1 祈り
ウォルフォード伯爵家の屋敷には小さな礼拝堂が付属している。シェリルはそこへ毎朝向かって、祭壇に向けて跪く。
ステンドグラスから差し込む優しい光は、いつもシェリルを温かな気持ちにしてくれるが、それから視線を下ろしただけで少し残念な気持ちになるのはいけないことだ。
……私は望んでこうしている、私に与えられた役目は誉れ高く役に立つ仕事だもの。
そう心に決めて、シェリルは立ち上がって毛足の長い真っ赤な絨毯の上をゆっくりと歩いて、祭壇の中央に置いてある像へと手を伸ばした。
それは子犬ぐらいのサイズがある像で、モチーフも四足の獣と羽のついた美しい精霊だ。
そしてその下部には透明なガラスのような魔石が組み込まれていて、今はシェリルの魔法属性の色である水色の光が中心でフワフワと浮いている。
「……どうか、ご加護を」
つぶやきながら、朝起きたばかりでみなぎっている魔力を込めるために手を添えた。
すると込めるまでもなく膨大な容量を持っている魔石にシェリルの力は吸い込まれていき、あっという間にすっからかんになってしまう。
眠って回復したことがまるでまったく無意味だったかのように体の力が抜けてしまってふらりとした。
「っ」
「大丈夫か?」
一歩ふらつくとすぐそばで様子を見ていた騎士であるクライドがすぐに問いかけた。
「ええ、平気。今日もこれで安心ね」
「……そうだな」
笑みを浮かべてしっかりと像の魔石を見た。五割程度だった中の光が今はすべてを青く染め上げるように強く光を放っていて、これで今日の役目は終わりだ。
あとはいくらでも自由に過ごしていいし、明日も同じことをするためにどんな高級なものを食べたっていい。
そう王族から許しが出ていて基本的にはそれに甘えて仕事や社交はせずに屋敷の中で静かに過ごすことが多い。
それだけこの魔法具……精霊の守護像は国にとって重要なものであり、そして魔力をささげることこそがウォルフォード伯爵の使命。
魔力をささげるだけで、騎士もつけられて贅沢な暮らしを送ることができる。それはとても楽で、そんな仕事をもてるなど幸運なことだと言われることは少なくない。
けれどもそれは大抵この仕事の内容をきちんと知らない人が言うことで決して楽ではない。
「さて、今日は珍しく予定があるもの。準備をしないと」
「ああ」
「忙しくなるけれどよろしくお願いね。クライド」
「わかってる」
短くつっけんどんな返事をする彼に、いつも通りだなとシェリルは頷いて礼拝堂を後にする。
それから、今日こそはわかってもらえるといいんだけれど、と思った。
その仕事は楽で贅沢だと言う人というのは、どこかの見知らぬ貴族が噂しているというわけではない。
そうではなくて実はそうして言ってくる筆頭は、シェリルの婚約者であり第二王子のアルバートなのだ。
彼はこの仕事の重要性や詳しい内容を教えられているはずである。しかし聞き流しているのか将又覚えていないのか、よく遊びに行こうと誘ってくるのだ。そしてあまりことわり続けると文句を言いにやってくる。
だからこそ少し無理をしてでも交流をして、わかってもらうしかない。家庭教師が彼にその部分を曖昧に説明した可能性だってあるだろう。
そう思って今回の誘いに応じることにしたのだった。
「本当に行くのか?」
準備をしていて、二回もソファーで休憩を取ってふらふらと移動するシェリルにクライドは短く聞いた。
その言葉の意図は正直シェリルには読み取れないが、普通に受け取るのならば本当に行って大丈夫か? ということだろう。
「ええ。彼が正しい知識を得るまで、待つってこともできないわけじゃないわ。でも将来結婚するんだもの。説明を尽くして理解できなくても、彼があまり得意ではないところは助けに……なりたいと思うし、私も助けてもらうことがあると思うもの」
助け合って行きたいと願望を持って言ったシェリルだったが、それは本音だった。
けれども少しして呟くような声が返ってくる。
「……お人好しが過ぎる」
その言葉はシェリルに言ったのか、独り言なのかいまいちわからなくて、魔力の回復を助けるハーブティーをコクリと飲む。
昔から時折思っていたことだが、彼は不思議な人でなにを考えているのかよくわからない。
なのでぎこちないながらも笑みを浮かべて返しておいたのだった。




