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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第二章:インヴェルノ帝国編

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90. 死んでる……?


「ミランダ様、もしご気分が優れないようでしたら、香木を焚かれますか?」

「――そうね」


 ドナテラから贈られた香木を気に入り、何度も焚いていたのを覚えていたらしい。


 侍女は香炉に火を灯し、そっと寝室をあとにする。

 ()()がベッドに身を沈めると、ふわりと白檀の香りが広がった。


「もし皇帝陛下の体調が回復されれば、『ミランダ』として謁見を……?」


 偽物である自分が『ミランダ』と称し、大衆の面前で、大公女だと名乗りを上げる、ということだ。


 あの『ミランダ』が、すぐさま手を挙げるはずだったのに。

 目論見が外れ、思い通りにいかない展開に吐き気すら覚えるが、落ち着いた香りが、張りつめていた気持ちを少しだけ和らげてくれる。


 ――そう思ったのは、最初だけだった。


「……ッ」


 頭の奥に、鈍い痛みが走る。

 軽い違和感。けれど時が経つにつれ、その痛みはジワジワと身体を侵食するように広がっていく。


 鼓動に合わせてドクドクと脈打ち始めた()()はやがて、こめかみが割れるような痛みに変わった。


「……なに、これ……?」


 鼻腔をくすぐる香りは相変わらず穏やかで、だがその奥に、ごくわずかだが刺激を伴う何かが混じっている。


「息が……ッ」


 助けを呼ばなければと立ち上がり、覚束ない足取りで寝室を出る。


 だめだ、まっすぐに歩けない……!!

 よろめく身体を支えようと腕を伸ばすが、宙をさまよい、何か硬いものに触れた。


 陶器の花瓶がグラリと傾き、ゆっくりと床へ――。

 ガシャン、と音を立てて砕け散った陶片は、床一面に飛び散り、素足のまま踏み出した足裏が、鋭い陶片を踏み抜く。


 物音に気付いて先程の侍女が戻ってきたのだろうか、コンコン、と扉をノックする音がした。


 まさか、という思いとともに、ゾワリとしたものが背筋を這う。

 偽物の脳裏を過ぎったのは、どこかで見たような……けれど思い出せない侍女の顔。


「……逃、げ…………」


 側仕えの貴族たちが暮らす、皇太子宮の敷地内。


 口にするもの、身につけるもの――すべてに暗殺の危険がつきまとうセトの日常で、信頼できる者だけを集めて構成されたこの区域では、徹底した『安全』管理がなされていたはずだった。


 この帝国で唯一、気を休めて過ごせる場所だと聞いていたのに。


「逃げ、……なけ、れ、ば……」


 ノックされた扉とは反対側にある窓を、手探りで探し当てる。


 ここは二階。そんなことは分かっている。

 でもあの扉の向こうは、もはや『安全』ではないのだ。


 一刻も早く逃げなければと錠を下ろし、偽物はバルコニーから身を乗り出して、そのまま石畳へと飛び降りた。


 軽やかに着地すると同時に、反射的に身を低く屈める。その動きは洗練されていて、とても育ちの良い令嬢には見えなかった。


 逃げなければ……でも、一体どこへ?

 この状態で皇太子宮に駆け込めば、騒ぎになるのは目に見えている。


 かといって第三皇子の息がかかった者に見つかれば、今度こそ殺される。

 どこに逃げたらよいかも分からない状況下、のほほんとした王女の顔が、ふと脳裏を過ぎった。


 地味な印象は拭えないが、所作のひとつひとつに品があり、親しみを感じさせる王女ドナテラ。

 その傍らには、やたら体格のいい侍女と、見るからに歴戦の騎士と分かる男が控えていた。


 そして噂の本物らしきミランダはというと、殺戮ゲームの提案中に、まさかの「想い人への告白」をやってのける始末。

 偽物だと分かっていてもなお、殺意どころか、害意すら向けられなかった。


 視界は歪み、呼吸すらままならない。

 それでも、――まるで引き寄せられるように、偽物はその館を目指していた。



 ***



 気が滅入るような会食を終えた数日後。

 殊更に夜が深まり、ドナテラ達が部屋で人心地ついていた、その時だった。


 不規則に草を踏む音が、ミランダ達の耳へと届く。

 静かにするよう、目で合図をしたヴィンセントの手が、反射的に剣柄へと伸びる。


「……正面扉ですね」


 しばらく息を殺し、外の気配に神経を集中させていたヴィンセント。

 コニーもまた椅子に立てかけていた剣へと手を伸ばした。


 ミランダたちを背後に庇い、足音を忍ばせながら、エントランスホールの扉へと向かう。

 音を立てないよう、ゆっくりと取っ手に手をかけ、慎重に扉を押し開けた。


「――!?」


 ヴィンセントが周囲を確認し、だが珍しく動揺している。


 こんな時間に一体誰が?

 夜更けの訪問者を確認すべく、ミランダは大きな肩越しに背伸びをし、ひょいっと顔を覗かせた。


「あら?」


 下向けたミランダ達の視界には、殺人の事件現場よろしく倒れている偽物の姿。

 苦悶に歪んだ顔には脂汗が滲み、その肩が苦し気に震えている。


「すぐに中へ。皇太子殿下には、こちらに泊まるとだけ連絡してちょうだい」


 だがよりによって、なぜここで……?

 理由は不明だが、騒ぎを大きくしたくない。


 外傷はなく、どうみても毒。

 瀕死と言っても差し支えない状態である。

 吐く息は熱を帯びながら浅く、切れ切れに口端からこぼれ落ちた。





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