11 呼び出し
しばらくしてセラフィーナから連絡がきた。彼女の侍女の名前で書かれ、代筆されたそれは、当然のごとく彼女から直筆で来た手紙とは文体も筆跡も違っている。
なぜ、そのようなことをしたのかというとアデレイドに悟られないようにこっそりと手紙を出したかったからだそうだ。
次の休日の日に今度はエルズバーグ公爵邸に遊びに来て今度こそ二人きりの話をしよう。
そんな誘いだった。
もちろんエルズバーグ公爵邸はシェリルの見知った場所であるし、ここまで言うからには彼女もなにか話したいことがあるのかもしれない。
そう思い、クライドに伝えてウィルトン伯爵邸を出て馬車に乗る。
なんだか酷い雨でも降りそうな重たい雲が空を覆っていて、シェリルはなんだか腑に落ちないような気持ちでエルズバーグ公爵邸に向かったのだった。
「そのようなお話は聞いておりませんが、シェリル様がお戻りになったのですから公爵閣下も大変喜ばれると思いますし、セラフィーナ様に確認をしてまいります」
約束の時間に到着したけれど、出迎えの者はいなかった。
一応この家の者と親しい人間として兵士は通してくれたが、対応をした侍女はシェリルにそう伝えて応接室を出ていく。
彼女は、来客の予定はないのにと怪訝そうな顔をしながらも、もともとは同じ敷地内に住んでいたシェリルのことなのですぐに切り替えて笑みを浮かべて去っていった。
このエルズバーグ公爵邸には二つの大きな館が存在しており、基本的にはウォルフォード伯爵家とエルズバーグ公爵家の生活空間は分けられている。
しかし来客対応などはこうしてエルズバーグ公爵邸にある談話室を使うことが多いし、庭園などを使ってパーティーを催されることもある。
だからこそあちらの屋敷に住んでいる姉に秘密で、エルズバーグ公爵邸に呼んで二人で話をするというのは自然な流れであり間違いようもないと思う。
……けれど話が通っていないなんて、もしかして秘密にすることに注力しすぎて誰にも言っていなかったなんてことなのかしら?
侍女として仕事をしていると言っていたが案外、抜けている部分もあるのかもしれない。そんなふうに考えて、何気なく視線を移すと、窓ガラスにぽつぽつと小さな雨粒が当たる。
……降ってきたのね。
しずくが窓ガラスを伝って落ちていくのを眺めているとノックの音がした。
「はい」
返事をしつつ振り返ると扉は開いて、そこから顔を出したのは、顎鬚をはやした上品な壮年の男性だ。
まさかこんなにすぐにやってくるとは思いもしていなかったその人は、エルズバーグ公爵である。
「レジナルドおじ様っ、驚いたわ。なんだかずいぶん久しぶりな気がする」
「はははっ、そうでもないだろ。シェリル、おお、前にあった時よりも顔色もよくなったし、元気そうでなによりだ」
レジナルドは嬉しそうにシェリルのそばまでやってきて、シェリルも立ち上がって彼の言った言葉に「そうかしら?」と返して笑みをうかべた。
「それにこちらに来るなんて珍しい……ああいや、今はもうウォルフォード伯爵じゃないのだから、こうして交流を持つことが自然か」
「そうね、あの時のように私の体は弱くはないし、役目もないのだもの。おじ様に会いに来てもらうより、会いたくなったらこうして自分から会いに来ることができるわ」
彼は父や母に代わって足しげくとはいかないが、それでも月に一度は顔を出してシェリルの様子を窺って、不足物を補ったり、話し相手になってくれた人なのだ。
だからこそこちらの屋敷に来るのに反射的に珍しいという感想を持った。
しかし今は公爵としての彼の方がだいぶ忙しい。こういう形になるのが自然であって、ウォルフォード伯爵ではなくなったとしても関わりたいと思う気のいい人である。
「そうか、なんだか感慨深いな……以前から言っているようにいつでも頼ってくれ、君はこらえ性な性格だろう? ……自分の子供たちと同じように君のことも大切に思っているんだ」
「……ええ。おじ様、そう言ってくださるだけで心が温まるわ」
はにかんだような笑みを浮かべてレジナルドはシェリルの背中をポンと叩く。
彼には彼の家族がいて、ウォルフォード伯爵家の管理を任されていると言ってもシェリルは他人である。
にも拘わらずに彼はこうして昔から変わらずに声をかけて、役目のために一人になったシェリルのことを気にかけてくれている。その事実は今でも変わらず嬉しいものだった。
「それで、どういった相談なんだ? まさか旦那と喧嘩でもして飛び出してきたんじゃ……」
続けて、こんな唐突にエルズバーグ公爵邸にやってきたことに彼は触れて、まさかと続けていった。
しかし、開いたままになっていた応接室の扉の向こうに、パタパタとかけてやってきたセラフィーナが登場し「お話聞きました!」とその勢いのまま大きな声で言った。
「おじ様、ごきげんようっ!」
そしてレジナルドに挨拶をして、すぐにセラフィーナは息を整える暇もなくシェリルに言った。
「事情は馬車の中で説明するわ。ともかくすぐにウィルトン伯爵家に向かいましょう」
「え?」
「急いでください」
「あ、ええ」
そうしてセラフィーナに手を取られて、シェリルは彼女に連れられて先ほどやってきたばかりのエルズバーグ公爵邸から帰ることになった。
そして取り残されたレジナルドは、彼女たちに交流があるだなんてよかったなとまたしみじみしたが、突然置いていかれて少し寂しい気持ちになったのだった。




