77. この侍女を、野放しにしてはいけない
(SIDE:アルゼン)
アルゼンは山積みの書類を、苛立たしげにめくっていた。
充分な情報も与えられず、ただ封鎖とのみ伝えられても、取れる手立てが限られてくるじゃないか。
頬杖を突いたまま、書類に落とす眼差しには焦燥感が入り混じる。
「ドナテラ様がいらっしゃいました」
苦々しい面持ちで手元の書類を重ね合わせ、アルゼンはトントンとテーブルに叩きつけて端を揃える。護衛騎士ヴィンセントを外で待たせ、呼び出したドナテラにソファーへ座るよう促した。
「時間もないので、本題に入らせていただきます。三大都市の一つ、『ラゴン』をご存知ですか」
「帝国の、南に位置する街ですね?」
「そうです。その『ラゴン』が、無期限で封鎖されることになりました」
ドナテラの傍らには、金髪の侍女が立ち控えている。
ついぞお目にかかったことが無いほど美しいその侍女は、アルゼンの言葉にピクリと指先を動かした。
「詳細については確認中ですが、これにより、ラゴンを行き来する商業ルートが使えなくなります」
目的地である帝都への道は引き続き使えますので、ご安心くださいと補足する。
「あの、ラゴンが封鎖されたことでご不便はないのでしょうか」
「……各都市で扱うものが違うので、特定の品が不足する可能性はあります」
「何か、お手伝いできることはありますか?」
――手伝う? ドナテラ様が?
賄賂を受け取らなかったから、違う方法で懐柔する気だろうか。
一代で海運王に成り上がったが、元は平民のアルゼン。
王侯貴族のくだらないパフォーマンスにはうんざりである。
「わたくしどもに出来ることがあればよいのですが」
なおも重ねるドナテラ。
出来ることなど何もなく、正直居ても邪魔なだけ。
そう思うのだが、目の前のドナテラから感じるのは、ただただ真っ直ぐな善意だった。
「お願いしたら、不足品を何とかしてくださるとでも?」
「多少であれば、贈答品として支援できるかもしれません」
「折角のお申し出ですが、いつ終わるのかも分からない状態です。贈答品であっても、充分な物資を継続的に持ち込むのは不可能です」
「そうですか……」
「今の段階でお願いできそうなことは、何もありません」
短期的なら贈答品として受領するのもアリなのだが、今回は無期限。
封鎖原因が分からない限り何とも言えないが、解除されるのは明日かもしれないし、十年後かもしれないのだ。
市民生活に直結する一刻を争う事態に、王女の思いつきで振り回されたくはなかった。
「お力になれず申し訳ありません。アルゼン様、何かあれば遠慮なく仰ってくださいね」
「……お言葉だけで充分です」
キツめの謝絶だったのだが気にする様子もなく、およそ王族とは思えない優し気な面持ちで微笑んでいる。王女として、これでやっていけるのだろうかと心配になるほどの穏やかさだった。
「我々の問題ですので、これ以上のお気遣いは不要です。馬車が直るまであと数日かかりますので、どこか散策でもされますか?」
護衛を増やしますのでお好きな場所に……。
そう言いかけたところで、ドナテラの後ろに控えていたミランダが、はっとしたように小さく声を上げる。
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
昨日から何ともマイペースなこの侍女は、圧をかけても一向に臆する様子がない。
促すと「大したことではないのですが」と、のんびりと前置きまでしている。
「そういえばラゴンには複数の炭鉱があったな、と思い出しまして」
「それがどうした」
「ラゴンが封鎖されると石炭が手に入らず、困ったことになるのではと」
帝国の冬は厳しく、特に海沿いは豪雪に見舞われることもある寒冷地。
商業ルートの封鎖によって石炭が手に入らず、しかも冬――という厳しい状況である。
下手をすれば凍死者が出る可能性もあり、実は頭を抱えていた原因の一つだった。
「石炭がなくとも森林があるから、薪を使えばいい」
「なるほど、冬越えは薪で……」
そこで言葉を切り、またしてもミランダは考えを巡らせる。
「森林はすべて国の直轄地。薪を調達する場合は、伐採許可が要るのでは?」
「……そうだな」
「帝国中から申請があった場合、今冬の間に許可が間に合うのでしょうか」
「問題ない。緊急措置として、建築等の廃材を燃料に回すこともできる」
「そうですか。ご教示くださりありがとうございます」
思い出したことは以上です、とミランダはドナテラへ向き直った。
「それではドナテラ様、折角のお申し出です。午後に散策しましょう!」
「……待て、どこへ行く気だ」
「近隣を少々。出来ることは無さそうなので、気晴らしです」
微笑み合う主従。だが心なしかドナテラの顔が強張っている気がする。
……何故だろう。
何故だかとても、嫌な予感がした。
長年商人として人を見てきた勘が、この侍女を野放しにしてはいけないと警鐘を鳴らしている。
「午後なら少し時間が取れる。俺も同行しよう」
頭を抱えるほどに問題が山積みだというのに。
気付けばアルゼンは、散策の同行を申し出ていた。







