79. 私達、気が合いますね!
財力も人脈もあるアルゼン。
他国へ籍を移し、逃げることだって出来たはずだ。
それなのに皇帝に命じられるがまま商会を解散し、ジャノバの領主という不自由な立場を甘んじて受け入れている。
権力に迎合することを許さず、信念を持って行動するタイプであることは、少ないやり取りからも充分に窺えた。
だからこそ、確信が持てたのだ。
「ジャノバに足を踏み入れて、その豊かさに驚きました」
運河を持ち、有事の際はグルリと海路を回って、帝国中に物資を届けられるだけの船がある。
人も物も、金も……すべてが揃う商業都市ジャノバ。
仮に他国と戦争になった際、陸路や海路は勿論のこと、ニルス大河川をも行き来できるこのジャノバは、帝国の最重要拠点なのだ。
「……私が今、最も欲しい場所です」
領主を前にとんでもないことを言い放つミランダ。
ゾクリとアルゼンの全身が総毛立ち、どういうつもりだと疑念が入り混じる。
場の空気は一触即発。アルゼンの護衛騎士が身構えた、
ヴィンセントもまた前に出ようとしたが、「争う気はありません」とミランダが軽く手で制する。
「アルディリアの国境にも近く、戦争になれば軍事拠点となる要所。これだけ危険な場所を、セノルヴォ様がそのままにしておくかしら?」
ミランダが最も欲しい場所。
それはつまり、セノルヴォも同様に手に入れたい場所なのだ。
逸らすことを許さない鋭い視線に、アルゼンが気圧されたように息を呑む。
「私がセノルヴォ様なら、そうねぇ……例えば戦争になった時。敵国内に補給拠点があったら、素敵だわ」
腕を組みながら頬に人差し指を当て、ミランダが可愛らしく小首を傾げた。
「……すまないが、外に出ていてくれ」
護衛騎士に命じ、アルゼンが人払いをする。
その場にはアルゼンとミランダ、そしてヴィンセント、ドナテラだけが残された。
「信頼できる者だが、念のためだ」
「では、続けますね。そしてもし、私がアルゼン様なら……」
今のやり方を続ければ、帝国は疲弊の一途を辿る。
いずれかの国が万が一、帝国内へ侵攻したら?
ジャノバがあることで戦争が長引き、被害が拡大するかもしれない。
しかもアルディリアは賢王セノルヴォのもと、一枚岩。
崩すのは容易ではなく、勝てる可能性も高くない。
「そうだわ! ジャノバを手土産に、交渉するのはどうかしら」
ぽん、と閃いたようにミランダは手を打った。
そのためには拝命し、ジャノバの領主になればいい。
発展させれば発展させるほど、交渉のカードとして有効になるのだから。
「どちらに付くのが得策か……元商人のアルゼン様は、損得の計算がお得意ですもの。答えはすぐに出るはずです」
シンと静まり返った空間で、熱に浮かされたように言葉を紡ぐミランダ。
「そしてもしお二方の関係が想像した通りなら、今回の皇妃選定式に係り、セノルヴォ様から何かしらの連絡があったはず」
だがセノルヴォのことだ。
無条件に協力を要請するとは思えない。
カナン王国の王女ドナテラを突然アルゼンが支持したとなれば、あまりに不自然だからだ。
「最低限の情報だけ与え、自身で見極めろとでも仰いましたか?」
「……ッ」
「役に立つようなら協力してやれ、――と。遊び心のある方ですから、支持するか否か、賭けでもなさったのではないかと思いまして」
「……そのままの姿で来たのは、俺が気付くのを見越してか?」
「いえいえ。ジャノバにとても良い染料があると伺いましたので、現地購入するつもりで参りました」
そこまで話して、ミランダはドナテラに目を向けた。
驚いているのだろう、言葉もなく呆然と佇んでいる。
「商業ルートの封鎖は偶然だと思いますが、私達が泥炭を見つけた形にしたかったのでしょう?」
穏やかに問いかけるその声は、静かな空間を満たすように、広がっていく。
緩急付けた声音に、その場にいた誰もが引き込まれ、ミランダから目が離せなくなっていた。
「海運王として名を馳せたとはいえ、アルゼン様は元平民。叙爵され、ジャノバの領主に抜擢されただけでも貴族達からの風当たりが強いのに」
あまり功績をあげすぎると、余計な争いごとに発展しそうだわ。
ミランダは物憂げに眉根を寄せる。
「……さらに有用な泥炭まで見つけたとあっては」
「分かった、もういい。これ以上取り繕っても、無駄だな」
図星だったのだろう。
一瞬言葉を失ったものの、すぐに冷静さを取り戻し、アルゼンは重い口を開いた。
「お前の言う通りだ。時間と金を持て余した貴族達を相手に、面倒な争いごとは極力避けたかった」
「まぁ、私と一緒です!」
「どこが一緒だ!?」
勢いにつられて、思わず突っ込んでしまうアルゼン。
その気持ち分かります、とヴィンセントがしたり顔で頷いているのが、妙に腹立たしい。
「そして、価値のないものに手をのばす趣味も、従う気もない」
「そんなところまで一緒だなんて」
「……」
私達、気が合いますね! とご機嫌なミランダに、もはや溜息しか出ないらしい。
アルゼンは小さく息を吐いた。
「それではアルゼン様の御心に沿った、価値ある対等な商取引であればどうでしょう」
これ幸いと畳みかけるミランダに逡巡する素振りを見せ、――だがついにアルゼンは、諦めたように肩をすくめた。
「潤沢な燃料を、散策中に偶然発見したドナテラ様。さらには稀少なアルディリア産ダイヤもお付けして、今なら軽く支持表明をしていただくだけで結構です!」
「……承知しました。ミランダ殿下、ここから先は邸内でゆっくりとお話を伺いましょう」
ミランダと知ってなお敬意を払わなかったジャノバの領主アルゼン。
これまでとは一転、恭しい態度でゆっくりと頭を下げ……そして、深い深い礼を示した。







