82. 快適な旅の終着地は、物々しいお城でした
「走行中の揺れが、随分と軽減されたわね!」
すごいわ、とミランダが感嘆の息を盛らす。
ジャノバから帝都へ向かう馬車の旅は、これまでとは比にならないほどの快適さ。
悪路を物ともしない安定感。出発時とは段違いの乗り心地の良さである。
ジャノバまでの道中では、まるで屍のようにグッタリと横になっていたドナテラも、打って変わって元気いっぱい……とまではいかないが、美しい座り姿を保てていた。
「ありがとう、コニーのおかげだわ」
「い、いえ、当たり前の仕事をしただけですから。普通ですよ、普通」
「そんなことないわ。さすがクルッセルの職人ね!」
隣に座るミランダから、感謝の言葉とともに柔らかな微笑みを向けられ、コニーは動揺して視線を泳がせた。
「あぁぁ、コレか……兄ちゃん達が言ってたのは、コレのことか……!」
クルッセルの職人達に何を言われたのかは知らないが、ブツブツと何やら独り言ちるコニー。
顔を伏せ、火照りを冷ますように両手を頬へ当てている。
賑やかな三人の様子を窓から覗いたヴィンセントが、「ミランダ様。帝都に着いたらソレ、控えてくださいよ」と、チクリと苦言を呈した。
「でもこんなに短い期間で、……どこを変えたのかしら?」
「ッ!! 聞いてくれますか!?」
馬車の修理工場がよほど楽しかったのだろう。
ミランダが質問すると、声を弾ませながらコニーが説明してくれる。
「亀裂が入っていた車軸の交換と、機構部品のメンテナンスをしました! 今回は時間が限られていたので、板バネを強化しています」
「板バネ……?」
初めて聞く仕組みに、ドナテラはコトリと首を傾ける。
走行中に受ける路面からの衝撃は、長旅の大敵。
これを軽減するため、貴族が乗る馬車には、様々な工夫が凝らされているのだが……。
その中でもコニーが強化したのは、『板バネ』という装置だった。
「馬車が走行する際、路面からの衝撃を和らげるためのものです」
こんな感じの仕組みです、とコニーが指を重ね合わせて補足するのだが、よく分からないのだろう。
ドナテラが疑問符を浮かべている。
「複数の鉄板を重ねて、反発力で衝撃を吸収する仕組み……だったかしら? でもそれなら、もともと馬車にあったわよね?」
「ふふふ、ミランダ様。そこは職人たる、私の腕の見せ所ですよ!!」
よくぞ聞いてくれましたと食い気味に答えるコニー。
少し子供っぽいところが、兄のジェイコブとよく似ている。
「鉄板ではなく、より反発力が強く、衝撃を吸収する鋼に変えました」
「なるほど、鋼に……」
「加えて少し厚みを持たせ、カーブを大きくすることで、車体にかかる衝撃を多く吸収できるようにしました」
ですが……と、申し訳無さそうにコニーが続ける。
「大至急で仕上げたため特急料金が加算され、思っていたよりも沢山お金がかかってしまいました」
「ふふ、問題ないわ。追加料金分のダイヤも置いてきたもの」
項垂れるように頭を下げたコニーから、おずおずと請求書を差し出されたミランダ。
追加料金は、ワイン樽山盛りの稀少なダイヤ。
ミランダは請求書に視線を落とし、ゼロが並ぶ請求額を物ともせず、「快適なのが一番だわ!」と満足げに呟いている。
馬車のメンテナンスは出発当日の朝までかかっていた。
ジャノバの職人達が昼夜問わず作業をしてくれた料金だと思えば、まぁ妥当な金額だろう。
「皆様、城壁が見えてきました。もうすぐ帝都です」
騎馬で並走していたヴィンセントから声が掛かり、窓の外に目を向けたドナテラから歓声が上がる。
「わぁ……ミランダ様、ご覧ください! 二百年以上も前に作られた城壁が、未だ崩れず形を残していますよ!」
「当時の技術力の高さがうかがえますね! クルッセルの先輩達にも見せてあげたいです」
ドナテラ同様、コニーもまた目を輝かせて、窓にへばりつくようにして城壁を見つめた。
遠目に見えるのは、外からの侵入を拒むかのように、帝都をグルリと取り囲む高い城壁。
近付くにつれ、その堅牢さは一段と迫力を増していく。
山から切り出したのだろうか。
風雨に晒されて所々ヒビ割れているものの、間近で見上げると、積み上げられた石材は丁寧に継ぎ目が処理されており、当時の技術力の高さがうかがえる。
「……ミランダ様。停戦中だというのに、何だか物々しいと思いませんか?」
声を潜めたヴィンセントが、少し開いた馬車の窓越しに話しかけてくる。
「都市が封鎖されたことと関係するのでしょうか」
「そうねぇ……随分と警戒している様子だわ」
城門には見張りの他に、数十人もの兵が待機しており、奥には監視塔だろうか。
弓兵の姿もあった。
ミランダとヴィンセントの視線が交差する。
気配を探るかのように、ミランダがゆっくりと視線を巡らせた。







