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【書籍化&コミカライズ※1/30発売!】初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた  作者: 六花きい
第二章:インヴェルノ帝国編

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78. 賭けでもなさいましたか?


 お出掛け先は湿地遺体が見つかった湿地林。入口近くには一面、大量のミズゴケが群生しており、踏み出すとわずかに足が沈む。


 グランガルドが誇る王家直属の騎士ヴィンセントは現在、工事中の人夫よろしく大きなスコップで土を掘っていた。


「お試しだから、膝が埋まるくらいの深さでいいわ!」 

「一体何をする気ですか?」

「その下の土を、三十センチ四方に切り出せるかしら」


 出来ますけどやりたくないです。

 ささやかな抵抗は無駄に終わり、作業は続行。


 地域住民に作業靴を借りたものの、ヴィンセントの隣に立つミランダの足元も土まみれ……なのだが、まったく気にすることなく楽しそうに指示を出している。


 そして少し離れた場所から、領主アルゼンとドナテラが見守っていた。


「それでは作業しやすい場所に移りましょう」

「まだ続くんですか!?」


 結局三十センチ四方に切り出した土の塊を抱え、ドナテラ達の近くまで撤収する仲良しコンビ。


 さすがヴィンセントだわ! と褒められるが、「その手には乗りませんよ」と応酬している。

 なお、コニーは本人の希望により、馬車の修理工場に出向いているため不在である。


「……随分と元気な侍女ですね」

「ま、まぁそうですね」

「お付きの者達は皆、ドナテラ様の祖国であるカナンの方ですか?」

「いえ、その、まぁ色々です」


 要領を得ないドナテラの答えにアルゼンが重ねて問いかけようとしたその時、二人の目の前にドサリと土の塊が置かれた。


 ヴィンセントはミランダ指示のもと、地域住民に借りた刃物に持ち替える。


「そうそう、崩さないように気を付けながら、薄く均等に」


 家畜などの大きなブロック肉を切り分ける際に使う、専用の刃物。

 細身で刃渡りが長く、刃元から刃先に向けて大きなカーブになっているその肉切包丁で、土の塊を崩さないよう慎重に切り分けていく。


 いくつか薄めのブロックが出来たところで、ミランダが作業を中断した。


「本当は天日干しで乾燥させたいけど、今回は試作だからこれでいいわ」


 ミランダに先導され、一行は近くにある石造りの小屋へ入っていく。


「火を入れておいてもらったの」


 壁沿いに設置されたかまどは半円状の天井を持ち、上方から垂れた鎖の先には、重そうな鉄鍋が吊り下がっている。


 帝国内でよく見かける一般的な台所。

 冬場は暖をとるためにも使われるそのかまどで、薪がメラメラと燃えている。


 ヴィンセントは先程切り出した土ブロックを、数個火の中に突っ込んだ。

 見守る中、土ブロックに含まれていた水分が蒸発し、仄かに湯気が立つ。


「ん? 土が燃えてる!?」


 ミランダと一緒にしゃがみ込み、一番近くで覗き込むように見ていたヴィンセントが、驚きの声を上げた。


 くすぶるように煙が立ち、火が回っていく。

 煙は次第に少なくなり、やがて火は収まった。だが燃え尽きた訳ではなく、木炭のような赤熱状態を維持したまま、じわりと熱を発している。


「これは泥炭と呼ばれる……枯死した苔などの植物が長い年月を経て、堆積したものです」


 ミランダの説明に興味津々、ドナテラもかまどを覗きこんでいる。


「確かに、植物が焦げるような独特の香りがします」

「今回は乾燥させずに燃やしたから、煙が多くて火も弱め。でも充分に乾かせば、安定して長時間燃える燃料として使えます」


 程なくして泥炭は燃え尽き、含まれていた土だけが、くすんだ赤茶色に焼け残った。


「どうして泥炭があると?」

「アルゼン様が見せてくださった、保存状態の良い湿地遺体です」


 湿地遺体と泥炭がなぜ結びつくのかが分からず、ドナテラが首をひねっている。


「人工的にミイラを作る時と同様に、湿地に沈んだ泥炭……枯死した特定植物から、防腐成分が生成されますので」

「植物から防腐成分が!?」

「泥炭のもとになる植物によって、保存状態は異なるけれど、……あとは環境次第ですね」


 あれだけの保存状態を保てるのは、冷涼な気候であることが必須。

 かつ泥炭地である可能性が極めて高い。


「乾季のある温暖な、大陸最南部の泥炭地では火災が発生することもあります」

「……保存時に注意が要りそうです」

「帝国の場合は雨が多いから、火事よりも湿気が問題ですね」


 ドナテラは、そういえばと思い出すように目を上向けた。


「ミランダ様、以前ファゴル大公国で出されたお酒も似たような独特の香りがしました。こちらも泥炭を使っているのでしょうか」

「……そうですね。お酒以外に燻製時などにも使います」


 わぁ、それは美味しそうですと、盛り上がるドナテラ。

 ヴィンセントが「あッ」と小さく声を上げた。


「――無事に燃えてなによりだ」


 突然後ろから声が降ってきて、振り向けばそこには、――腕を組み、仁王立ちのアルゼン。


 気付いたドナテラが両手で口を押さえ、一瞬のうちに青褪める。


 ミランダは立ち上がり、仕方ないわねというように溜息を吐いた。それからポンポンと衣服の汚れを払うと、アルゼンに向き直る。


「アルゼン様、木を切るのには伐採許可が要りますが、土を掘るのに許可は不要ですね?」

「まぁそうだな」

「今冬は間に合わないかもしれませんが、泥炭が使えれば安定した燃料の供給が可能です」

「なるほど燃料が枯渇しそうな状況で、それは大変ありがたい。だがもっと他に、俺に言うべきことはないのか?」

「……言うべきこと?」


 どの話かしら。

 ミランダは悩まし気に眉根を寄せた。


「禁じられているにも拘わらず、アルゼン様が未だ他国との交易ルートをお持ちだということですか?」


 アルゼンの頬が途端に強張る。

 ただのダイヤであれば他国に売るところだが、と自身で言っていたではないか。


「それとも、あまり世に出回っていないアルディリアの、それも特定の鉱山からしか採掘できないダイヤをご存知だったことでしょうか」


 さすがは海運王ですね、とミランダは続ける。


「お前、……俺を試したな?」

「まぁ、試したなどとは心外です。ですがこれだけの見識をお持ちなのに、枯渇する燃料の代わりに薪を使うと仰ったのはなぜかしら」

「……」

「勿論、泥炭についてもご存知のはず。ご自身で見つけたと言いたくない理由でも?」

 

 試していたのは、アルゼン様のほうでしょう。


「イタズラ好きのアルディリア国王と、賭けでもなさいましたか?」


 その場にいた皆が息を呑む中、ドナテラ付きの侍女は事も無げに微笑んだ。






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