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隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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67. 観念した父

 私がそう声をかけても、父は頑なに首を振り続ける。


「し……知らない……っ! わ、私は、毒のことなど、何も……! ひっ!!」


 しらを切る父の胸元に、セシルの手が伸びた。と思った瞬間、父の体はセシルの片腕の力で簡単に持ち上げられ、強引に立たされていた。

 セシルは父の胸ぐらを摑んだままの状態で、真正面から父を睨みつける。


「どうせもう逃げ隠れはできないのだぞ、シアーズ男爵。この上さらに罪を重ねるつもりか。助けられたはずの夫人の命を見殺しにしたと分かれば、貴様の罪は一層重くなる。死罪も厭わぬということか」


 死罪という言葉に反応したのか、父がヒュッと喉を鳴らした。こめかみから汗を垂らしながら、血走った目でセシルの背後に並び自分を睨みつけている護衛たちを凝視する。


「はぁっ、はぁっ……、く、くるし……」

「お父様!!」


 義母がビクビクと痙攣しながら、私の手首に爪を立てる。その顔はすでに青白く、もう長くはもたないと分かった。私は責めるように父に呼びかけながら、ほとんど効いていない治癒術を義母にかけ続ける。ユーリもギュッと目をつぶり、んー、んー、と唸りながら義母に両手をかざしている。必死で力を込めているのだろう。そのかすかな金色の光はまだ途切れることなく義母の元へと降り注いでいる。こんな時なのに、息子の健気さに涙が出そうになる。

 ところが父は、義母のことなど見向きもしない。自分の目の前で鋭い眼光を浴びせるセシルに向かって、うわ言のような言い訳を始めた。


「ち、違う……! 私はただ、リグリー侯爵夫妻と妻に言われるがまま、従うしかなかった……! 何一つ、私の意志ではない! 全ては私の意志とは無関係なのだ。セ、セシル殿、どうかそのように証言を……、ぐぁっ!」


 セシルはその言い訳を最後まで聞くことなく、父の体を床に投げ捨てた。そして「サイラス」と一言、彼の名を呼んだ。

 すると。

 今までどこに立っていたのか、すっかり私の頭から抜け落ちていたサイラスさんの姿が、父の目の前に突然現れた。そしてその鋭い剣先は、すでに父の喉元に当てられている。


「ひっ!!」

「これが最後ですよ、シアーズ男爵。解毒剤の在り処を」


 サイラスさんが歌うような口調でそう囁くと、ついに父は観念したように目を閉じ、涙を零した。そして震える声で白状する。


「……妻の、私室だ。おそらく、チェストの中に……」

「部屋はどこに?」

「……このフロアの、最奥……」


 そこまで聞いたサイラスさんは、剣を収めるとセシルの指示も待たずに風のように駆けていった。




  ◇ ◇ ◇




 サイラスさんが「これかなー?」と言いながら小さな瓶を指でつまんで戻ってきたタイミングで、階下に降りていっていた護衛たちとシアーズ男爵家のメイド、それに医者が駆けつけた。

 サイラスさんに渡された小瓶を持った医者は、義母を客間の中へと運び込ませ、応急処置を行った。そして幸い、義母は一命を取り留めたのだった。


 王家の護衛たちは二人がかりで父の両腕を摑むと、すっかり腰を抜かしたままの父をズルズルと引きずりながら連行していった。そのうちの一人の護衛が、先ほど私たちに紅茶を出した年配のメイドの腕も摑み、同時に連れて行く。メイドは真っ白な顔をしていたが、一切抵抗することなく黙って従っていた。


「おばちゃん、だいじょうぶ? まま」


 がっくりと項垂れたまま荷物のように運ばれていく父の後ろ姿を見送っていた私の足元で、ドレスをちょんちょんと引っ張りながらユーリが尋ねてくる。ハッと我に返り、私はかがみ込んで愛しい息子を抱きしめた。


「ええ。あなたのおかげでね。ありがとう、ユーリ。頑張ったね」

「うんっ! ゆーりもきらきら、できた!」

「ええ、本当ね。まさかあなたも治癒術が使えるだなんて。将来はノエル先生みたいになれるかもね」


 そう言って頭を撫でて頬にキスをすると、ユーリはえへへと照れたように笑い、満足げな顔をした。この子のわずかな治癒術は、もちろん私のもの以上に義母には効いていなかっただろうし、義母が大丈夫かどうかは分からない。ひとまず命は繋いだようだが、あれほど強力な毒が体を回ったのだ。果たして完全に回復できるかどうか。でもそれを、この子に伝える必要はない。


 セシルは残った護衛たちと話し合っており、メイドたちはバタバタと走り回っている。ユーリは私から離れると、そんな大人たちの様子をキョロキョロと見回しながら、廊下をポテポテと歩き出した。


「ユーリ、勝手にいろいろ触っちゃダメよ。たぶん後で役人さんが来て、このお屋敷の中のもの、調べたりするからね」

「あいっ」


 可愛らしく返事をし、奥の方に飾ってある絵をジーッと見ているユーリ。その時、ふと私は彼のことを思い出した。

 

(そういえば、サイラスさんは……)


 セシルと話しているのは他の護衛たちだし、さっき父を連行したのも別の二人だ。彼はどこに行ったのだろう。辺りに視線を巡らせてみたけれど、いない。

 もしかしてと思い、さっきまで義母と話をしていた客間の中を覗いてみると、窓辺に立ち外を見ているサイラスさんの姿を見つけた。




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