23. 再会
声が若干震えてしまったけれど、私はできるだけ落ち着いたそぶりでノエル先生の診察室に入った。その瞬間、予想していた以上に大勢の人数が視界に入り、思わず怯む。目の前に座っているノエル先生と向かい合うように座る、金髪碧眼の若き美貌の王太子殿下。頭の中で勝手に想像していた人より、だいぶ若く見える。キラキラとしたオーラを放つすごい美男子だ。そしてその後ろにズラリと並んだ人たち。全員王太子殿下の近衛なのだろう。迫力がありすぎてそちらを見ることができない。
私は平静を装い、持ってきた資料をノエル先生に手渡した。
「ありがとう」
「いえ」
短く言葉を交わし顔を上げた瞬間、視界の端にチラリと飛び込んできた金色の髪が気になった。なぜだかは分からない。王太子殿下の真後ろに立っているその近衛の方に、私は無意識に視線を滑らせた。
(────え……?)
その瞬間、頭が真っ白になる。
幻覚かと思った。
愛する息子と同じ色のアメジストが、私の姿をとらえている。
大きく見開かれたその美しい瞳。明るく艶やかな金髪。そして、最後の記憶よりもさらにたくましくなった、その姿。
セシルだ、と理解した途端、心臓が強く打たれたように大きな音を立て、クラリとめまいがした。
見間違うはずがなかった。
なぜ。
なぜここに、セシルがいるの……?
周囲から音が消え、彼の姿以外、何も見えなくなる。
セシルは愕然とした表情を浮かべ、私のことを真っ直ぐに見つめていた。きっと今私も、同じ表情をしているのだろう。
セシルの唇が、何か言いたげにかすかに動いた。その時だった。
「このレイニーさんも、私の下で腕を磨いている治癒術師の卵なんですよ」
「ほう。ではあなたにも魔術の素質が?」
(……っ!)
ノエル先生と王太子殿下のお声に、ハッと我に返る。慌ててそちらを見ると、二人は私に視線を向けていた。けれど心臓はかつてないほどに激しく脈打っているし、意識は全てセシルに向いてしまっている。動揺のあまり、上手く頭を切り替えられない。
「レイニーさんは特に優秀なんです。この治療院へ来たのはまだほんの数ヶ月前なのですが、すでにその才能を開花させ、日に日に魔力を高めています」
「そう。この王国の宝だね。ここで働きながら、訓練を?」
「……っ、……は、はい。さようでございます、殿下」
王太子殿下に答えながらも、全身の神経が彼の後ろに立つセシルを意識している。どうしよう。どうしよう。バレてしまった。私がここにいることが。
混乱した頭を必死で回転させていると、不自然な私の様子に助け舟を出すつもりなのか、ノエル先生が話しはじめた。
「レイニーさんはレドーラ王国からいらっしゃったんですよ。母君が、こちらの国の出身だったようで。魔術は母親譲りなのでしょうね」
(……っ!!)
そ、それをここで話してしまうとは……! お願いです先生、どうかユーリの存在にだけは絶対に触れないで……!!
ノエル先生は以前話した私の事情を王太子殿下に伝え、それを聞いた殿下はふむふむと頷いている。
「なるほど。やはり母君の母国で腕を磨きたかったのかな」
「……っ、……はい」
「そうか。レドーラにいた頃は、どこの街に?」
「……国境沿いの、小さな街に、いました」
セシルの刺すような視線を感じ、頬がジリジリする。目を向けなくても、彼が一瞬たりとも視線を逸らすことなく私を見つめ続けているのが伝わってくる。その視線の熱さに、やけどしそうな錯覚さえ覚える。
セシルに私の治癒力の話をしたことはない。きっと今、すごく驚いていることだろう。
これ以上何か突っ込まれたら対応できないと、背中に冷や汗をかいていたけれど、王太子殿下はそれ以上深い質問はしてこなかった。
「国境沿い……ルアーナ辺りかな。たしかに、セレネスティアに渡るには便利な場所ではあるね。我が国にとっては貴重な魔術の使い手を失ってしまって残念だが……、いや、あなたがその力を開花させつつあるのも、こちらの国に渡りエイマー術師の元に来たおかげだから、私が残念がるのも違うかな。……それで、その治癒術の強さや効果について、詳しく聞いてもいいだろうか」
「はい。……レイニーさん、もう大丈夫ですよ。ありがとう」
「っ! し、失礼いたします……っ」
ノエル先生にそう声をかけられ、私は慌てて診察室を後にした。
カーテンの奥へと姿を隠すその瞬間まで、全身にまとわりつくようなセシルの視線を強く感じていた。




