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隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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16. ノエル先生のお宅で

 新しく始まった日々は、順調な出だしを見せた。

 仕事もするする覚えられるし、何よりユーリが新しい保育園の先生やお友達に馴染み、毎日を楽しそうに過ごしてくれていることが私にとっては一番ありがたかった。

 院内で働く治癒術師の先生方は、ノエル先生をはじめ皆術師専用の白いローブを着ていて素敵だった。袖口や襟元に金糸の刺繍が施されたそのローブはとても格好良い。私もいつかはあれを着たいな。そんな風に思うようになっていた。


 治療院は基本的に週末の一日がお休みで、ノエル先生は夜勤がない時や空いているその週末のお休みの日に、私たちの訓練まで見てくださった。私たち、というのは、治療院に勤めている他の七、八人の治癒術師を目指す人たちのことだ。それぞれが来られる時にノエル先生の元を訪れ、先生から直々に訓練を受けている。

 私は平日の夜は無理だけれど、週末にユーリを連れてくることを許可してもらっていたから、ノエル先生の時間のとれる日は欠かさず先生のおうちに通った。ちなみにノエル先生はエイマー治療院のすぐ真横に住んでいる。小さな一軒家に一人暮らしだ。お料理も何もかも自分でされているそうだけど、ソフィアさんの話によると、ファン、もとい患者さんや従業員や、近所の方々からの差し入れも多いらしい。

 先生のお宅の一階奥にあるお部屋で、私たちは訓練を受けていた。


「まま、みて、みて。くましゃんのほん、あった。これよんで? まま」

「う、うん。ごめんねユーリ。ちょっと、もう少し待っててくれる? あとで読んであげるからね」

「あい」


 ノエル先生の指導の元、集中力を高め治癒術を発動する訓練をしている最中でも、ユーリはトテトテとそばにやって来ては話しかけてくる。まだ三歳にも満たない幼児にしては、この子は本当に聞き分けがいい。こっちが申し訳なくなるほど素直に引き下がると、置いてあった別のおもちゃの箱を覗き込んでいる。


「……うん。いいですね。あなたは大いに見込みがありますよ、レイニーさん」

「ほ、本当ですか? 先生」


 私が聞き返すと、先生はゆっくりと頷いた。


「鍛えれば必ず成果が現れます。頑張ってください」

「……はいっ!」


 その言葉に励まされ、私の胸は躍った。仕事をかけ持ちして朝から晩まで働いていた時よりも、今の方がユーリと一緒にいてあげられる時間が少し増えてはいた。けれど、この訓練が上手くいけば、今後はもっと時間のやりくりができるようになるかもしれないし、ユーリのためにもっといろいろなものを買ってあげられるようにもなるかもしれないのだ。

 正直、これまでたくさんの物を諦めてきた。街に買い物に出れば小さくて可愛いお洋服が目について、「こんなお洋服が着せてあげられればな……」なんて何度もため息をついた。他にも、幼児教育にいいと言われる流行りの知育おもちゃや、男の子が好きそうな靴や絵本……。

 けれど現実は、稼いだお金は生活に必要な日用品や食料品に費やすばかり。先のことを考えれば全く貯金をしないわけにもいかないと必死で切り詰め、この子のお誕生日でさえ私の手作りのケーキを食べさせるくらい……。


 あ。


(そうだ。もうすぐだな、ユーリのお誕生日)


 日々のめまぐるしさで考える余裕がなかったけれど、私はふとそのことに思い至った。ついに息子は、来月の頭で三歳になる。思えば生まれたての頃は夜泣きばかりで、私も全然睡眠時間がとれない日々が続き、毎日朦朧としていたっけ。両手におもちゃの人形を持ち見比べているユーリの後ろ姿を見つめ、よくぞここまで育ってくれたものだと私はひそかにジーンとした。

 今よりずっと体力的に辛かったあの頃、永遠にこんな日々が続くのではないかと、半ば絶望していたけれど。


(変わらないことなんて何一つない。どんな子どもも皆成長していくし、環境だってどんどん変わっていくのよね……)


 この子と私は、いつまで一緒にいられるのだろう。

 たった二人きりの親子。幼い頃は裕福ではなかったけれど、一緒にいられて幸せだったと、この子が私の元を巣立つ時にそう思ってくれたらいいな。私が幸せを感じているのと、同じように。


 そんなことを思っていたこの時の私は、微塵も予想していなかった。


 まさかこれから数ヶ月後、大切な“もう一人の家族”と、運命的な再会を果たすことになるだなんて。

 






 

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