。
言い寄ってくる女性にだって申し訳ないが、手間だと感じてしまう。いっそ顔に傷の一つでもついてくれればこういった面倒とも無縁になれると思う。
しかし、自分で選んだわけでもないのに、受け入れて納得できるように考え役目に向き合う人間もいて、そういう生き方の方が潔いしそれは強さだと思う。
結局、彼女のことが頭に浮かんでクライドはマイルズに「そうだな」と短く返して、こんな場所で苛立ちを表に出すのはやめて、部屋に戻って少しは実のあることをしようと考えた。
ただ、そんなタイミングで来客を告げる鐘がなり、そこには先日挨拶をしたシェリルの姉であるアデレイドの姿があったのだった。




