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隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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43. 対面

「ひく……っ、えぐ……っ、ま、まま……、まま……」


 さらに数分後。駆けつけた大勢の役人たちは、あちこちから血を流しボロボロになったバハロたちを拘束し、連れていった。


「い……いてぇ……! 待ってくれ……もっと、もっとそっとしてくれ。ほ、骨が……腕も肋骨も折れてやがるんだよ……! ぐあぁっ! いでででで……!」


 顔面の数ヶ所が紫色に腫れ上がったバハロは、情けない声をあげながらそう懇願し、鼻血と鼻水を垂らしていた。けれど役人たちは無情までに事務的な動作で、彼の巨体をさっさと運んでいってしまった。

 私はえぐえぐと泣くユーリをしっかりと胸に抱きしめたまま、残った役人たちに事情を説明する。セシルはその間私のそばにピタリと寄り添っていた。


「……分かった。必要があれば、後日あなたたちにも再度話を聞かせてもらう。あなたも頬に怪我をしているようだが」

「あ、私は大丈夫です。治癒術師の卵なので、自分で治せますから」


 そんな会話をしている間に、集まっていた野次馬たちは皆家に帰ったようだった。辺りに散乱していた私のバッグの中の荷物が、いつの間にか誰かによってちゃんとまとめられ、私のそばに置いてあった。ありがたい。

 事情聴取をしていた役人たちも皆行ってしまうと、その場には私とユーリ、そしてセシルだけが残った。

 私はおそるおそる、隣に立つセシルの顔を見た。

 すると。


「……っ!!」


 いつの間にか泣き止み顔を上げているユーリと、隣に立っているセシルが、互いにジッと見つめ合っていた。

 同じ色の、瞳で。

 私は慌ててユーリの顔を自分の手で覆い、体の向きを変え、セシルからユーリを隠した。

 だけど、今さらそんなことをしたところで無意味だった。


「……ティナ」


 セシルが低く、静かな声で私の名を呼ぶ。心臓が狂ったように脈打ち、頭が真っ白になった。

 動揺した私は従業員寮の方を向き、一歩足を進めて言った。


「……た……、助けてくれて、ありがとう。……私ちょっと……、この子を……」


 往生際悪く、私は最後の言い訳を頭の中で絞り出そうとした。あ、預かっていた子ってことに……、寮に住んでる同僚から……。

 けれどその時、ユーリが言った。


「まま、てぃなってなぁに?」


(……っ!!)


 私は今度こそ、一歩も動けなくなった。

 セシルの方が音もなく歩き、私の目の前に立つ。


「……話をしよう、ティナ」




  ◇ ◇ ◇




 従業員寮の私たちの部屋に入ったセシルは、ほんの少し部屋の中を見回し、静かにテーブルの前に座った。ユーリはそんなセシルをジーッと見つめている。さっき大きな男たちに囲まれてあれほど怖い目に遭ったにも関わらず、セシルに対して怯えている様子はない。……見た目が全然違うからだろうか。それとも……。

 ひとまずお茶を淹れるべきだろうと、私はゆっくりとキッチンに向かった。すると背後から、セシルが私に声をかける。


「ティナ、こっちへ」

「っ!」


 少しギクッとしながらも、私はおずおずとセシルのそばへと近付いた。

 テーブルを挟んで座ると、セシルが言った。


「お茶なんかいいから、まずは君の頬の傷を。……ほら、ユーリがさっきからずっと不安そうだ」

「……あ……」


 セシルがごく自然に「ユーリ」と呼んだことに若干驚きつつも、彼の言葉で自分の頬に何の手当てもしていないことを思い出した。ユーリもセシルから目を逸らし、私の顔をジッと見ている。そして私のそばにトコトコとやって来ると、私の膝の上によじ登ってきた。


「まま、いちゃい? ゆーり、よしよししゅるね。……よしよし……よーしよーし……」

「……ふふ」


 小さな手を伸ばして私の頬を擦る動作を見せるユーリが可愛くて、こんな時だというのについ笑ってしまった。私はその小さなおててと頬の間に自分の手を滑り込ませ、術をかける。


「ありがとう、ユーリ。……わぁ、ユーリのおかげでママ、痛いの飛んでいっちゃった」


 そう言いながら魔力を集中させると、手のひらから金色の光が溢れ出し、私の頬を照らす。ノエル先生のところで訓練している私たちを何度も見ているはずのユーリの目が、キラキラと輝いた。


「わぁっ! まま、みてー。ゆーりもいっしょにしてる!」

「うん。そうだね。ユーリの優しさでいつもよりずっと癒しの力が強くなってる気がするわ。ありがとうユーリ。……ほら、もう治っちゃったー」


 そう言って手を離すと、男にぶたれた私の頬の痣はすっかり完治していた。

 私たちの様子をジッと見ていたセシルが、ポツリと呟く。


「……すごいな」


 そうしてこちらに向かっておもむろに手を伸ばすと、私の頬をそっと撫でた。


「っ!?」

「もう痛みもないのか?」

「え、ええ。……助けてくれてありがとう、セシル」

「……ん。……間に合ってよかった」


 セシルはそう言って、私の頬を何度もなぞる。ユーリがそんな私たちを交互に見ている。

 何とも言えない照れくささを感じながら、それをごまかすように私はユーリに言った。


「ほら、ユーリもお礼を言って。この……方に」


 言ってから余計に気まずくなる。ユーリは私の膝をピョコンと降りると、セシルの前にトコトコと歩き、元気よくお礼を言った。


「あいあとお!ごじゃましゅっ!」

「……ふ」


 セシルは目を細めると、その大きな両手を広げてごく自然にユーリに言った。


「……おいで」


 ユーリは戸惑うことなく、セシルの腕に手を伸ばす。息子はこれまで、あまり大人の男性と関わることはなかった。保育士さんたちは女性ばかりだし、遊びに行ったり来たりするのも、保育園のお友達とママさんたちばかり。何度も言葉を交わしているのは、あの温和なノエル先生くらいだ。

 けれどユーリは、なぜかセシルを拒まなかった。

 セシルはユーリを抱き上げ、膝の上に座らせると、そのふわふわした栗色の頭を優しく撫で、背中をトントンと叩く。


 俺たちの子なんだろう、と、彼は一言も聞いてこなかった。


 セシルに抱っこされたユーリは、その大きな胸にちょこんと頬をくっつけた。疲れているのだろう。それにこんな時間になってしまって、もう眠くてたまらないはずだ。

 セシルの腕の中で瞼を閉じるユーリの姿を、そのユーリをしっかりと抱きとめ、背中を優しく叩くセシルを、私はただ見守っていた。

 ふいに胸がいっぱいになり、涙が静かに頬を流れた。









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