69. 事件の終わり
その後私たちは王都のホテルに戻り、そこに数週間滞在することとなった。ノエル先生には、予想外の事態が起こったため帰国が遅れるという旨の謝罪をしたため、手紙を送った。セシルは時折王宮に出向いていた。また私と共に役場にも行き、事件当時の状況を証言したりもした。
忙しく動き回るセシルが不在の時は、ユーリと二人で王都を散策した。
「まま、ららしゃんたちのおみやげは? なにかうの?」
「そうね。やっぱりお菓子が喜ばれるんじゃないかなぁ。この王国のチーズやミルクは、とっても美味しいでしょう?」
「うん! ゆーり、ほてるのあしゃごはんだいしゅき」
「ふふ。そうよね。新鮮なミルクも濃厚なチーズも最高よね。お土産はミルククッキーやチーズタルトがいいかもしれないわね」
そんなことを話しながら手を繋いで大通りを歩き、素敵なスイーツショップをいくつも覗きながら、皆へのお土産を物色した。
セシルは事件についての進展があるたびに、私に報告してくれていた。
まずはあの日客間にいて、義母と私に紅茶をサーブしたメイドの証言について。取り調べの場で、彼女はこう打ち明けたという。
『あの日、ティナレイン様が訪ねてきたと旦那様が奥様に報告にいらしてからすぐ、奥様は私に、客間に二つのティーカップを準備するよう仰いました。そして私に薬包のようなものをお渡しになり、片方のカップにのみ、それを入れておくようにと。そしてご自分たちが客間にやって来たら、紅茶を注いで粉を溶かし、必ずそちらをティナレイン様にお出しするようにと仰いました。“あの子は嘘をたくさんついていて、聞き出さなければならないことが山ほどある。これは自白剤だ”と、私は奥様からそう聞かされておりました。……断じて私は間違っておりません! 本当です! 奥様のご指示通り、薬包の中の粉が入った紅茶を、ティナレイン様にお出ししたはずなんです! それなのに……い、一体どうして……。それにまさか、あんなに苦しまれるなんて……わ、私……』
私が毒で絶命すれば、義母は何かしらの理由でメイドが私を殺害したことにし、全ての罪をメイドに被せるつもりだったようだ。
そして、父の証言を元に調査は進み、今回の事件の黒幕が芋づる式に明かされていった。
予想していた通り、リグリー侯爵は人を使い、セシルの行動を常に監視していたらしい。そして彼が私と再会したことやユーリの存在にまで辿り着き、父と義母を呼び出して責め立てた。
私がセシルを誘惑したがために、グレネル公爵を怒らせ、ご令嬢との婚約をこちらの有責で解消する形になってしまった。筆頭公爵家からの信頼を失い、リグリー侯爵家の事業にも多大なる損害が発生した。そう言って侯爵夫妻は、シアーズ男爵家に莫大な賠償金の支払いを命じたという。
父と義母は侯爵夫妻から、私を殺害するよう暗に指示を出された。私が生きている限り、どこにいようとセシルが私を追い続けると考えた侯爵夫妻は、私の存在を消してしまおうとしたのだ。そしてユーリをリグリー侯爵家に引き取ることを画策していた。
父たちはリグリー侯爵夫妻から、ハーマン・ダルテリオが様々な違法薬物の取り引きを極秘で行っていることを聞かされ、ハーマン経由であの時使用された毒物を入手したらしい。そこからハーマンの取り調べも始まった。
彼の供述によると、何でもあの毒物はこの大陸には出回っていないもので、リグリー侯爵からの指示により、ハーマンが南東の大陸から秘密裏に取り寄せたものだったようだ。どうりで私の治癒術など効かないわけだ。
ハーマンは違法薬物の密輸と販売の罪により、牢獄行きとなった。現在は余罪を調査中とのことだ。
リグリー侯爵夫妻は、殺人や薬物密輸などの犯罪行為を指示したことにより、教唆罪で現在王宮地下の牢屋にいる。こちらも今は余罪を調査中とのこと。爵位は剥奪され、領地は王家へと返上されることになった。彼らの私財を整理した金は、婚約破棄の慰謝料としてグレネル公爵家へと渡ることになりそうだ。これからその話し合いも始まるらしい。
今回の事件のことも含め、セシルがお兄様のクレイグ様に報告に行き、その件について謝罪もしたそうだ。お兄様は静かに話を聞いた後、「まずはグレネル公爵令嬢側にも非がなかったかなどを、しっかりと調査する」と仰ったそうだ。
父も当然、男爵の称号と私財を失うこととなった。違法薬物売買と殺人未遂の罪で、こちらも正式な罰が下るまで地下牢に拘束されているらしい。義母も当然同罪なのだが、今はまだ病院にいる。
彼女は全身に麻痺が残り、寝たきりの状態になってしまっているからだ。その他諸々の後遺症もかなりひどく、病院のベッドの上で苦しみながら、時折父への呪詛のような恨みの言葉をを吐いているらしい。意識だけははっきりとあるため、余計に苦痛が増しているようだ。
あの場にいなかったアレクサンダーやマリアローザの耳に、あの時の事件や、その後の両親の処遇や状態がどう届いたのかまでは、私には分からない。けれどきっと、今頃愕然としていることだろう。




