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第1話 事故

「キャアアァ」


 森川英恵もりかわふさえは、悲鳴と何かが転がり落ちる音で目を覚ました。


(今の声は?)


 彼女が使っている部屋は、三石邸内の使用人に用意されたもので、屋敷の一番奥に位置している。寝間着にカーディガンを羽織って悲鳴が聞こえてきたほうへと急いだ。

 声とともに響いてきた軋むような落下音。誰かが屋敷の大階段から落ちたのではないか。

 あの階段を使うのは、二階の部屋を利用する者だけだ。

 この屋敷の主人と、その家族。


「瑠理香! しっかりして!」


 英恵の嫌な予感は当たってしまった。階段の下で倒れているこの家の一人娘・瑠理香るりかの体を母親の由紀ゆきが揺すっている。


「奥様!」


 駆けつけた英恵の声に由紀が振り返った。


「悲鳴がして、階段まで来てみたら瑠理香が……瑠理香が!」


 三石夫人の切羽詰まった声に、倒れている娘のほうへ注意が向けられた。娘の瑠理香はぐったりして母親の呼びかけにも反応しない。意識がないうえ蒼白の顔を見れば、最悪の事態を想像した。


「落ち着いて下さい、奥様!」


 取り乱す夫人を娘から引き剥がした英恵は、瑠理香の呼吸の有無、頸動脈けいどうみゃくに触れて脈があるかを確認した。自分の親を介護した経験が役に立った。

 幸い脈は安定している。


「生きてる……」


 英恵のつぶやきに夫人の双眸から涙が溢れ出した。「よかった」と何度も繰り返して娘のそばから離れようとしない。


「救急車を呼びましょう。奥様はお嬢様のそばについていてあげて下さい。頭を打っているかもしれませんから、動かさないで下さいね」


 一度その場を離れた英恵は、電話で救急車を要請しながら首を傾げた。

 奔放な瑠理香は、遊びに出かければ朝帰りなど日常茶飯事。昼過ぎてから堂々と帰宅を告げることもある。

 屋敷内の柱時計を見れば午前二時を過ぎていた。


(こんな時間に帰ってくるなんて、お嬢様らしくないわねぇ)


 救急車の到着で、英恵自身その疑問を忘れてしまったが、後に重大な意味があることを思い知る。


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