10 普通
姉妹たちの話を聞いて、わかったことは自分もこの国にきちんと根付いて生きているのだということだった。
アデレイドが言ったようにたしかに今までのシェリルの世界はあまり小さく自分と婚約者のアルバート、それからエルズバーグ公爵そして守ってくれるクライドのことぐらいまでは身近に感じていた。
けれど国という莫大なものを守る役目をしていただけで、どんな人たちがいてどんなふうに未来が進んでいくだろうとは考えていなかったし予測もしていなかった。
しかし今は違う。妹のセラフィーナは自ら手に職をつけることを考えて子供のころから侍女としての経験を積み、今は第一王女であるハリエットの元で働いていて彼女の思い悩んでいることに一緒に頭を悩ませている。
そしてアデレイドは婚活に力を入れて、爵位継承者との婚約をすでに取り付けており、結婚するときのために屋敷を管理するすべを学び社交界に出て見分を広げている。
彼らには彼らのつながりがあって、父や母も自分の趣味を持って周りの人と関わって様々な広がりを持ってこの国に根付いている。
そしてその家族であるシェリルも、こうして役目を終えたからにはその一員になってこのセルレアン王国とともに歩んでいくそれは不思議な感覚だ。
けれどもいくら不思議でも今自分はここにいる。
今の自分になにができてどういうふうに進んでいくのか考えるためにウォルフォード伯爵邸から許可を得て持ち出している先代たちの手記をパラパラと眺めていた。
「……」
そこには随分研究気質だったのか、ない魔力を絞り出して、精霊の守護像の契約者となった者に起る魔法の変化について記載があった。
一応彼女たちと同じように祈りをささげていたので、もちろんシェリルにも同じ変化が起こっているのは確実だろうと思う。これ以外にも昔の契約者たちは暇を持て余し、未来の契約者に向けて手記や研究記録などを残している。
それらは、その人たちの様々な個性があって、実はアルバートにした行動もそこから着想を得たものだった。
……もしも侮って、この大役を理解できないような人がいれば、挑発してやらせて見せるのがいいだろうなんて書いてあったのよね。先々代だったかしら? ふふっ、あの人は苛烈な人だったのよねきっと。
そうして思い出して、顔をあげた。
すると持ってきた資料を整理していた侍女のアシュリーとちょうど目が合って、なんとなしに言った。
「ねぇ、アシュリー、私は今の立場でどんなことができるかしら。普通に今の生活を続けることは一番の目標だけれど、昼間にセラフィーナが言っていたように私だからこそできることもあると思うのよ」
「……えっと、ああ、その手記に書かれていることですよね、たしか長年真摯に精霊に祈りをささげていると加護がもらえてさまざまな変化が訪れるとか」
「そうね。そういうものを利用してもいいでしょうし、ウォルフォード伯爵家には精霊に関する書物もあったから次の契約者のために各地に足を延ばして国内の精霊の逸話を集めるというのもいいと思うの」
「精霊の逸話……素敵ですね。きっと読むのも楽しいですし、クライド様もそういったものを読むのもお好きでしたよね。お話してみてはいかがでしょうか?」
シェリルとそう言った雑談をすることはなかったけれど、たしかに彼もゆっくりと過ぎる問題の起こらない静かな屋敷の中で読み物をしていることも多かった。
この話題もきっと乗ってくれるだろう。
……まぁ、そんな危険な旅に出ることはできないと言いそうだけれど。
そんなことまで想像できて、シェリルは少し可笑しくなった。そしてふといつかの日に彼が言っていたことを彼女にも確認してみようと思い立った。
「それはいい案だけれどクライドは、私の……生命力? をあまり信用していないようだから止められると思うのよ。ねぇ、アシュリー……やっぱり私は彼にとってか弱い子供のようで、体も彼に釣り合うようには見えないわよね」
そう言って、シェリルは自分の凹凸のない体を胸からお腹まで撫でた。
しかし彼女は少しキョトンとして、それからやっぱり首をかしげてシェリルに言った。
「釣り合うとはどういうことですか? 戦闘力という意味ですか?」
「ああ、違うのよ。そういう意味ではなくて、彼はやっぱりとても男性として魅力的でしょう? 私はそれに見合うだけの体も持っていないし特別ななにかがあるわけでもない、オシャレにも疎い方だし」
そう言っておざなりにゆったりと後ろで結んでいる銀髪を手に取って彼女に見せる。
どこかに行く用事がなければいつもこんな調子で適当に結んでしまう。頭も痛くならないし楽なのだ。
「……魅力の話ですか。わたくしとしてはクライド様はそう言った意味でシェリル様を釣り合ってないなどとは思っていないように思いますが、ただはかなげに見えると言いますか、彼の心配する気持ちはわたくしにも理解できます」
「そうかしら。これでも随分、生命力が体をみなぎっている感じがするのだけれど……」
「シェリル様はあまりに長い間、契約者でいらっしゃったので体感で違いを実感しているのだと思いますが……そうですね。でも時間が解決してくださるはずですからお気になさらず」
アシュリーはそう言ってシェリルの手を取って手の甲をゆっくりと撫でた。
たしかにその手もふっくらとはしていないけれども、育ち盛りではないシェリルはこれ以上成長もしないと思う。なので時間が解決するというのはクライドの気持ちが落ち着くという意味なのだろうか。
……どこか、私と私を取り巻く人々の間で、私の認識に差がある気がするけれどそれは私に豊満な体が足りないから……よね?
普通の人は、健康そうでそしてクライドのような魅力的な男性と交際したり意欲的に活動するのに適している。
だからそうではないシェリルは心配の対象になってしまって、けれどこれ以上育つことはないので変えられない。そういう話ではないのだろうか。
そう疑問に思うけれどアシュリーが言ったように時間が解決するのならばと納得して、その日はそれ以上そのことに言及することはなかったのだった。




