84. 悩んでいても仕方がない
「そ、それではミランダ様からのご質問も踏まえ、改めてご説明いたします」
侍従は気を取り直し、コホンと咳払いをしてから言葉を続ける。
「参加表明された五人の候補者のうち、お二人は皇帝陛下の謁見を待たず辞退されました」
「まぁ、どうしてかしら?」
頬に手を当て、偽物が不思議そうに首を傾げている。
(あのポーズ、ミランダ様もたまにされているわ)
ドナテラは小声で呟くが、隣のミランダにはしっかりと聞こえている。
ヴィンセントはというと、気になって仕方がないのか、ミランダを何度もちらちらと見ていた。
「詳しくは分かりませんが、ミランダ様の選定式参加を聞き、即座に辞退されたと伺っております」
「あらあら、敵前逃亡とは情けないこと」
「加えて、貴い御身に『万が一』があっては国際問題になりますので、厳重な警備を敷かせていただきました」
「それは良い心掛けだわ!」
機嫌を損ねないよう、必要以上に持ち上げる侍従の作戦が功を奏したのか、偽物はご機嫌で高笑している。
(物々しい警備は、ミランダ様のためだったらしいですよ)
技術的な会話以外は少々不安のあるコニーと、この日のために帝国語を一生懸命勉強したヴィンセント。
早口で話す侍従の言葉を、聞き取れないかもしれない。
気遣い屋のドナテラが通訳をした結果、コニーが「賓客扱いにも程がありませんか!?」と驚きを隠せず、周囲の視線をさらっている。
もちろん、ミランダにはすべて聞き取れているのだが……。
「では、続けます。これより半年間、妃候補の皆様には同じ宮殿に住んでいただき――」
「は!? このわたくしが、この者達と同じ宮殿に住むですって!?」
偽物が勢いよく声を上げ、侍従を睨みつける。
先ほどから何度も話を遮られ、場の空気がどんどん冷えていく。
「ですがそう決まって……」
「冗談じゃないわ」
偽物は席を立ち、侍従に詰め寄る。
その高圧的な態度に、広間全体が凍りついた。
「そうだわ! 皇帝陛下の住まう城に隣接する『特別な宮殿』に、皇太子殿下は住んでいらっしゃるのでしょう?」
良いことを思いついたとばかりに、偽物は頬を朱に染める。
「皇太子殿下の宮殿の敷地内には、側仕えの貴族用に準備された邸宅があるはず。その中で最も良いものをわたくしに与えなさい」
まるで当然の権利のように命じるが、彼女もドナテラと同じ妃候補の一人に過ぎない。
だが侍従の態度は、明らかに他の候補者とは違っていた。
「皇太子殿下はお忙しく、公式行事にも出席されないのでしょう? ならば、すぐに伺える場所でなければ」
「……後ほど、確認致します」
「ああ、でも困ったわ。そうするとわたくしのところに入り浸ってしまうわ」
偽物は他の妃候補たちを見下し、挑発するように笑みを浮かべる。
「皆様、ごめんなさいね」
しかし、その視線がミランダに届いた瞬間、偽物は一瞬たじろいだ。
ミランダは自分の名を騙る偽物を見つめ、口元に微笑を浮かべている。
顔を隠してもなお分かる、ミランダの圧倒的な存在感。
「ここはどうか我慢してください」と目で訴えるヴィンセントの頬には、一筋の汗が流れていた。
まさかもう一人、自分が現れるとは。
ミランダはゆっくりとヴィンセントの陰に身を隠した。
現皇帝の命令で、十年間も鎖国を続けてきたインヴェルノ帝国。
他国からの情報はほとんど入らず、帝都の出入りも厳しく管理されている。
ファゴル大公国もかつて間諜を送り込んでみたが、すぐに音信不通となり、諦めたほどだ。
他国から情報が入らないとはいえ、グランガルドでは同じ水晶宮で過ごしたドナテラとミランダ。
面識があることは周知の事実だが、この状況でドナテラが偽物だと主張しても証明する手段がなく、かえって立場を悪くするだけだろう。
ドナテラもそれを理解しているのか、こちらを何か言いたげに見つめている。
いずれにせよ、面白くなってきたわね。
静かに微笑むミランダの様子を伺いながら、ドナテラ達は、ますます不安げな表情を浮かべる。
「大変恐縮ですがミランダ様、邸宅は既に各家に割り当てられており、新たにご用意することは難しい状況です」
「そんな些細なこと、どうでもいいわ。わたくしは気が短いの。早く決めて頂戴」
「……ご期待に沿えるかは分かりませんが、後ほど確認いたします」
偽物は続けて「疲れたから休む場所を用意しなさい」と命じ、案内の者と共に部屋を後にした。
「自国を追放され、無断で帝国に入国したところを捕らえられたと聞いております。選定式が終わるまでは、本人の意思がなければ辞退できない決まりです」
侍従は他の妃候補たちに向き直り、申し訳なさそうに告げた。
密入国したところを捕らえられ、なぜか第二皇子の推薦を得て妃候補となった偽ミランダ。
そして驚くべきことに、その日のうちに皇太子から許可がおり、ドナテラも個別の邸宅が与えられることになった。
「どなたの思惑かは分からないけれど、とても動きやすくなったわ」
「短期間なら隠し通せるでしょうが、こんな杜撰な計画……」
ヴィンセントが、珍しく訝し気に眉をひそめる。
「それも第二皇子の推薦で、ミランダ様の名を騙るとは」
「……そこまでして成し遂げたいことがあるのでしょうね」
偽物だとバレるまでの、短い間に成し得ること。
それもミランダを知るドナテラの反応を見越して、堂々と行動している。
「ミランダ様、実は早速、偽物さんからお茶会の招待状が届いています」
ドナテラの手には、偽物から届いた「親睦を深めるためのお茶会」の招待状が握られていた。
「個別の邸宅を頂いたお礼がてら、参りましょうか?」
ミランダがいたずらっぽく口角を上げると、つられてドナテラからも笑みがこぼれた。







